文化祭当日

 

飛鳥と日奈子は教室展示のクラス当番をしていた。

 

生徒だけじゃなくて、一般の人にも公開されるから1年D組の風船宝探しには小学生くらいの子供がたくさんやって来る。

 


「このへんじゃないかな~?」


 

と言いながら、小さな子に紛れて宝探しを一緒に楽しんでる日奈子が隣でぼーっとしている飛鳥に、


 

「乃木祭楽しもうね!」

 

「う、うん。」

 

と投げかけるが、返事をした彼女の気はまた別のところにあった。

 

 

 

楽しいよ。


 

校内のこんなに賑やかな雰囲気は、普段の学校生活とは比べものにならないし、ワクワクする。

でも、初めての乃木祭を少し複雑な気持ちで迎えたわけで…。

 


昨夜、お姉ちゃんから告白された後のことはよく覚えてない。

 


頭の中でも整理するのが精いっぱいで何も言うことができず、黙り込んだリビングには静寂が流れた。

 


お姉ちゃんは、「ごめん。」とつぶやくと、そのままリビングを出て行った。

一人残された私は立ち尽くした。

 


今朝お姉ちゃんはもう先に家を出ていて、テーブルには朝ご飯だけが用意されていた。

 


告白されたのは人生で初めてだった。

 

恋愛を意識したことがないというと嘘になる



中学でも、あの子が他校の男子から告白されたらしいよとか、駅前のカフェでデートしてたとか。


そういう風の噂はあった。

 


彼氏ね…。私にもできるのかなぁ。

でも女子校だし、そもそもの出会いがない。

 


恋愛なんて…と、どこか他人事に思ってた。

 


乃木高も純女子校。

やっぱり恋愛とは無縁なんだ。って思ってた私に突然訪れた人生初の告白。


 

しかもその最初の相手がお姉ちゃん…。


 

お姉ちゃんは、私のことを好きって言ってくれた。

 

嬉しい、嬉しいんだけど、

それが”恋愛”としてだと、素直に受け入れていいのか戸惑う。

 

こういう時ってどうすればいい?

…なんて、人に聞けるわけがない。


 

同性同士の恋愛。

ずいぶん前に女性同士の愛をテーマにした小説を読んだことがあった。

 


男と女の愛だけが恋愛とは言わない。

恋愛に異性は関係ない。


 

今までにない考えで、恋愛の感覚も人によって十人十色。


よく分かった…。

 

 

でもそれは、恋愛の価値観をフィクションの世界で味わっただけ。


現実にあったら どうなんだろう。


噂で、白石さんと生田さんが付き合ってるって聞いたことがある。

 

女子同士の恋愛。

 

別に否定なんかしない。

そんな権利、私にはないし。


 

他人(ひと)の恋愛なんだもん。

私には関係ない。

 

…じゃあ自分がその立場に置かれたら?

 

受け入れるの?

告白してくれた相手が女の子だったら?

 

 

もしそれが自分の姉でも?


 

 

『飛鳥のことが好きなんや!』

 

 




 

お姉ちゃん…。

 

 


 

バァアッン!!!


 

教室に木霊する破裂音に我に返る。


 

「も~びっくりした。お姉ちゃん風船割ったでしょ~?」

 

「ごめん!ごめん!」

 

日奈子が小学生くらいの女の子と一緒に探すのに夢中になりすぎて風船を誤って割ってしまった。

 


「おどかすつもりはなかったんだけど~

…あ、見てっ!お宝あったよ!!」


 

と子供と一緒に騒いでる いい年した女子高生。

 


私はそれどころじゃないよ。


結局、その後もクラスの方に集中することができないまま当番を終えた。


 


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 「お昼の後に全校企画だから、早めに食べて男装の準備しよっか。」


