脳というスーパーコンピューターは、

予知・予感を実現するために全力を上げる。

 

その予知・予感が、

自分の望むものであろうとなかろうとおかまいなしだ。

 

しかし、それでは困る。

 

天才ではない私たち凡人の予知・予感は、

実現したら困るものばかりである。

 

だからイヤな予感や悪い予知は、

よい予感やよい予知に

書き換えてしまわなければならない。

 

昔の人は「自分が死ぬ夢は、

いいことが起こる前兆である」といった。

 

また、縁起の悪いもの、

例えば霊柩車などに出会うと、

「ツルカメ、ツルカメ」

と呪文を唱えるお年寄りが、最近までいた。

 

自分が死ぬ夢はどう考えたって

いいことが起こる前兆などではありえない。

最悪最低の夢だ。

 

しかし「いいことが起こる」

といい伝えることで、

イヤな夢をみたあとの悪い気分を、

よい予感に変えようとする。

 

霊柩車とすれ違うと、

たいていの人はギョッとする。

 

扁桃核が「不快」になり、

マイナスイメージ、

マイナス感情が発生してしまう。

 

そこで、「鶴亀」という

縁起のいい呪文を繰り返し、

扁桃核の「不快」を

「快」に切り換えようとするのである。

 

ブレイントレーニングでは、

マイナスの思考やイメージ、感情を消して、

プラスに切り替える作業を

「クリアリング」というが、

「自分が死ぬ夢は吉兆」も

「ツルカメ」も、ちゃんとクリアリングになっている。

 

悪い予感は悪い結果をつくる、

悪い予感は良い予感に

チェンジしなければならないことを知っていた、

昔の人の知恵だろう。

 

女子ゴルフの中島千尋プロが、

リゾートラストレディースで

準優勝したときのコメントである。

 

「今の実力からすると当然の結果です。

悔しいけれど、悔いの残るゴルフではなかった。

技術的問題もわかったので、次週以降につなげたい」

 

常にNo1を目指せと指導されているから、

準優勝しても彼女は

「悔しい」「よかった」とはいわない。

 

準優勝で喜んだら、満足感が生まれ、

闘争心や集中力が途切れてしまうからだ。

 

だからといって、彼女の扁桃核は、

優勝できなかったという結果に対して、

「不快」にもなっていない。

 

いや、No1を目指して戦う人間が、

目の前で優勝をさらわれ、

その扁桃核が、「不快」にならないはずはない。

 

しかし、それを上手にクリアリングしている。

例えば、今日の目標を達成できないと、

「できない」を翌朝まで引きずり、

落ち込んだ1日をスタートさせる。

 

今回のプレゼンテーションが失敗すると、

「失敗した」「ダメだった」を引きずり、

次のプレゼンでも力を出し切れなくなる。

 

マイナス思考とか、消極思考、やる気のなさも、

もともとはそうした「できない」や

「失敗」の積み重ねなのだ。

 

