みんな誰しも自然と予感を感じる!


不況とは、悪い予感の集積である。


みんながマイナス思考になり、

悪い予感ばかりになるその予感がどんどん的中するから、

不況を脱出することがきわめて難しくなる。

 


そんな中で、よい予感の話を久しぶりに聞いた。

財務担当大臣や日銀総裁の談話ではない。


阪神球団を対談し、大リーグの「メッツ」に入った

新庄選手の「予感」である。

 


シーズン開幕前、新庄は記者団にこういった。

 

「大リーグでの初打席はヒットになる気がするよ。

これまでデビュー戦は皆ヒットだったから、

ヒットになるんじゃないかな」

 


これを聞いて、野球評論家や

スポーツ番組のキャスターが笑ったのを、

私は見逃さなかった。


日本でも大した成績を上げなかったこの選手が、

大リーグで活躍するわけがない。

発打席発ヒットなどと、

無責任な大口を叩いていると思ったのだろう。

 


しかし私は、新庄がヒットを打つ事を知っていた。

 


初打席がどうなると思うかと問われ、

「ヒットを打ちたい」と答えなかったからだ。

「ヒットになる気がする」「ヒットになるんじゃないかな」。

これは間違いなくよい予感である。


 

案の定、彼はデビュー戦の初打席をヒットで飾った。

いわゆるポテンヒットだったが、

それをある解説者が、「新庄らしい」と論評していた。


 

しかし、あれは本来アウトの打球である。

それを無理やりポテンヒットにしてしまったのは、

「ヒットになる」という彼の予感だ。


「打てる」という予感があったから迷いがなく、

思い切りのいいフルスイングができた。


ジャストミートはし損ねても、

しっかりバットを振りぬいたときに、

ラッキーなヒットは生まれるのである。

 

肯定的予知能力が、凡打をヒットに変えた。

 


予知能力には、肯定的予知能力と否定的予知能力がある。

「間違いなく出来る」という肯定的な予知能力は、

“できないこと”さえ“できること”に変えてしまう。


一方、「できないかもしれない」という

否定的な予知能力は、

その人にとって“できること”まで“できないこと”に変えることになる。


「できないかもしれない」「できなかったらどうしよう」

「できてほしい」「できたい」・・・

99%の人間は、「できない」を

実現するこういう形の予知を得意とし、

「できない」を実際に実現してしまうのである。


「やる気」とは出来ないことを前提に考える!

「本気」とは必ず出来ると信じきってる!

今日は悪い予感が、よい予感に変わる

ツキの大原則!!

 

勝ち組の優れた予知能力

 

「当たり!」

 

その声に、「しまった」と思ったけれどもう遅い、

「リーチ、ドラドラドラ。おっ、裏ドラも2枚ついて、ハネ万だ」と、

得意そうに点数を数えている。

 

「また、お前か、今日はツイているなぁ」

 

そういいながらも、胸中穏やかでない。

あいつは最近、麻雀ばかりか、

仕事の方でもツイてツキまくっている。

 

先月は難航していた新規契約を無事にまとめて、

みんなをアッと驚かせた。

 

その前は、アイツが提案した販売戦略が当たりに当たって、

社長賞なんかをもらったはずだ。

 

近頃では、他の課の女の子まで、

尊敬の眼差しであいつをみている。

 

なんであの男ばかり、こう順調なんだろう。

次の人事異動では、きっと大きな差をつけられるに違いない・・。

 

「ええい。一発勝負だ」

 

思い切って捨てた牌で、また当たられてしまうのがツキのない人間である。

仕事の出来るやつは、なぜか賭け事もめっぽう強い。

結果が見える一瞬の予感

 

人材の採用については、

企業ごとにいろいろな基準がある。

 

そこでとある会社の一例がある!

 

しかし「ツキ」を一番に評価するのは、

きっとわが社ぐらいだろう。

ツキは伝染(ウツ)るから、

私のところではツイていない人間は100%採用しない。

 

なにを勘違いしたのか、昨年は東大の新卒数人が会社訪問に訪れた。

言うまでも無くお断りした。

 

うちの会社もそこまでビッグになったかと喜びかけたが、

冷静になって考えれば、いくら就職難でも、

わが社のような非上場企業にわざわざ就職を希望するような東大生は、

余程ツキのない東大生だからだ。

 

私はこれまでツキのある人間だけを採用してきた。

それで、いつの間にかわが社にはそれぞれの分野で一流の人物が揃うことになった。

 

スポーツ選手のメンタル指導、

コンディショニングを担当している江崎史子もその一人で、

ソウル五輪の銀メダリストだ。

 

88年にソウルで開かれたオリンピックに、

女子柔道48キロ級で出場。

 

並いる強豪を倒して決勝まで勝ち進んだが、

中国の李忠雲と対戦した決勝戦では惜しくも涙を呑み、

銀メダルに甘んじる事になった。

 

李と江崎の実力は、さして違わない。

なのに、なぜ勝てなかったのか。

彼女はその原因を自己分析し、

「試合の途中で一瞬、闘争心が途切れた」という。

 

「試合の中盤,“ダメかもしれない”という思いが一瞬、

頭の中をよぎった。するとそれまでの“絶対勝つ”という確信が、

“勝ちたい”に変わってしまった」

 

彼女の心に浮かんだ、「ダメかもしれない」それが予知である。

頭を一瞬よぎった予知は見事に的中し、

予知どおりに江崎は金メダルを逃がした。

予知通りに、というより、たった一瞬の予知が、

自分の願いとは逆の結果を招いてしまった。

 