「うん。」



一実が他の屋台から買ってきた食べ物を勢いよく頬張ってるなか、七瀬もまた気が晴れないままでいた。




嫉妬という名の衝動に駆られた。

こんなはずじゃなかった。



夕飯時になって、いくら連絡しても飛鳥からの返信はこなくて、心配して帰りを待ってたら、いつのまにか寝てしまっていた。


外の車の音で目が覚めて、お父さんが帰ってきたのかと思ったら飛鳥だし。



橋本先生に送ってもらった...。


二人が親しくなればなるほど先生に取られてしまうんじゃないかと焦り、むきになって、自分の気持ちを抑えられなくなったんや。



やけになって、つい言ってしまった一言。


あのタイミングじゃなくてもよかった。



こんな形で伝えても意味がないって自分でもよく分かってる。


飛鳥は、ななのことを一人の姉として見てるのに、怒り混じりに いきなりあんなことを言っても飛鳥を、妹を困らせるだけ。



そう思ったら、飛鳥に合わせる顔がなくて今朝は早めに家を出た。



転校してきて初めての乃木祭やから、ほんとなら楽しみたいんやけど...。




「なぁちゃ〜ん、なんの男装するの〜?」



乃木祭の楽しさが増し、テンションがおかしい いくちゃんが唐揚げを片手にやって来た。



「くじ引いたら学ランの格好になってん。」



「かっこいいじゃん!絶対似合うよ!かずみんは〜?」



「んー、私は若武者だよ。剣道やってるからちょうどいいかもっ。」


ちょうどいいって解釈で合ってるかはよく分からへんけど、そんなお昼を過ごして全校企画が行われる第一体育館に移動して男装衣装に着替える。



控え室で準備していると、


「かっこいい〜!なぁちゃんに凄く似合ってるよー!!」


と学級委員と乃木祭実行係を受け持っている玲香が目を輝かせて褒めてくる。



玲香に対しては少し冷ためな七瀬は、



この男装でスベったら、玲香が責任とってな?



と心で思ってしまうけど、そんなことは言えないので、ありがと。と男声みたいな低めのトーンで言うと、なぜか



「七瀬くんイケメン〜!!」


と興奮しだすし。



「そろそろです!!みなさん準備はいいですかー?」



運営スタッフの掛け声で、さっきまではなかった緊張が顔を表す。



男装って意外と恥ずかしいし。

全校だけじゃなくて、一般の人も見に来てると思うと余計に緊張するやん。



「みなさん、花道を歩いて中央まで来たらキュンとする一言をお願いしますね。」




学ラン姿でキュンとする一言ってなんやねん。てか、そういうのもっと早く言ってや。半ば無茶振りやん。



じゃあトップバッターの齋藤さんお願いします!と、舞台袖でスタンバイしてるスタッフが幕を開けようとする。



あの先に...、もういいや当たって砕けろ!



ぱあっと思いっきり開けられた幕の向こうから、本物ランウェイかのようなアップテンポな曲とともに、眩しすぎるスポットライトが当たり観客の歓声が会場全体に響き渡る。



めっちゃ人いるやん...



会場の熱気に圧倒されながらも、ステージの花道を真っ直ぐ歩き出すとキャー!!とか、カッコいいという声が七瀬に飛んでくる。



そんな女生徒にむかって手を振ると、少し興奮ぎみに手を振り返してくれた。



こういうの意外と悪くないかも。

とかっこよく決めながら歩く。



ぱっと見、この会場の座席順がどうなっているのかは分からないけど、花道の先頭に辿り着くと、視線の先の観客の群れの中に...







飛鳥がいた。




向こうも ななを見つめお互いに視線が重なる。




昨日の夜ぶりだね。


そのたった一瞬のことなのに、さっきまでの歓声が聞こえなくなるほど、周りの光景がゆっくり動く。



ただ飛鳥だけをじっと捉えた。




キュンとする一言...

いや、飛鳥に向けて発した言葉、









「俺は...