したがって、マイナス思考やマイナスイメージ、

マイナス感情が起こるたびに、

ひとつひとつクリアリングし、

つぶしていくことが大切である。

まずいときは。

考えれば考えるほど、ますますまずくなる。


では、どうすればいいのか。


答えは簡単だ。

「まずいとき→考える→ますます悪くなる」

のだから、

「まずいとき→考えない」を行えばよい。


世の中で成功するのは、

この原則を実践した人である。


彼らは物ごとがうまくいかないときこそ、

思い切り良く行動し、

「まずいとき→考えない→行動する」を実行している。


事態を打開する新しいヒントやアイデアは、

理屈から生まれるのではない。


行動から生まれる。

変化の中から生じてくる。


脳がまずいと感じるときは、

扁桃核も「不快」状態になっている。


そんなときに、「ああでもない」

「こうでもない」と考えたって、

素晴らしいひらめきや良い考えなど

絶対にでるはずがないだ。


スポーツの世界では、

そのような状態を「スランプ」と呼ぶ。


考えれば考えるほど迷いが出て、

不振を抜け出せなく絶不調がスランプである。


そこから脱出する一番有効な方法は、

考えないことである。


考えずに行動することが、

スランプ脱出の奥の手だということは、

あらゆるスポーツ、

あらゆるジャンルの仕事に共通していえることだ。


野球で言えば、バッテングフォームやミートのタイミング、

どのコースのどのボールを打とうなどと

考えれば考えるほど、スランプはより深くなる。


名選手はたいてい「来たボールを打つだけだ」

という心境になってその泥沼を抜けだすのである。


考えることが必要なのは、むしろ幸運のときだ。


好調な時に浮かれると“図に乗っている状態”になり、

反省のチャンスを失う。


そのために失敗やミスが多くなり、

災いを招くことになるというのが、

「好事、魔多し」である。


すべてが順調に進み、

脳がウキウキワクワクしている

メンタルビゴラス状態のときこそ、

自分を反省し、問題点をチェックし、頭を冷やす。


脳がヒートアップしたときに、

反省というカームダウンが必要になるのだ。


なんだかんだといって・・・

日本人は反省が大好きだ。

 

今の学校はどうかわからないが、私の小学校時代には、

毎月必ず最後に反省会というのがあって、

私などしばしば反省を強制された。

 

中国の「論語」という本にも

「日に三省す」という言葉があり、

1日に3回反省することをすすめているから、

反省好きは日本人だけではないかもしれない。

 

なぜ人間はこんなに反省が好きなのか。

 

「反省すれば能力が向上する」

と誤解されているからだ。

 

職場でも何かあると、ミーテングなどと称して、

すぐみんなを招集し、「あれはまずい」「これがいけない」と、

まずい話ばかりする管理職がいる。

 

それって、あきらかにツキのない職場である。

 

まずいときは反省するな。

反省は絶好調のときにせよ。

 

信じられないかもしれないが、

世の中で成功しているのは、

どんな分野でも「反省しない人」たちだ。

 

つまり、懲りない人たちである。

 

特に悪いとき、順調でないとき、

彼らは絶対といっていいほど反省しない。

 

反省ばかりしているのは、能力のない人間である。

 

何かあると待ってましたとばかり、

反省のミーテングを開くのは、

成功できない管理職であり、成功できない組織である。

 

というのは、状況がまずいとき、

人は何を考えるか。

 

どうしても消極的になり、

マイナス思考に流れる。

 

「まずい」を上塗りし、

「まずい」を突破できなくなってしまう。

 

いつもまずい話ばかりして、

得意になっているのは決まって能力のない人間である

101回プラス思考になればいい

 

この原則がプラス思考の口グセだ。

 

バカらしいという人がいるかもしれない。

 

しかし、そのバカらしいことの繰り返しによって、

私たちはいつの間にか、

マイナス思考がクセになってしまったのだ。

 

確かにバカらしいほど単純である。

 

しかし、こうした回路の切り替えを重ねることによって、

プラス思考のクセ、プラスイメージという想像力のクセ、

プラス感情という感情のクセがだんだんついていく。

脳というスーパーコンピュータへのデーター入力は、

主として「感覚」「言語」を通して行われる。

 

ただし視覚や聴覚、味覚など五感も、

「きれい」とか「明るい」とか

「うるさい」「美味しい」

「臭い」「気持ちいい」などと、

言葉によって意味づけられることで、

はじめて人間化される。

 

これは人間の脳の一番大きな特徴である。

 

したがって、勉強に対しても仕事に対しても、

「苦痛」「嫌い」「大変」「しんどい」

などという言葉が入力され、

条件づけられてしまうと、扁桃核は「不快」と反応する。

 

勉強も仕事も苦痛になり、

しんどくなり、勉強が楽しくない体質、

仕事がきもちよくない体になってしまうのだ。

 

そこで入力する言葉を意識的に変えてやる。

 

会社(学校)に行く → 今日も世の中で一番面白い場所へいくぞ

仕事(勉強)をする → 今日も徹底的に楽しもう

面倒な仕事 → 自分の能力をアップするチャンスだ

イヤな上司 → 反面教師としてとても役立ってくれるありがたい上司

頑固な先輩 → 意思が硬くて自分の哲学を持っている魅力的な先輩

口の悪い同僚 → 人の心を意に介さない凄い人

ケチな人 → 締まり屋で自己管理のできる優秀な人

 

例えば、こうして思考の否定的回路を、

肯定的回路に切り替える。

 

これが大きな意味を持つのは、

「楽しもう」と思っているときは、「つらいなあ」とは思えない。

そういうものなのだ!