すごく見たかったジブリの最新作「風立ちぬ」見てきました(*^_^*)
感動した、とかではなくて、なんというか、これが人間かぁ、とか、生きるっていうのはこういうことかぁ、と、感慨深いものを感じました。
堀越二郎の生き様はもちろんすごかったです。でも、堀越二郎が生まれながらに「生き方」を知っているわけではなくて、ただ飛行機に夢を見る少年だった彼が、色々な人の何気ない言葉によって生きるということを再確認しているような気がしました。
ジブリとしては大胆で、お話っぽくない震災の描写や、喀血のシーンがあって、「人が生きている」という実感が湧き、「物語」ではなく「日本」として、「昭和」として、「現在の過去」として、映画の中に引き込まれました。
これは、「何でもないところで、ふと、気付くと涙を流している」系の映画でしたね。(←意味分からないですね…orz…)
ユーミンの「ひこうき雲」(主題歌)も、すごく映画に合ってました。ユーミンは昔、近所であった高校生の心中自殺に衝撃を受け、小学校の頃の同級生が高校の時に亡くなったことを思い出してこの曲を書いたそうです。
歌詞からすると、高いところから舞うように、空をかけるように飛び降りるということが「死」を意味していて、しかし、「幸せ」も意味しているようです。
自殺が幸せにつながる、ということはないと思いますが、鳥のように空を駆けてみたい、とは多くの人が思うはずです。
飛び降りるということは、死ぬことであり、本当は生きていたいと願うことであり、そう願うことで生きることの大切さを知ることなのか、それとも、もう生きていても意味がないから全てを捨てて一からやり直したい、空にすべてをゆだねて楽になれる、と幸せを感じることなのか。
私には自ら命を絶つなんて怖くてできないから、飛び降りている間に人はどんな思いを抱くのかなんて知ることはないと思います。
でも、そんなときに、「こういう風に思うのが普通」と考えられる感情や想いは存在しないと思います。だから、この歌のように「しあわせ」を感じることもあるのかもしれません。
ユーミンが「ひこうき雲」で歌う、「けれど しあわせ」がどんな幸せなのか、ぜんぜんわからないのですが、それがわからないこともある意味「幸せ」なのかもしれません。
また、死は目的ではなく、結果であり、「あの子の命はひこうき雲」という歌詞から、「ひこうき雲」をのこせたことが幸せなのかな、とも思います。
生きることと死ぬことは本当に似ていて、どちらもそれ単体で幸せを表すことはありません。
生きているからこそ死にたくなる時もあります。その時に「生きねば」と思うことは美しいことで、それだけで幸せです。しかし、そこで死んでしまうという幸せも非難することはできないのだと思います。
作中の堀越二郎は「生きねば」と、どんな時も思っていて、ただ漠然と思っていて、風が吹いているから思っていて、最後に、菜穂子が「生きねば」と思うことの美しさを、生きている間に生きようとすることが、生きたいと思えることがどれだけ美しいのかを教えてくれているような気がしました。
「風立ちぬ、いざ生きめやも」は実は、「風が立つ、さて、生きるのか、いや生きないだろう」が古典文法的な訳です。
ポール・ヴァレリーの「海辺の墓」で「Le vent se lève. Il faut tenter de vivre !」という一節。訳すと、「風が立つ、生きようと試みなければならない!」となります。
「海辺の墓」は詩で、訳したのは堀口大學です。そのときすで「生きめやも」という訳され方をしていました。
堀辰雄さんの小説「風立ちぬ」は不治の病の女性、節子の夫の手記というかたちの物語です。
節子のキャンバスが倒れたとき、それを拾いに行こうとした彼女を引き留めて主人公が「風立ちぬ、いざ生きめやも」と言います。
堀辰雄さんはこれをそのまま引用したようですが、誤訳を知らなかったとは考えにくいのでwikiなどを見てみたところ、「生きめやも」は重い病気からか「生きられるだろうか?」という不安げなニュアンスが、「いざ」からは「さぁ、生きようじゃないか」という奮い立たせるようなニュアンスが感じられました。
生きられるかわからない。それでも生きよう。ということだと思うのです。
こういうところ、深いですね。
堀辰雄さん自信肺結核を患っていて、療養中に知り合った奥さんも同じ病気だったそうです。知り合ってから一年で奥さんはなくなってしまい、それがこの小説の題材でもあります。
この「風立ちぬ、いざ生きめやも」は堀辰雄さん自信を自分は生きよう、病気に勝とう、と奮い立たせた言葉なのかもしれませんね。
生きたいと思うことの素晴らしさを身をもって知っている堀辰雄さんと命じられたままに命を散らさなければいけない特攻隊が乗る零戦の設計者の堀越二郎さんを重ねて描くことはとても矛盾していて、しかし、作中の堀越二郎だからこそ、戦争が終わった後の惨劇を前にしても打ちひしがれはしなかったのだと思います。
こんなグダグダな個人的感想になってしまいましたが、とにかく感銘を受けとということです!
