出血の記録です。


2010年11月15(月)

おりものに茶色いものがまじる

心拍停止を確認


2011年11月16(火)

出血はなし


2011年11月17(水)

生理の初日のような出血


2011年11月18(木)

風呂あがりに

レバーのかたまりのような

出血が連続しておきる。

ナプキンではおいつかない。


あまりの出血の怖さに

あわてて

病院に連絡をして

夜間救急外来に


そこは深夜の救急もかねているので

いろいろな科の患者さんが一緒の

待合室でした。


涙が止まらず泣いていた私に

看護婦さんが

「ここはインフルエンザの患者さんが

今多いから、ここじゃなくて

産婦人科の前でまってていいですよ」

と、深夜はクローズされている

産婦人科の前のソファを案内して

くれました。


診察がはじまりました。


器具を挿入されて

ガーゼ?のようなもので

内部を拭いているような感触


そして超音波での検査


「まだ赤ちゃんは

でてきてはいませんね。

でもこらから出血がつづいて

自然にでてきます。」


もうこれ以上何も

とめることはできないし、

私の体が排出するのを待つしかないと

言われました。


ただ待つしかないのです。


つづく





心拍も確認できて

母子手帳ももらって

ルンルンだったある日。


おりものが

茶色い事に気付きました。


息子の妊娠の時には

一度もなかった。


慌てて病院に行きました。


「心拍が確認できない。

大きさも変わっていない。

これは流産かもしれない。」


と伝えられました。

この病院ではすぐに手術の話は

でませんでした。


「来週もう一度見てきめましょう。

ただ、もしかしたら出血が

はじまるかもしれない。

その時は病院に連絡をいれてね」


出血???

流産。


母子手帳ももらったのに

流産の可能性は

ぐっと下がるはずなのに


持ち上げて

落とされた

持ち上げて

また落とされた


つづく




すでに息子は三年生。


身近に赤ちゃんのいるお母さんは

あまりいません。

しかも、まだ妊娠を報告できる時期では

ないので

おいそれとも

聞けない、、、


悩んだあげく、最近出産した

二人のお母さんには

状況を打ち明けて

産院をどうやって選んだのか聞きました。


I病院

とにかく、さっさと予約を入れないと

出産予約をしてもらえない、、と聞き

すぐに病院に行きましたが、、、。

すでに遅かったようで

予約でいっぱい。

診察ならできます。

ということでしたが断念しました。


K病院

地域の救急病院にも指定されている

NICUもある病院。

ハイリスクお産しか受け入れないが

少しなら通常お産も受け入れる。


慌てて、K病院に行ってみました。


そこは、総合病院。

色んな科があるので人もいっぱい。

とりあえず1時間ほど待って

診察してもらいました。


お産の受け入れも大丈夫らしく

39歳の私は

こちらの病院で

お産をすることに決めました。


つづく。

最初に行った病院には

なんとなく行きたくなくなってしまい、、、


我が家から3キロほど

離れたところにある


ちょっと古い産院

(でもネットでは高評価)


検診をしてもらいました。


先生はとっても穏やかな感じで


とても丁寧に対応してもらいました。


「赤ちゃんの心拍確認できているよ。


母子手帳もらってきてね!」


ええ!!母子手帳!?

心拍確認後の流産はぐっと下がると

聞いていたので


一つの壁を越えたのかな・・・と

とてもうれしくなりました。


看護婦さんと

いろいろと話をして

海外で生活をしていた

話をしたところ


ある事を聞いたのですが

とても否定的な意見を

言われてしまいました。


えっ?と思い。

この産院でも出産は無理か?


・・・納得いく病院は

見つからないのか!?


産院選びの苦労がはじまります。


つづく・・・

そして迎えた手術の日。


友人に送ってもらって

病院に行きました。


覚悟を決めて内診台にあがったところ、、


「あれ?たいのうが大きくなってきているよ

これは、大丈夫かもしれない。。。」


と先生に言われ。手術は中止になりました。


私としては複雑な気持ち。


あれ?って、どういう事よ!」


手術の心づもりでいったのに

大丈夫って????