たぶん、そういったほうが正しいだろう。

それまでの闘争心を途切れさせ、敗北という結果をもたらしたのは、

「ダメかもしれない」という予知、予感である。

 

4年間、金メダルを目標にして、高め続け、

練り続けてきた闘争心よりも、ほんの一瞬の予感の方が強かった。

 

ここに、心の恐るべき作用がある。

 

スポーツのお世界では予感は即座に現実に変わる。

短い時間の中で勝ち負けがハッキリと、劇的に現れてしまうからだ。

そこでは、江崎が分析するように、

どんな予感がどういう結果と結びついたかということがよくわかる。

 

歴然としている。しかしその原則は、スポーツに限らない。

 

ビジネスでも受験でも、また恋愛でも同じ原則が働いている。

・ この仕事はうまくいかないような気がする→失敗する

・ この目標は自分には無理な気がする→達成できない

・ あの大学は受かりそうな気がしない→落ちる

・ 彼女に愛されるなんてありそうにない→相手にされない

結果を作るのは予感であり、予知である。

 

当たる予感と外れる予感

 

では、すべての予感が当たるのだろうか、

もちろん当たる予感と当たらない予感があり、

不思議な事に、なぜか悪い予感ほど的中する。

 

そんなふうに私たちには思える。

「この仕事は成功しないのではないか」

「今日の商談はうまく行かないかもしれない」

「この大切な荷物を、この網棚に置き忘れるのではないか」・・・

ふと思った、そんなことが現実のものになるのである。

 

表向きに「成功する」と!強く決断しても・・・・

心ではそう思ってない人が多いのだ!

みなさんは思い通りの人生を過ごしてますか??

 

悪い予感のほうが当たるのには、

それなりの理由がある。

 

そのひとつは、悪い予感は努力の必要がない。

 

一方、よい予感は実現するには、

何らかの努力が必要になるからだ。

 

たとえば、とある男性と女性のお話。

 

美人かどうかはあえていわないが、

男性にとってはすこぶる魅力的な女性だった。

ピピッときた。

 

彼女と結婚するかもしれないな、

最初にそんな気がした。

「いや、結婚するに違いない」

 

当時、どこでもモテモテだった男性は、

モテる運のすべてをあの頃、

使い果たしてしまったのではないかと思うほど、

大勢の女性と付き合っていた。

 

しかし、ピピツときたその日から、

彼女たちとはきれいに別れた。

 

そして猛然とアタックを開始したのだ。

さまざまな手を使い、ようやく攻略した彼女が、

もちろん今は男性の妻である。

 

あのとき感じた、

「この女性と結婚するかもしれない」

というのはよい予感である(たぶん)。

 

だから努力を必要とした。

 

恋人達と決別することをイヤがったり、

勇気を奮ってアタックしなかったら、

予感は間違いなくはずれていただろう。

 

もうひとつの理由は、同じように的中しても、

悪い予感のほうが記憶に残りやすいのだ。

 

なぜかといえば、悪い予感は多くの場合、

身の安全とか命が脅かされるような、

私たちにとって著しく不利益な事態と結びついているからである。

 

自己防衛本能が発動し、

そのことをより強い記憶として残す。

 

だから私たちの脳は、

成功より失敗のデーターをたくさん持っている。

 

同じように的中しても、

よい予感のほうは忘れ去られてしまう。

 

予感どおり、給料をもらったことを

覚えている人がいるだろうか、

人が記憶しているのは、

予感通り支払われなかった給料のことだ。

 

それだけ、どこかで未来を夢見る自分と、

そうはならないだろうなぁーー!

という自分が居る!

 

人間はどうしても後者に導かれる!

仕事の出来るやつは、
なぜか賭け事もめっぽう強い。

仕事の出来ないやつは、
決まって賭け事も弱い

仕事でノリノリの人間は、
賭け事やゲームでも不思議とツイている。

これは、そのその人の頭脳の優秀さとか、
研究熱心とはまるで別のことだ。

実際のツキがなくなると、
これが同じ人間かと思うほど負け続けるからだ。

仕事でツイて、賭け事でもツイて、
そんなときは異性にもモテてしまう。毎日が楽しくて仕方がない。

そんなうらやましい現象が、彼にはなぜ起こるか。

偶然だろうか。

いや、こういうツキは、
その人の「予知能力」と深く関係している。

予知能力というと、
オカルト的な超能力を連想するかもしれないが、
この予知能力は、じつは、誰にでも備わっている。

昔の人は「虫の知らせ」とか「胸騒ぎ」「正夢」、
あるいは「カン」「予感」「第六感」「ひらめき」などといっていた。

予感が正しく働いて、未来を思い道りに予知できれば、
仕事も勝負事もうまくいかないはずはない。

予知能力なんて非科学的なものは存在しない。

そう思う人は、スポーツという真剣勝負の舞台で起きていることを、
その目でしっかり見て欲しい。

そこで活躍しているのは必ず、優れた予知能力、
研ぎ澄まされた第六感を持った人種である。

サッカーでも、中田英寿のような選手になると、
ボールを追って走るのではない。
ボールの方が中田を追う。

そう見えるほど、どこにボールが飛ぶかということが
的確に予知されているのだ。

なんだ、予知能力って
そんなものかと思った人もいるだろう。

ボールが蹴られる前にその行方がわかるのは
練習のたまものであり、確率の問題である、と。

しかし、ここで結論を急ぐ必要はない。

ツキと予知能力の関係について、いろんな話があるので、
それを知ってから、結論を出しても遅くはないと思う。

というのも、次のような恐ろしい原則があるからだ。

ツキのある人ほど、
自分に見方する不思議な力を感じている。


・・・・つづく