原作は宮崎駿さんが2009年に雑誌に連載していた漫画「風立ちぬ」だそうで、これもいつかは読んでみたいなと思います(*^_^*)
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
これまた、少し前からあたためていて、とても書きたかった妖怪もの小説です。今回のほうが妖怪っぽかったりするかも(?)です。
こちらも長くなる予定ですが、読んでくださるとうれしいです(*^ ^*)
ただ、今回は章区切りとかなくて、ちょっと読みにくいかもしれません。。。すみません(-_-;)
あと、「縢蠱」は人名で、「かなや」と読みます。わかりにくいので、一応。
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆
「かあさま、池へ行きませんか。きっと主様がよく効く薬草をわけてくれますよ。」
少年が目を輝かせて大きな木を見上げた。
初夏。木は最後の花弁を落とし、青々とした葉を繁らせて少年に細い日影をこぼす。
「一人でお行き。」
木の上とも下ともつかぬところから声が聞こえた。
「また痛むのですか。」
「痛まない日はありません。いつまでも負うのです。」
声が聞こえる。どこからともなく。森の端から、日の光から。
「かあさまはいつも教えてはくれないのですね。」
「痛むのは心。悼むのはあの日に見た、はじめて見た人の子。」
「その意味をかあさまは教えてくれないではありませんか。」
風が吹く。さらさらと森のすべてが揺られる。
「お行きなさいな。」
膨れる少年の頭にことんと枝がひとつ、独りでに落ちてさらに地面へと落ちた。
少年はそれを拾い上げるとため息をついて木を後にした。
翠の水は鏡のように光を反しながら景色を映し込む。
「主様はいらっしゃいますか。」
少年が池のほとりで声を張り上げた。
「海へ行っているよ。」
「磯伽が泣いてるのさ。」
水面から顔をだした二匹のふなが口をぱくぱくさせて少年を仰いだ。
「コン、シロ。主様に着いていかなかったのかい。」
少年が珍しそうにキンブナとギンブナを見下ろす。
「磯伽が口を利く魚を怖がるのを忘れたかい。」
「自分も潮風の妖怪のくせに。」
コンとシロはおちょぼ口を尖るだけ尖らせて唸った。
「妖怪じゃなくて神様だろ。」
少年が磯伽への不満に息巻く二匹に水を差す。
「縢蠱は黙ってろ。」
「おまえには磯伽を宥めるのがどれほど大変かわからないんだ。」
「主様は理不尽に俺たちを怒るし、そのうえ…俺たちに磯伽を押し付けるんだ。」
「俺たちが原因なのにだぞ。」
「この前も通りすがりの渡り鳥に頼んだんだ。」
さらに拍車がかかってしまった。
二匹は主様にも文句を言うが、それだけだ。二匹が本当に主様を嫌悪することはない。彼らだけで はなく、この池に棲むものはすべて主様の力と想いに育まれるのだから。
「主様がいないなら俺は帰るよ。おまえたちもあんまり心にもないこと言って盛り上がるなよな。」
縢蠱が呆れ口調で言うと二匹はおひれで水面を強く叩いた。
「心にもおおありだ。」
「おれたちの苦労話を無下にするとは。」
わーわーと縢蠱にまで飛び火した怒りの言葉を聴きながら、縢蠱はふと池の端を見た。
「なあ、あそこにいるの、知り合いか。」
縢蠱が一点を見つめながら尋ねた。途端に二匹のふなは苦い顔で押し黙った。
「奴には関わらんほうがいい。」
「妖ものは消されるって噂だ。」
縢蠱の目線の先には少女が佇んでいた。先程からこちらを凝視しているので見知った妖ものかと 思ったのだ。
「消されるって…」
ごくりと唾を飲み込んで縢蠱が二匹をみた。
「跡形も残らないらしいぜ。」
「それだけじゃない。」
一瞬、シロのまるい目が鋭さを帯びた。
「次は主様を狙っているらしい。」
縢蠱が目をまるくした。 「どうしてそんなことに。」
コンが困ったような顔をして頭を振った。
「術を用いて妖ものを葬るらしいんだけどよ。それをみたってやつが増えてるんだ。この数日はここ らが特に多くてよ。」
コンが決まり悪そうに続ける。
「いろんな憶測や噂が飛び交っているんだ。」
つまり、何の確証もないということだ。縢蠱がじとっと二匹を見下ろした。
「そんなことだと思ったよ。あの子のほうが逆恨みされて危険なんじゃないか。」
二匹はぽかりと口を開けた。
「あ、たしかに。そうかもしれない。」
「考えてもみなかった。」
「術を使うってのも噂だしな。」
それも定かではないのか、と呆れながら少女をみると彼女の手になにか光るものがついていた。
「なあ、あれ…」
縢蠱が呟きかけたとき、少女が空に何かを描いた。
「…現し世に 揺れる曼珠の火影かな 常世の曼陀羅ひそむ陰」
少女は両腕を振り上げると、弓を構える恰好をした。なにももっていないはずなのに少女の手に弓 矢があり、つがえられた矢がこちらを向いているような気がした。
そう思った途端、縢蠱の背に悪寒が走った。
「コン、シロ、もぐれっ…」
縢蠱は二匹の頭を水中に押し付けた。
その瞬間、池の辺から光が炸裂し、あたり一帯を白く染め上げた。
「……逃れたか。あのあたりに反応したのに。」
少女が落ち着きをとりもどした池を見つめてつぶやいた。視線の先にはただただ鏡のような水面が 広がっていた。
少年が目を輝かせて大きな木を見上げた。