妊娠初期にはある事なのかもしれないけど


なんとなくこの病院が嫌になってしまい、、、


この病院に通うのはやめようと思いました。


そこで、


一週間後、もうひとつネットで評判のよかった


別の病院に行ってみることにしました。


つづく。

最初の検診から一週間。


茶色いおりものと


少し下腹部痛。


な~~んか、嫌な気分になってきたので


また検診に行きました。


検診の結果


「たいのうが大きくなっていないね。

これは流産の可能性が高いかもしれないよ。」


との話をされました。

そして、

「次回の検査で大きくなっていなかったら

そのまま手術をしましょう」


と言われてしまいました。

手術前の心得の紙をもらい

うちひしがれて

家に帰りました。


夫にはずっと抱きしめてもらって

ずっと泣き通しでした。


成長しない赤ちゃんが

おなかにいるのに

つわり、、、


つらい一週間でした。


つづく・・・

2010年10月

妊娠がわかりました。

39歳になったところ。


欲しい欲しいとは思っていました


仕事をはじめた矢先

東京への通勤も

慣れてきたかな、、、というあたりでした。


もう殆どあきらめていたので

うれしくてうれしくて


さっそく産婦人科に行きました。

千葉の産婦人科事情にはうとかったので

ネットでしらべて(人には聞けなかった)

評価の高い近所の産院に行ってみました。


妊娠5週。

エコーでポチっとした丸い胎嚢が確認できました。


ただ、心拍確認までは

まだはっきりしないので

2週間後に行くことになりました。


つづく


手術から一週間


術後の経過を見てもらいました。


特に問題なく経過はOKと言われました。


ただ、卵巣が腫れているといわれましたが


妊娠初期にはよくある事


ということで経過をみることにしました。


生理を2回待ってから


次の妊娠を考えてねと言われました。


子宮内にもし残留物が

あったとしても

生理がきれいにしれくれるそうです。


流産後は妊娠しやすくなる、、


と聞いていましたが


結局その気配はなく


数年が過ぎてしまいました。


卵巣はその後問題なく小さくなりました。

妊娠初期にはある事のようです。



そして、日本に帰ってきて


約一年後


仕事を始めたとたん、


妊娠が判明しました。


→完全流産につづきます。

※ちょっとリアルに表現しています。


子宮の中にあるものは

生きてはいないので

子宮内容除去手術

を受けることになります。



手術の朝は飲食厳禁。


9時には病院に入りました。


手術着に着替えて

手術台に上がります。

婦人科の内診の時のような

足を乗せて広げる変わった台でした。


看護師さんに点滴の準備をされて

「気持悪くないですか?」


とお話をしているうちに

眠っちゃいました


よくテレビでみていたあれです。

麻酔ってホントにすとんっ!って効きました。


目が覚めると

処置は終わっていました。


先生から

「これが内容物でした」

と透明なケースに入っていた物を

見せられました。

5センチ?ぐらいの肉の塊。


ちょっとぼーっとしているので

うろ覚え。


しばらく安静にするということで

安静室で三時間ぐらい寝ていました。


すごい吐き気に襲われて

途中目が覚め、

吐こうとするけど何も食べていないので

何も出せない。


落ち着いてきたのと

病室が薄暗くて

気分が滅入りそうになったので

タクシーにのって帰りました。


次は一週間後に検査を受けます。


これから一週間は

湯船には入れません。

シャワーだけだよ。

と、念を押されました。


つづく

赤ちゃんの心拍は

やはり確認できませんでした。

繋留流産とは

胎児が死んでいる、またはもう成長をしていないこと。

痛みも出血もないので自覚はありません。

でもまわりの組織は成長している可能性もあるので

悪阻は続いている場合もある。

まさに、私がその例でした。

繋留流産が確定して

手術の日がきまったのですが

悪阻は続いている。。

赤ちゃんはもう成長していないに

悪阻は続くんだ、、、と

流産が受け入れられませんでした。

もうすぐアメリカに帰国する日程もせまっていました。

アメリカで処置をしてもよかったのですが

もし、飛行機の中で大量出血に

なってしまったら、、と思うと恐ろしくなり、

日本の病院にて処置することになりました。

次の妊娠を考えると

きちんと処置をすることを

すすめられました。

つづく、、