お金のことでちょっといい話!

 

とある男性C氏が、

ベンチャー企業を立ち上げたのは20年前だった。

 

薄汚れたマンションの1室に事務所があり、

その壁に1枚の山の絵が張ってあった。

 

「いつもその絵を見ながら、

頂上を極める自分をイメージしていた」とC氏はいう。

 

峻厳な山である。

 

しかし、人を拒むように切り立った山の頂は、

そこだけ美しい夕日を受けて輝いていた。

 

そのイメージ通りにC氏は頂点を極める。

業界のトップ企業に上り詰め、

今やいくつもの会社を傘下に置く、企業グループの総師である。

 

この人が20年前から現在まで、

必ず実行していることがある。

 

サイフからお札を出すとき、

「ありがとう」と心に中で声をかけるのだ。

 

そして、「仲間を連れて、戻っておいで」

と付け加えるのである。

 

「もしこの20年で、

多少のお金が貯まったとしたら、この呪文のおかげだ」

C氏は本気でそういう。

 

真の成功者は必ず、

「世の中はお金ではない」と考えている。

 

圧倒的大多数の人が、成功者と同じように、

「世の中はお金ではない」と思っている。

 

にもかかわらず、

その結果がまるで違うのはなぜか。

 

表面の意識は同じでも、

その潜在意識がまるで違うからだ。

 

「世の中はお金ではない」という考え方は、

その潜在意識を探ると、

だいたい4つのパターンに分けることができる。

 

(1)「悪いことをしなければ、大きな金は稼げない」

 

これは大金を稼いだことがなく、

攻撃的なタイプの人たちである。

大金を稼いだことが無いので、

大金は稼げないものだと脳に条件づけられている。

稼げない自分を正当化するため、

「金持ちになるのは悪い人間だ」と無意識のうちに考えている。

しかし儲けたくて仕方がないというのが本心だから、

儲けられない現状に強い不平不満を抱いている。

 

 

(2)「私にはお金よりもっと価値のあるものがある」

 

これは大金を稼いだことが無く、

調和的なタイプの人たちといえる。

大金は稼げないと脳に条件づけされ、

金持ちにはなれないとあきらめている。

「もっと価値のあるもの」とは

そういう自分を正当化するためのすり替えだ。

趣味の世界にのめり込むとか、

浮気に夢中になって“死に金”を使うのがこのタイプである。

もともと価値観のすり替えから始まっているから、

趣味の方も大成しない。

 

 

(3)「お金よりもっと大切なものがあるはずだ」

 

このタイプは、お金を稼いだ経験はあるが、

バーンアウトして今はすっかり

あきらめているという人たちである。

人は自分の失敗や、バーンアウトを

自分に納得させるためにも、価値観のすり替えを行う。

貧乏には耐えられるけど、

価値の無い自分という思いには耐えられない。

ボランテアや地域活動に参加しても、

もしそれが代償行為であれば、

心からウキウキワクワクすることはできない。

 

(4)「お金より大切な価値を実現するには、お金が必要だ」

 

これは大金を稼いだことがあり、

今も稼ぎ続けている人たちだ。

同じように「世の中はお金ではない」と考えていても、

脳の条件づけがまるで違う。

この人たちにとって、お金は手段になる。

社会の中で夢を実現し、理想を現実化するために、

お金という素晴らしい手段があることをこの人たちは体験的にしっている。

 

 

結論はお金があり、

しかもお金以上の価値を知る人間には魅力がある。

 

世の中にはお金以上の価値がある。

 

そのことを本当に理解しているのは、

大金を稼ぎ、今も稼ぎ続けている人だけだ。

 

次に述べるような理由で、

そのような人のところにはお金が自然と集まるようにできている。

だから豊かな人は、どんどん豊かになり、どんどん金持ちになり、

 

逆にお金の無い人はますます貧しく、

ますますお金がなくなっていく。

こういう話をすると、

「私は、お金が汚いなどと思ったことはない」

とおっしゃる方が必ずいる。

 

いや、ほとんどの人がそうだろう。

 

確かに、自分でもそれと気づく意識としては、

そんな恐れ多いことを考えた覚えが

無いという人が多いに違いない。

 

しかし問題は、

自分では気づかない潜在意識のほうだ。

 

自分の意思でどうにでもなる意識と違い、

潜在意識の本音はごまかせない。

 

たとえば、「世の中はお金ではない」

という考えがある。

 

幸いなことに、

世間の圧倒的大多数はそう考えている。

 

1%の成功者にしても例外ではない。

 

というのも、

「世の中は金だ、金しかない」と思う人間は、

大きく成功できないからだ。

 

一時的に成功したように見えても、

必ず破綻していく。

 

なぜならそんな人間は周りの人に尊敬されない。

 

一緒に同じ夢を見よう、その夢を応援しよう、

とことん支えようという友人ができない。

 

すなわち、

ツキや運に見放される典型的なタイプなのである。

お金持ちか貧乏かは脳の条件つけ次第!

 

脳への条件付けしだいで、

人は金持ちにも貧乏にもなる。

 

脳に「貧乏」が条件づけられていれば、

どんな恵まれた環境にいても面白いように貧乏になる。

 

この人は貧乏が好きで、

貧乏になるのを喜んでいるのではないかと思うほど、

ひたすら貧乏になる方へ進んでいく。

 

『貧乏になる人は・・・・・』

・ 貧乏になるものの考え方をしている。

・ 貧乏になる行動をとっている

・ なぜか貧乏な人と付き合っている

・ 貧乏は当たり前になっている

・ 自分が金持ちになるとは思えない

・ なぜか貧乏を美化している

・ なぜ自分が貧乏なのか気づいていない

 

こんなことを言うと驚かれるかもしれないが、

貧乏は一種の病気である。明らかに脳の病だ。

 

金持ちになりたいと望んでいるのに、

脳の条件付けに間違いがあるために、

自分の意思に反して貧乏のほうへ進んでしまうのだ。

 

ただ、困ったことに貧乏という病気の患者は、

脳の多くがそうであるように、

病識というものがまるでない。

 

自分が病気であると気づかないから、

それを治そうとしない。

 

知らない内にどんどん進行し、

やがて手遅れになってしまう。

 

しかしこの病気は、

その気になりさえすればすぐ治療できる。

 

お尻にできたおできの切開なみに

あっという間に手術できるから、

貧乏な人も心配する必要はない。

 

脳のスパーコンピューターに入っている

「イヤでも貧乏になっていくソフト」を

「イヤでも金持ちになっていくソフト」と

交換するだけでいいのだ。

 

・ お金は汚い→お金は素晴らしい、夢の実現を助けてくれる。

 

・ 金儲けは難しい→金儲けは簡単で、面白い

 

脳の条件づけを変えるだけで、

お金にツキのある脳に変わってしまう。

金儲けが上手な人は、金儲けが大好きで、

お金を儲けることはとても簡単だと思っている。

 

金儲けが下手な人は、お金を儲けることが嫌いで、

金儲けはとてつもなく難しいことだと思い込んでいる。

 

つまり、お金にツキのある楽しい人生になるか、

それともお金に困り、一番嫌いなお金のことを

考え続けながら一生を終わるか、

どちらかを決めるのは偶然ではないということだ。

 

才能でも素質でも、積み重ねた努力でもない。

 

むしろ才能とか素質は、持っているに越したことはない。

 

努力も、しないよりするほうがいいに決まっている。

 

しかし決定的なのは、

“お金”“金儲け”に対する脳の条件づけである。