初夏。木は最後の花弁を落とし、青々とした葉を繁らせて少年に細い日影をこぼす。
「一人でお行き。」
木の上とも下ともつかぬところから声が聞こえた。
「また痛むのですか。」
「痛まない日はありません。いつまでも負うのです。」
声が聞こえる。どこからともなく。森の端から、日の光から。
「かあさまはいつも教えてはくれないのですね。」
「痛むのは心。悼むのはあの日に見た、はじめて見た人の子。」
「その意味をかあさまは教えてくれないではありませんか。」
風が吹く。さらさらと森のすべてが揺られる。
「お行きなさいな。」
膨れる少年の頭にことんと枝がひとつ、独りでに落ちてさらに地面へと落ちた。
少年はそれを拾い上げるとため息をついて木を後にした。
翠の水は鏡のように光を反しながら景色を映し込む。
「主様はいらっしゃいますか。」
少年が池のほとりで声を張り上げた。
「海へ行っているよ。」
「磯伽が泣いてるのさ。」
水面から顔をだした二匹のふなが口をぱくぱくさせて少年を仰いだ。
「コン、シロ。主様に着いていかなかったのかい。」
少年が珍しそうにキンブナとギンブナを見下ろす。
「磯伽が口を利く魚を怖がるのを忘れたかい。」
「自分も潮風の妖怪のくせに。」
コンとシロはおちょぼ口を尖るだけ尖らせて唸った。
「妖怪じゃなくて神様だろ。」
少年が磯伽への不満に息巻く二匹に水を差す。
「縢蠱は黙ってろ。」
「おまえには磯伽を宥めるのがどれほど大変かわからないんだ。」
「主様は理不尽に俺たちを怒るし、そのうえ…俺たちに磯伽を押し付けるんだ。」
「俺たちが原因なのにだぞ。」
「この前も通りすがりの渡り鳥に頼んだんだ。」
さらに拍車がかかってしまった。
二匹は主様にも文句を言うが、それだけだ。二匹が本当に主様を嫌悪することはない。彼らだけで はなく、この池に棲むものはすべて主様の力と想いに育まれるのだから。
「主様がいないなら俺は帰るよ。おまえたちもあんまり心にもないこと言って盛り上がるなよな。」
縢蠱が呆れ口調で言うと二匹はおひれで水面を強く叩いた。
「心にもおおありだ。」
「おれたちの苦労話を無下にするとは。」
わーわーと縢蠱にまで飛び火した怒りの言葉を聴きながら、縢蠱はふと池の端を見た。
「なあ、あそこにいるの、知り合いか。」
縢蠱が一点を見つめながら尋ねた。途端に二匹のふなは苦い顔で押し黙った。
「奴には関わらんほうがいい。」
「妖ものは消されるって噂だ。」
縢蠱の目線の先には少女が佇んでいた。先程からこちらを凝視しているので見知った妖ものかと 思ったのだ。
「消されるって…」
ごくりと唾を飲み込んで縢蠱が二匹をみた。
「跡形も残らないらしいぜ。」
「それだけじゃない。」
一瞬、シロのまるい目が鋭さを帯びた。
「次は主様を狙っているらしい。」
縢蠱が目をまるくした。 「どうしてそんなことに。」
コンが困ったような顔をして頭を振った。
「術を用いて妖ものを葬るらしいんだけどよ。それをみたってやつが増えてるんだ。この数日はここ らが特に多くてよ。」
コンが決まり悪そうに続ける。
「いろんな憶測や噂が飛び交っているんだ。」
つまり、何の確証もないということだ。縢蠱がじとっと二匹を見下ろした。
「そんなことだと思ったよ。あの子のほうが逆恨みされて危険なんじゃないか。」
二匹はぽかりと口を開けた。
「あ、たしかに。そうかもしれない。」
「考えてもみなかった。」
「術を使うってのも噂だしな。」
それも定かではないのか、と呆れながら少女をみると彼女の手になにか光るものがついていた。
「なあ、あれ…」
縢蠱が呟きかけたとき、少女が空に何かを描いた。
「…現し世に 揺れる曼珠の火影かな 常世の曼陀羅ひそむ陰」
少女は両腕を振り上げると、弓を構える恰好をした。なにももっていないはずなのに少女の手に弓 矢があり、つがえられた矢がこちらを向いているような気がした。
そう思った途端、縢蠱の背に悪寒が走った。
「コン、シロ、もぐれっ…」
縢蠱は二匹の頭を水中に押し付けた。
その瞬間、池の辺から光が炸裂し、あたり一帯を白く染め上げた。
「……逃れたか。あのあたりに反応したのに。」
少女が落ち着きをとりもどした池を見つめてつぶやいた。視線の先にはただただ鏡のような水面が 広がっていた。
「コン、シロ。生きてるか。」
水底で息をひそめること数分。縢蠱がそろそろと水面に顔を出した。
「生きとるわ。」
「油断しなけりゃおまえなんかに引けをとることなかったんだからな。」
不機嫌面のふなたちも続いて水面に上がってくる。
「にしても、主様の薬草すごいな。少しためておいてよかった。」
コンが縢蠱を振り返る。
縢蠱は森に棲むもので唯一の人の身だ。もちろん水の中で息を止めつづけることはできない。それ ができたのはひとえに池の主から二匹が以前たまわった薬草を使ったからだ。
「それよりも、あいつたしかに術を使ったぞ。縢蠱はさておき、おれたちが妖怪だってことも知ってる ようだった。」
シロが考え込みながら縢蠱に話しかけた。
「…ん、ああ。そうみたいだな。」
縢蠱がどこか心ここにあらずで返事をした。
「おまえ大丈夫かよ。人の術者に遭遇するのは初めてだからな。おっかなかったんだろ。」
シロがからかいまじりにも心配そうな様子で言った。