お前のことが好きなんや!」





関西弁混じりのその一言に会場は観客の歓喜と盛り上がりに渦巻かれた。




ななの番が終わるとバックステージでは、玲香やいくちゃんがイケメンだったよ!一言も最高と絶賛してくれた。



その奥に男装坂の審査委員長でもあるまいやんがグーサインをしてる。



まいやんの元へ行くとお疲れ様と言われ、



「なぁちゃん、男装も一言も決まってたよ。周りの女の子たちもカッコいいって、みんな見惚れてたし、それに飛鳥ちゃんにも伝わったんじゃないかな?」



あそこに飛鳥が座ってたのは、まいやんが裏から手を回して席を用意してくれていたからだった。



学級委員長の権力に驚きつつも、こんなにしてくれたまいやんには感謝しかない。



でも...七瀬は麻衣に昨夜の事を話した。



「そうだったんだ。...なぁちゃん、飛鳥ちゃんとしっかり話そ。今度はちゃんと気持ちが伝わるように。」



何度も相談にのってくれた人の手は ななの肩に置かれ、それはとても温かくて優しかった。


 


花火をして、家まで送ってもらった。



「楽しかったです。花火やるの久しぶりだったんで。」



「私も飛鳥さんとできて楽しかったよ。今日はゆっくり休んで、明日の乃木祭楽しんでね。」



おやすみなさいと挨拶をして、先生の車を見送った。



いつの間にか こんな時間になっちゃった。



静かに玄関に入るとお姉ちゃんの靴しか置いてなくて、今日はお父さんもお母さんも夜勤みたい。



リビングに行くとテーブルに2人分のご飯が用意されていて、お姉ちゃんが突っ伏して寝ていた。




もしかして...とスマホを見るとお姉ちゃんから着信が何件かきてたことに今更気づく。




ずっと待っててくれたんだ。



すると、お姉ちゃんがゆっくり体を起こして

何も言わずに黙っている。



寝起きだから?

...それとも連絡しなかったことに怒ってる?




「ただいま...。」



飛鳥の声に七瀬は静かに、おかえり と言った。



「ごめん、遅くなっちゃって。」



「心配するじゃん、連絡くらいしてや。」



「ちょっと...橋本先生と話してて。」




ほら、また 顔が むすっとした表情になる。



「じゃあ、さっきの車の音は 橋本先生に送ってもらったってことやな?」


起きてたんだ。



うん と返すと、わずかにため息をされた。



また、これか...




「ねぇ...お姉ちゃん、先生となんかあった?」



七瀬はダイニングテーブルからソファへと移動してテレビをつけて、



「なんもない。」



といつもと変わらないトーンで話す。




「じゃあどうして先生の事になるとため息ついたり、不機嫌になるの?私、なんか気に触るようなことした?」



「してへん。」



「なんか言いたいことあるんじゃないの?」



「何もないよ。」



徐々に七瀬の口調が苛立ちを帯びてくる。




「いや、ないわけないじゃん。どうしたの?」



「だから、何もないって!!」



「ほら、今だって怒ってるじゃん。...もう!言いたいことがあるならはっきり言ってよ!」




するとお姉ちゃんは、ぼそっとつぶやく。




言いたいこと、あるよ...。、、、飛鳥は橋本先生のことが好きなん?



えっ...



「いつも橋本先生の話ばっかりで、学校でもよく一緒にいるの見るし。」




「それは...、今日もたまたま帰りに会っただけで



「なな、見たんだよ。理科準備室で二人が見つめ合ってるの。」



「あれは何でもないよ。ただ手当てを



「まいやんから飛鳥が怪我したって聞いて行ってみたら、そんな状況だし。」



やっぱり白石さんから聞いてたんじゃん。

なんで私に知らないふりしたの?



「だから先生とは何でもないんだって!」



もう意味わからない..