「いや、そんなことはないよ。ただ…」
縢蠱が困ったような顔で言い淀む。
「なんだよ焦れったいな。」
「言いたいことはきっぱりと言え。」
縢蠱が考えを組み立てながら話そうとした。
「なんて言えばいいのかな…あの子―――」
「あ、待った。」
コンがいきなり話を遮った。
「…ああ、せっかく言いたいことがまとまって話せそうだったのに。」
縢蠱が恨めしげにコンを睨む。
「そりゃ悪い。いや、でもおまえ一応人だろ。時の流れは妖ものなみだって池にずっと浸かってるの はまずいだろうが。」
しばらく呆けたように話を聞いていた縢蠱が急にぶるぶると震えた。
「そ、そういえば、ささ、寒いかも…」
慌ててほとりにあがる。上がり終えた頃には言いたいこともすっかり忘れていた。
「池の主様はこれを知ってるのか。」
縢蠱が今一番に聞きたいことはこれだった。
「主様は噂だけで判断するのは浅慮だと言っていた。」
シロが呟くように言った。池の主は縢蠱と同じ受けとめかたをしていたようだ。
「でも、こうなったからには主様にも気をつけてもらわないと。」
シロが挑むような口調で言った。少女に相当な敵意を抱いたらしい。
「私が何に気をつけるって。」
突然、縢蠱たちの上のほうから声が降ってきた。
「主様っ」
縢蠱が振り向くと同時にコンとシロが声を張り上げた。
「主様、やっぱり術者でした。」
「この池が…御池が狙われました。」
二匹がまくし立てる。
「やはりか。」
池の主がなにか思うところがあるように言った。
「やはり…とは。」
耳聡く聞きつけた縢蠱が尋ねた。
「磯伽が村であったおかしな人死のことをたいそう恐れていてな。…といっても十年も前の話なんだ が。なにせ神だから時の流れがとてつもなく緩やかなんだ。」
池の主が一息つき、語り出したのはこういうことだった。
十年ほど前、母親に先立たれた少女がいた。母親はこの森にある祠に祈りに行ったきり戻らず、一 年後に大きな木の根元に寄り掛かるようにして息絶えているのが見つかった。そのおなじ年、少女 とその姉を残して父と祖父母、さらに叔母も亡くなった。その原因は病。
その後、少女と姉は遺品を売ったお金で奉公にでた。しかし、なぜか少女だけ追い出されることに なった。それからしばらくして、どんな縁か少女は術師に指南を申し込むみ、今はなぜかここの妖者 の掃討中らしい。
「ええっ。話だいぶ飛びましたよねっ。ところどころ飛んでますけど、最後のほう掃討中って…」
「そうなんだよ。磯伽もあいまいな話しか知らなくてな。だが、ここ一帯を狙うのは見せかけだと思 う。」
「何かを隠していると?何故?」
「…直感。」
全員が口を空けてしばらく何も言わなかった。
「…またですか…。」
逸早く立ち直ったコンが口を開いた。池の主に一番近いのはおそらくこのふなたちであり、彼の癖も よく心得ているのだ。とくにコンは森に棲むもの皆に評されるその面倒見の良さからこういう池の主の いいかげんさにも寛大なのだ。
「いや、何か思い当たることがあったはずなんだが、はっきりしなくてな。」
「そういえば、縢蠱もあの小童のこと気にしてたよな。」
シロがため息まじりに言った。
「ああ、そうだった。思い出した。あの子、見覚えがあるというか、何か懐かしい…記憶にひっかかる 感じがするんだよ。」
縢蠱が首を傾げながら思案する。すると、シロが何かをひらめいたように飛び跳ねた。
「それって縢蠱が人里にいた頃の記憶なんじゃないか。ヤドリギのかたに見出される前の…」
池の主とコンがシロを軽く睨んだ。
「あ、ごめん…」
「別にいいよ。自分でも昔話みたいにしか思えないんだ。覚えてはいるけどもう本当にあったことか も覚束なくなってる…。」
縢蠱が人でありながらこの森に生きているのには理由がある。ここに棲まうものは皆、彼を迎え入 れたときにそれを心得た。彼の心に深く根付くもの。それはとても温かい傷として心を蝕む、触れては いけないものなのだ。だが、彼にはそれを感じさせない器用さがあった。他のことに関しては不器用 なのに、他人を気にすることは得手。その裏には自分をいつも遠くから見つめる冷めた目があるのに 彼自身は気づかない。
「とにかく、ここで話していても埒が明かん。私も探りを入れてみるからおまえは変に首を突っ込む なよ。」
「…わかっています。ですが、主様が狙われているかもしれないのに下手に手をだすのは感心しま せんよ。」
「それは余計な世話というやつだよ。私にはこの御池の加護がある。自分に非がないかぎり悪いよ うにはならない。」
妙な静けさを湛えた顔で池を見つめながら池の主は断言した。
「さあ、こんなくらい話はやめにして、寄っていくかい、縢蠱。」
薬草を取りにきたのだろう、と池の主が縢蠱を池に招く。縢蠱が頷くと主が右手を掲げた。池に向か ってゆっくりと振り下ろすと池の水が凹み、底まで続く階段の形となった。さらに段の表面に水草が集 まる。
「随分と久しぶりだから、転けそうだな。」
変貌した池を見下ろしながら縢蠱が呟いた。
「おれたちのあとについてくれば大丈夫だろ。」
「滑りにくい場所をえらんでやるよ。」
呟きを聞き付けた二匹が水面を尾鰭で叩くと水飛沫があがり二匹の姿を一瞬隠し、それがおさまる とそこには二匹の井守がいた。
「その変化も久しぶりにみた。」
井守に変化したコンとシロを見ながら縢蠱は感慨深げに言った。
「どうだ、いつ見たって感動するだろ。」
「生半可なやつには絶対まねできない芸当さ。」
池の底にはさらに小さな池がある。それは妖気に触れたことのあるものしか見ることができない、異 形のものであり、ただの水とは違う。堅くみえる水面は鏡よりもあざやかに景色を映し込み、水の中 は見えない。
池の主が中に飛び込む。縢蠱たちも続いて飛び込むと池の御殿が目の前に広がった。
「ようこそ、我が宮へ。いつものでいいかい。」
「はい、一式お願いします。」
「今、持ってくるから棚でも見ていてくれ。」
こうして縢蠱が難無く息をしたり、会話をしたりできるのはここの水が軽く、いきとしいけるもの全てと 協調する性質を持つからだ。
「ここの薬は新しいね。」
「冬に採っておいた水仙とかを夏草とまぜてみたんだ。」
おれの提案、とコンが胸を張った。
「打倒、小童。おまえが薬だと思っているそれは海で最も大きな生き物も死にいたらしめる毒さ。」
シロが二本の足で立ち、大仰な仕草で言った。
水底で息をひそめること数分。縢蠱がそろそろと水面に顔を出した。
「生きとるわ。」
「油断しなけりゃおまえなんかに引けをとることなかったんだからな。」
不機嫌面のふなたちも続いて水面に上がってくる。
「にしても、主様の薬草すごいな。少しためておいてよかった。」
コンが縢蠱を振り返る。
縢蠱は森に棲むもので唯一の人の身だ。もちろん水の中で息を止めつづけることはできない。それ ができたのはひとえに池の主から二匹が以前たまわった薬草を使ったからだ。
「それよりも、あいつたしかに術を使ったぞ。縢蠱はさておき、おれたちが妖怪だってことも知ってる ようだった。」
シロが考え込みながら縢蠱に話しかけた。
「…ん、ああ。そうみたいだな。」
縢蠱がどこか心ここにあらずで返事をした。
「おまえ大丈夫かよ。人の術者に遭遇するのは初めてだからな。おっかなかったんだろ。」
シロがからかいまじりにも心配そうな様子で言った。
「いや、そんなことはないよ。ただ…」
縢蠱が困ったような顔で言い淀む。
「なんだよ焦れったいな。」
「言いたいことはきっぱりと言え。」
縢蠱が考えを組み立てながら話そうとした。
「なんて言えばいいのかな…あの子―――」
「あ、待った。」
コンがいきなり話を遮った。
「…ああ、せっかく言いたいことがまとまって話せそうだったのに。」
縢蠱が恨めしげにコンを睨む。
「そりゃ悪い。いや、でもおまえ一応人だろ。時の流れは妖ものなみだって池にずっと浸かってるの はまずいだろうが。」
しばらく呆けたように話を聞いていた縢蠱が急にぶるぶると震えた。
「そ、そういえば、ささ、寒いかも…」
慌ててほとりにあがる。上がり終えた頃には言いたいこともすっかり忘れていた。
「池の主様はこれを知ってるのか。」
縢蠱が今一番に聞きたいことはこれだった。
「主様は噂だけで判断するのは浅慮だと言っていた。」
シロが呟くように言った。池の主は縢蠱と同じ受けとめかたをしていたようだ。
「でも、こうなったからには主様にも気をつけてもらわないと。」
シロが挑むような口調で言った。少女に相当な敵意を抱いたらしい。
「私が何に気をつけるって。」
突然、縢蠱たちの上のほうから声が降ってきた。
「主様っ」
縢蠱が振り向くと同時にコンとシロが声を張り上げた。
「主様、やっぱり術者でした。」
「この池が…御池が狙われました。」
二匹がまくし立てる。
「やはりか。」
池の主がなにか思うところがあるように言った。
「やはり…とは。」
耳聡く聞きつけた縢蠱が尋ねた。
「磯伽が村であったおかしな人死のことをたいそう恐れていてな。…といっても十年も前の話なんだ が。なにせ神だから時の流れがとてつもなく緩やかなんだ。」
池の主が一息つき、語り出したのはこういうことだった。
十年ほど前、母親に先立たれた少女がいた。母親はこの森にある祠に祈りに行ったきり戻らず、一 年後に大きな木の根元に寄り掛かるようにして息絶えているのが見つかった。そのおなじ年、少女 とその姉を残して父と祖父母、さらに叔母も亡くなった。その原因は病。
その後、少女と姉は遺品を売ったお金で奉公にでた。しかし、なぜか少女だけ追い出されることに なった。それからしばらくして、どんな縁か少女は術師に指南を申し込むみ、今はなぜかここの妖者 の掃討中らしい。
「ええっ。話だいぶ飛びましたよねっ。ところどころ飛んでますけど、最後のほう掃討中って…」
「そうなんだよ。磯伽もあいまいな話しか知らなくてな。だが、ここ一帯を狙うのは見せかけだと思 う。」
「何かを隠していると?何故?」
「…直感。」
全員が口を空けてしばらく何も言わなかった。
「…またですか…。」
逸早く立ち直ったコンが口を開いた。池の主に一番近いのはおそらくこのふなたちであり、彼の癖も よく心得ているのだ。とくにコンは森に棲むもの皆に評されるその面倒見の良さからこういう池の主の いいかげんさにも寛大なのだ。
「いや、何か思い当たることがあったはずなんだが、はっきりしなくてな。」
「そういえば、縢蠱もあの小童のこと気にしてたよな。」
シロがため息まじりに言った。