「橋本先生の事は何とも思ってない!それに、別にお姉ちゃんには関係ないでしょ?!」





するとお姉ちゃんがソファから ゆっくり立ち上がって私のほうを見ると、


...きなんや。



「え?」



上手く聞こえなくて、聞き返すとお姉ちゃんは頭をくしゃくしゃと掻きながら声を荒げて言った。






飛鳥のことが好きなんや!」







準備もラストスパートになって、文化祭前日にギリギリ全部終わった。


終わったのも18時を過ぎて、明日はみんなで楽しもう!っと 級長の挨拶で解散になった。



「明日は文化祭かー。」



きぃちゃんにも風船を手伝ってもらって助かったし、ペンキのムラもバレずに一件落着。



「なんか全然実感ないけどね。」



きぃちゃんと正門でバイバイっと別れて

帰ろうとすると一台の車が私の真横で止まった。




車窓が開くと運転主は、橋本先生。




「準備お疲れ様。今から帰り?」



見れば分かるでしょ。



「良かったら一緒に花火しない?」




え、文化祭前日に?

いや、こんな時だからなのかな?



「あ、はい、、、。」





やってきたのは近くの公園。


しかもそこはこの前 むぎ太の散歩に来た所。


つまり、先生と男の人を見た場所。





日が暮れた公園に人の気配はなく静かで花火をしても迷惑にはならなそう。




先生は小さいロウソクに火をつけて花火を一つ、はいっと渡された。



手持ち花火の先端を火に近づけるとパッと火薬に引火する。



勢いよく光を発して、四方八方へと飛び散る火花が赤、緑、オレンジへと色を変える。



この花火独特の火薬の匂いに夏の季節の訪れを感じる。




そういえば、これが今年初めての花火。



去年は確か、お父さんとやるはずだったけど突然の大雨で結局やれなかったっけ。




火花を見つめながら去年のことを思い出していると、先生がこっちを見ていることに気づく。




「なんか久しぶりだね。最近 研究室に来てくれないし、齋藤さんとあまり話してなかったから。」



確かに避けてたところもある。

なぜなら...。



「...先生って彼氏いるんですか?」



急の質問に驚きつつも花火をロウソクに近づけ、



「いきなりどうしたの?あ、もしかして前にからかった事 怒ってる?」




「...この間、むぎ太のお散歩中に見たんです。公園で先生が、、、男の人と歩いてるの。」




気になってはいた。

かっこいい男の人と楽しそうに笑う先生。



私の知らない先生を見たような気がして、どこか距離を置いていたのかもしれない。



あの日以来、橋本先生に会うことを少し躊躇っていた。



すると先生は、そんなことか と言いたげに思いっきり吹き出して笑う。





「ハハッ、飛鳥さん違うよっ!あれは彼氏じゃなくて、私の弟!!」




えっ!!



「弟さんっ?凄くかっこいい人だったから、てっきり彼氏なんだと」




「故郷から こっちに上京してきたばっかりだったから散歩がてら周辺を案内してたの。」




なるほど、そういうことか。

つまり私の勘違い...。



「あっー面白い!ハハッ、久しぶりにこんな大笑いしたよ。まさか彼氏と間違われるとはね。フフッ」



そんなに笑われると私が恥ずかしいって。



恥ずかしさに気を取られていると、先生が少し遠くに筒花火をセットして火をつけると走ってこっちに戻ってきた。




バンッ!バァン!バンッ!!



数回の炸裂音と色づいた火花の星であっという間に終わっちゃった。



でも綺麗だった。


連発する花火の音にびっくりしたけど、やっぱり勢いがある花火にも、手持ちとは違う良さがあって好き。




「飛鳥さんのその笑顔、私好きだよ。やっぱり飛鳥さんは笑ってないとね。」




えっ///



振り向いた時には、先生は打ち終わった筒花火を回収してた。




やっぱり私の知ってる橋本先生だ。

この大人の余裕に憧れる。



今年初めての花火とは別の嬉しさが飛鳥にはあった。







そして ちょうどその頃、スマホの着信音は花火の音にかき消されていた。