「ああ、そうだった。思い出した。あの子、見覚えがあるというか、何か懐かしい…記憶にひっかかる 感じがするんだよ。」
縢蠱が首を傾げながら思案する。すると、シロが何かをひらめいたように飛び跳ねた。
「それって縢蠱が人里にいた頃の記憶なんじゃないか。ヤドリギのかたに見出される前の…」
池の主とコンがシロを軽く睨んだ。
「あ、ごめん…」
「別にいいよ。自分でも昔話みたいにしか思えないんだ。覚えてはいるけどもう本当にあったことか も覚束なくなってる…。」
縢蠱が人でありながらこの森に生きているのには理由がある。ここに棲まうものは皆、彼を迎え入 れたときにそれを心得た。彼の心に深く根付くもの。それはとても温かい傷として心を蝕む、触れては いけないものなのだ。だが、彼にはそれを感じさせない器用さがあった。他のことに関しては不器用 なのに、他人を気にすることは得手。その裏には自分をいつも遠くから見つめる冷めた目があるのに 彼自身は気づかない。
「とにかく、ここで話していても埒が明かん。私も探りを入れてみるからおまえは変に首を突っ込む なよ。」
「…わかっています。ですが、主様が狙われているかもしれないのに下手に手をだすのは感心しま せんよ。」
「それは余計な世話というやつだよ。私にはこの御池の加護がある。自分に非がないかぎり悪いよ うにはならない。」
妙な静けさを湛えた顔で池を見つめながら池の主は断言した。
「さあ、こんなくらい話はやめにして、寄っていくかい、縢蠱。」
薬草を取りにきたのだろう、と池の主が縢蠱を池に招く。縢蠱が頷くと主が右手を掲げた。池に向か ってゆっくりと振り下ろすと池の水が凹み、底まで続く階段の形となった。さらに段の表面に水草が集 まる。
「随分と久しぶりだから、転けそうだな。」
変貌した池を見下ろしながら縢蠱が呟いた。
「おれたちのあとについてくれば大丈夫だろ。」
「滑りにくい場所をえらんでやるよ。」
呟きを聞き付けた二匹が水面を尾鰭で叩くと水飛沫があがり二匹の姿を一瞬隠し、それがおさまる とそこには二匹の井守がいた。
「その変化も久しぶりにみた。」
井守に変化したコンとシロを見ながら縢蠱は感慨深げに言った。
「どうだ、いつ見たって感動するだろ。」
「生半可なやつには絶対まねできない芸当さ。」
池の底にはさらに小さな池がある。それは妖気に触れたことのあるものしか見ることができない、異 形のものであり、ただの水とは違う。堅くみえる水面は鏡よりもあざやかに景色を映し込み、水の中 は見えない。
池の主が中に飛び込む。縢蠱たちも続いて飛び込むと池の御殿が目の前に広がった。
「ようこそ、我が宮へ。いつものでいいかい。」
「はい、一式お願いします。」
「今、持ってくるから棚でも見ていてくれ。」
こうして縢蠱が難無く息をしたり、会話をしたりできるのはここの水が軽く、いきとしいけるもの全てと 協調する性質を持つからだ。
「ここの薬は新しいね。」
「冬に採っておいた水仙とかを夏草とまぜてみたんだ。」
おれの提案、とコンが胸を張った。
「打倒、小童。おまえが薬だと思っているそれは海で最も大きな生き物も死にいたらしめる毒さ。」
シロが二本の足で立ち、大仰な仕草で言った。
(あの目は知ってる。)
縢蠱が池に行ったのは何日も前であの少女の噂は今も途絶えず、広がりすぎずだ。
何の接点もない人の子が縢蠱の思考にちらつくのは池の主が狙われているからだろうか。
「違うな…」
あの目は知っている。自分の生きる意味に、居場所に飢えているような目だった。
(それとも…)
縢蠱がかってに彼女の境遇を自分の身の上と重ね合わせて思い込んでいるだけだろうか。
(そうでなければいい…)
そう考えたのもつかの間、思えばあの人の子はこの森を脅かす存在なのだ。
(それに…あの子が人である時点でこの先関わることはない。)
少女と話すことで痛みが薄れるものでもない。縢蠱は区切りがついたはずの過去を意気地なく想う 自分にため息をついた。
初夏。夏はまだこれからだ。
どたばたと廊下を駆け回る音が響く。
「露子さん、また童が病にかかっちまった。まだ元凶の怪物ってやつは倒せないのかい。」
「うちの子なんです。なんとか助からないでしょうか。もうここしか当てがないんです。」
庭に面した室で書を読んでいた露子は柱廊から聞こえる二人の叫びに耳を傾けた。
「今、師が異形の居所を探っています。すぐに死に至る病ではないのだからどうか気を鎮めて待っ ていてください。師と私が名にかけて必ず倒しますから。」
露子が宣言すると母親に着いてきた村長が胡乱げな目をした。
「…そう言ったこと、忘れないでくれよ。」
「うちは女の子なのに。まだ六つになったばかりで…」
母親は今にも泣きそうな顔で言った。
近頃、村で流行りはじめた病がある。とくに恐ろしくはないが、とかく異様なのだ。
「…では、一応診てみますが、今すぐには治せません。それはわかってもらえますね。」
「ええ。わかっています。露子さん。」
(赤い…?いいえ、翠かしら?…違う…今は…)
雪子は手鏡を取り落とし、小さく悲鳴をあげた。
(白…白銀…)
白目より白く、輝きを湛える白い瞳。ころころと代わっていた瞳の色はそれきり変化をみせなくなっ た。
近頃、村で流行りはじめた病。
瞳の色が変わってしまう奇妙な病。落命も失明もしないが、この村では十年前のことがあって以 来、奇妙なことこそ恐れられ、疎まれる。
(私も恐れられ、疎まれるんだ。)
瞳の色だけで自分を見てもらえなくなるとは思わなかった。励まし、元気づけてくれるだろうと思って いた。
こんな瞳だけでどんな危害を加えるというのだろう。
「雪子、露子さんが来てくれましたよ。顔をお見せなさい。」
室の外から母の声がした。雪子はしばらく逡巡した後、意を決して障子を開けた。そして、一息に、 静かに言う。
「今は…お帰り下さい。」
声を出した途端、堪えていたものが一気に溢れた。
両手で塞いだ目から雫がパタパタと落ちた。
「…治せないのに…来ないで…来ないでよ…」
母と露子の心配そうな目も今は皮肉としか思えない。やりどころのない怒りが露子に対する憎悪と して雪子の中に渦巻いた。
露子は母親と雪子の陰で静かに息をついた。
露子が予期していた通りの反応だった。
この病を診るのは初めてではない。病人の屋敷を訪れたりもした。雪子より素直な者には誰のせい で疎んじられる、と責められた。
それも道理だ。
母の死、恐ろしい死の知らせを聞いたときに姉と二人でそれを背負って生きると決めた。
奉公先から一人追い出されたとき、遠い町で奉公に励む姉の代わりに自分はこの村で彼らの中に 根付いてしまった畏れを除く手助けをすると決めた。母の蒔いた種はその娘が摘む。
それが道理だ。
「今は手だてがないけれど、きっと治すから。私が治すから、もう少し我慢してね。」
元凶が怪物というのは嘘だ。
あれはそんなに優しいものではない。森のすべてがこの村にあだをなす。
〇 ● 〇 ● 〇
森のあちらこちらで夏を感じる夏至の日。凪いだ夏木立の中央にぽっかりと開いた場所。そこに森で一番大きな木が立っている。
―池の主よ、我はかの童子を育てようと思う。
木の上から声が響く。
「またそんな厄介な事を。」
木の幹に背中を凭せながら一際太い枝に腰を下ろす池の主が顔を顰めた。
―しかし、夜露が身にかえて守った童子なのだ。今は亡き夜露に返せる恩はこれしかない。
「律儀なことで。かの童子は己に科せられた罪を知っているのか。」
―いや、身の拠り所がなくなったことしかわかっていない。
声が暗さを帯びる。
―あの子には言わないつもりだ。
「そのほうが酷ではないか。」
―夜露の子には人の闇をも受け止められるようになってほしいのだ。
「夜露の子…露子のことか。あの子は関係ないだろう。」
―……それはそなたにも話せん。夜露との約束だ。
「……まあいい。しかし、露子のためにかの童子が傷を広げるのは頂けない。」
―解れとは言わぬよ。だが、かの童子の顔を見ていると…やはり伝えられぬよ。決して露子のため だけではないのだ。
木の根本に寄り掛かり眠る二つの影。解放されたような幸せに満ちた顔。そのひとつは永久に目覚 めない。
―…きっと…二人とも強くなろう…。
まだ五つの童子が目覚めたとき、美しい朝がやってくるといい。この森で迎える朝を好きになれるよ うに――
縢蠱が池に行ったのは何日も前であの少女の噂は今も途絶えず、広がりすぎずだ。
何の接点もない人の子が縢蠱の思考にちらつくのは池の主が狙われているからだろうか。
「違うな…」
あの目は知っている。自分の生きる意味に、居場所に飢えているような目だった。
(それとも…)
縢蠱がかってに彼女の境遇を自分の身の上と重ね合わせて思い込んでいるだけだろうか。
(そうでなければいい…)
そう考えたのもつかの間、思えばあの人の子はこの森を脅かす存在なのだ。
(それに…あの子が人である時点でこの先関わることはない。)
少女と話すことで痛みが薄れるものでもない。縢蠱は区切りがついたはずの過去を意気地なく想う 自分にため息をついた。
初夏。夏はまだこれからだ。
どたばたと廊下を駆け回る音が響く。
「露子さん、また童が病にかかっちまった。まだ元凶の怪物ってやつは倒せないのかい。」
「うちの子なんです。なんとか助からないでしょうか。もうここしか当てがないんです。」
庭に面した室で書を読んでいた露子は柱廊から聞こえる二人の叫びに耳を傾けた。
「今、師が異形の居所を探っています。すぐに死に至る病ではないのだからどうか気を鎮めて待っ ていてください。師と私が名にかけて必ず倒しますから。」
露子が宣言すると母親に着いてきた村長が胡乱げな目をした。
「…そう言ったこと、忘れないでくれよ。」
「うちは女の子なのに。まだ六つになったばかりで…」
母親は今にも泣きそうな顔で言った。
近頃、村で流行りはじめた病がある。とくに恐ろしくはないが、とかく異様なのだ。
「…では、一応診てみますが、今すぐには治せません。それはわかってもらえますね。」
「ええ。わかっています。露子さん。」
(赤い…?いいえ、翠かしら?…違う…今は…)
雪子は手鏡を取り落とし、小さく悲鳴をあげた。
(白…白銀…)
白目より白く、輝きを湛える白い瞳。ころころと代わっていた瞳の色はそれきり変化をみせなくなっ た。
近頃、村で流行りはじめた病。
瞳の色が変わってしまう奇妙な病。落命も失明もしないが、この村では十年前のことがあって以 来、奇妙なことこそ恐れられ、疎まれる。
(私も恐れられ、疎まれるんだ。)
瞳の色だけで自分を見てもらえなくなるとは思わなかった。励まし、元気づけてくれるだろうと思って いた。
こんな瞳だけでどんな危害を加えるというのだろう。
「雪子、露子さんが来てくれましたよ。顔をお見せなさい。」
室の外から母の声がした。雪子はしばらく逡巡した後、意を決して障子を開けた。そして、一息に、 静かに言う。
「今は…お帰り下さい。」
声を出した途端、堪えていたものが一気に溢れた。
両手で塞いだ目から雫がパタパタと落ちた。
「…治せないのに…来ないで…来ないでよ…」
母と露子の心配そうな目も今は皮肉としか思えない。やりどころのない怒りが露子に対する憎悪と して雪子の中に渦巻いた。
露子は母親と雪子の陰で静かに息をついた。
露子が予期していた通りの反応だった。
この病を診るのは初めてではない。病人の屋敷を訪れたりもした。雪子より素直な者には誰のせい で疎んじられる、と責められた。
それも道理だ。
母の死、恐ろしい死の知らせを聞いたときに姉と二人でそれを背負って生きると決めた。
奉公先から一人追い出されたとき、遠い町で奉公に励む姉の代わりに自分はこの村で彼らの中に 根付いてしまった畏れを除く手助けをすると決めた。母の蒔いた種はその娘が摘む。
それが道理だ。
「今は手だてがないけれど、きっと治すから。私が治すから、もう少し我慢してね。」
元凶が怪物というのは嘘だ。
あれはそんなに優しいものではない。森のすべてがこの村にあだをなす。
〇 ● 〇 ● 〇
森のあちらこちらで夏を感じる夏至の日。凪いだ夏木立の中央にぽっかりと開いた場所。そこに森で一番大きな木が立っている。
―池の主よ、我はかの童子を育てようと思う。
木の上から声が響く。
「またそんな厄介な事を。」
木の幹に背中を凭せながら一際太い枝に腰を下ろす池の主が顔を顰めた。
―しかし、夜露が身にかえて守った童子なのだ。今は亡き夜露に返せる恩はこれしかない。
「律儀なことで。かの童子は己に科せられた罪を知っているのか。」
―いや、身の拠り所がなくなったことしかわかっていない。
声が暗さを帯びる。
―あの子には言わないつもりだ。
「そのほうが酷ではないか。」
―夜露の子には人の闇をも受け止められるようになってほしいのだ。
「夜露の子…露子のことか。あの子は関係ないだろう。」
―……それはそなたにも話せん。夜露との約束だ。
「……まあいい。しかし、露子のためにかの童子が傷を広げるのは頂けない。」
―解れとは言わぬよ。だが、かの童子の顔を見ていると…やはり伝えられぬよ。決して露子のため だけではないのだ。
木の根本に寄り掛かり眠る二つの影。解放されたような幸せに満ちた顔。そのひとつは永久に目覚 めない。
―…きっと…二人とも強くなろう…。
まだ五つの童子が目覚めたとき、美しい朝がやってくるといい。この森で迎える朝を好きになれるよ うに――
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆
今回は、なんてとこで止めてるんだ!と自分でも思ってしまいました。字数の関係で中途半端に切らなきゃいけなくなってしまった…。
そして、小説家になろう!というサイトさんの「夏のホラー」イベント用の(全然怖くない)ホラーものを書いていて、「あやかしだらけな縁」がちっとも進んでません…ごめんなさいm(_ _ )m
どうでもいいことですが、今回のタイトル、副タイトルの「傀儡童子の罪滅ぼし」を本タイトルにしようと思ってたんです。でも、連続ものにしようと思ってたので、毎回こんな暗い感じのタイトルでやってくのはなぁ、と急きょ変更しました。(←どうでもいいことを…)
そういえば、もうすぐ夏コミですね!私は2日目と3日目に行くことにしました(*^^*)ほんとは1日目と3日目がよかったのですが、友人が2日目が良いと目を潤ませる(メール上で)ので2、3になりました。。。
でも、2日目にどこに行きたいのか聞いてないので少し不安…私は2日目なら和雑貨が目当てなのですが、一体彼女は何を買おうとしているのだろうか…。
あと、今日はバルス祭りですよ!Twitterでバルスを叫び、大佐をいじるお祭りですよ!(注:ニコ動でラピュタの実況をするイベントです。)
前回はバルスが呟かれ数で世界記録を取るもののあけおめにすぐに塗り替えられてしまったそうで…今回は、サーバーも強化されたことだし(もちろん落とす勢いで行きますが)、また世界記録を取れるんでしょうか。。。
…しょうもないことばかり書いてる…すみませんm(_ _ )m
毎度こんな感じでゆるゆるとやってますが、ここまでお付き合いくださった方、ありがとうございます。
それでは、次の更新はいつになることやらですが、また覗きに来てくださるとうれしい限りです(*^_^*)
なんと・・・私の大好きな…
天野 頌子さんの陰陽屋シリーズが……
ドラマ化です!!!
フジテレビにて、十月の火曜10時から、放送ですよ!!!
もうどうしましょう!?見るっきゃない!
詳しいことはとれたてフジテレビ に!
祥明役は錦戸さんということで、一体どんな雰囲気なんでしょうか…狩衣着るんですって…あの毒舌イケメンがどんな風に実写になるのでしょうか…俊太役も早く知りたいです…
もう、愉しみすぎて、震えが止まらない…
天野さん、ほんとにおめでとうございます!!!