成功が簡単なサラリーマン社会

 

世の中に、

ビジネスの世界で成功するほど簡単なことはない。

 

こんなことを言うと、毎日額に汗して頑張っている

サラリーマンに叱られるかもしれないが、ウソではない。

 

スポーツ選手と比較して見ると良くわかる。

 

「あの選手はだらしがない。やる気がない」

「あそこで活躍しないなんて、根性のないヤツだ」

「練習嫌いだから、ここ一番に弱いんだ」

 

テレビでスポーツ観戦しながら、辛らつに批評する。

 

しかしその選手が嫌いというわけではない。

 

むしろ好きな選手に自分を重ね合わせ、

成績不振やスランプを悔しがる。

 

チャンスで三振するなんて、情けない・・・。

 

悪口というよりもエールであり、

同時に自分自身への叱咤激励でもある。

 

しかし、相手は仮にもプロだ。

ビール片手に好きなことを口にしている、

にわか評論家のサラリーマンとは何かが根本的に違う。

 

もしそのサラリーマンが、

だらしない選手の半分でも目的意識を持ち、

やる気のない選手の半分でもモチベーションを高く持ち、

根性のない選手の半分でもプライドを持ち、

練習嫌いの選手の半分でも努力していたら、

たちまち社内でNo1のビジネスマンになってしまうだろう。

 

周りのみんなが目を見張るような、

凄い実績を平気で上げる人間になってしまうことは間違いない。

 

スポーツの世界で成功できるのは、ほんの一握りの人間だ。

高校野球の夏の甲子園だけでも、

毎年1000人近い球児が出場するが、

プロに入れる選手は数えるしかいない。

 

野球に青春を賭け、

1年中練習に明け暮れてもプロになれない。

運よくプロに入っても、それからが大変だ。

 

1軍昇格、レギュラー獲得というハードルをクリアーし、

さらにスター選手になるのは、

気が遠くなるほど困難な道である。

 

プロの第一線になるような選手なら、

会社近くの喫茶店でスポーツ新聞をひろげ、

モーニングサービスのトーストをぱくつきながら、

舌打ちしているサラリーマンより、

100倍も明確な目標意識を持ち、

100倍も高いモチベーションを持ち、

100倍のプライドを持ち、100倍以上努力している。

 

間違いなくツキも100倍以上あるはずだ。

にもかかわらず、必ずしも脚光を浴びるわけではない。

 

これに比べたら、

サラリーマンの成功などウソのように簡単である。

 

野球なら、日本で1000番目に

実力のある人はプロになれない。

 

ゴルフの女子プロなら、

200番目に実力があってもトーナメントに出場できない。

 

柔道や陸上、水泳などの個人競技であれば、

その種目でNo1になれなければ

オリンピック代表に選ばれない。

 

しかし、ビジネスの世界では、

日本で1000番目のビジネスマンは大成功者だ。

 

1万人目、いや10万人目のビジネスマンだって、

かなりの実力者とみなされるだろう。

 

ビジネスの世界で頭角を現すのは、

少しも難しくないということである。

 

あまりに簡単すぎて、

悪戦苦闘しているアスリートたちに申し訳ない。

 

たとえ100万人目、

200万人目のサラリーマンでさえ、

プロとしてお金を稼いでしまう、

そんな世界なのである。

 

そこで成功できないとしたら、

相当にだらしないサラリーマンということになる。

どうしてこんなに面倒くさい話を

前回からしているかというと、

多くの読者の頭の中には、

「人たらしは良くないこと」

という信念がこびりついているからだ。

 

小さい頃からの道徳やら教育によって、

「ウソをついてはいけません」といったことを、

多くの人は学習してしまう。

 

そのため、「戦略的にウソをつくのが、

賢い人間なのです」とアドバイスしても、

たいていの人は、生理的に抵抗を起こすのである。

 

「ウソは良くない」とか

「偽善的になってはいけない」という

信念を頭に残したままだと、

本書で提唱するような「人たらし」の技術を

身につけることは出来なくなってしまう。

 

そのために、

最初にそういう思い込みはなくしてほしいのだ。

まずは、頭の中の図式を再構築してほしい。

 

「人たらしになるのは、悪いことではなくて、

むしろ、いいことなのだ」と。

 

筆者はなにも、人を殺せだとか、

物を盗め、と法律に触れるような

反社会的行為を勧めているのではない。

 

そうでなくて、自分のホンネを

ちょっとだけ隠しなさいとか、

本心でなくても、お世辞を

バンバン言ったほうがいいですよ、

と言っているだけなのだ。

 

そして、こういう技術は、

皆さんの社会的知性を高めるのに絶対必要なのである。

 

まずはそのような意識改革をしてもらわないと、

話を先に進めることができなくなってしまうので、

特に強調しておきたい。

 

「人たらしの技術を持っている人ほど、

スマートである」

 

今まで語ってきた持論であり、

このブログの一貫したテーマになっている。

 

今のような競争社会においては、

スマートな人間ほど生き残ることができ、

スマートなふるまいのできない人間は

どんどん淘汰されてしまう。

 

事実、心理学のデータには、

「人たらし」の技術を身につけている人ほど、

どんどん出世していき、

この技術を身につけそびれた人ほど、

リストラにあいやすいという報告もあるくらいなのだ。

 

たとえば、テキサス大学のサム・ゴールド博士たちは、

800社5000名のスタッフについて調査をして、

「人たらしほど、給料をたくさんもらえる」

というデーターを報告しているし、

オーストラリアのメルボルン大学の

R・D・アイバーソン博士たちは

「人たらしほど、リストラされにくい」

という興味深い調査結果を発表している。

 

「人たらし」にはさまざまなメリットがある。

 

そのためには、「人たらし=悪」という図式でなく、

「人たらし=善」という図式で考えてほしいのである。

世間では「規制緩和、規制緩和」と、

景気回復の特効薬のように騒ぎ立てている。

 

規制がなくなり、

自由になるというのだから響きはいい。

 

「自由」とか「愛」と聞いたときと同じように、

私たちの扁桃核は「快」と反応する。

 

しかし、繰り返して述べてきたように、

「快」「不快」は錯覚に過ぎない。

 

「規制」とは、言い換えれば「保護」のことだ。

規制のあるところには必ず保護が存在している。

 

これまでの日本は、そういう規制、

保護に守られる形で、

世界に類のない平等社会を作り出した。

 

日本は社会主義国であるという人もいるくらいだ。

 

ここまでいろんな形で、「貧乏」という、

最近あまり耳にしなくなった言葉をあえて使ってきた。

 

それというのも、これからは「貧乏」

という言葉が再び市民権を獲得する、

すなわち貧乏人が増えてくると、はっきり予感しているからだ。

 

戦後の日本は、

「結核」と「貧乏」の2つを駆逐したと思われていた。

 

しかし、貧乏がなくなったように見えたのは、

日本的な平等主義を守る規制が無数にあったからだ。

 

年功序列や終身雇用などの雇用制度も、

それを支えてきたもののひとつである。

 

ところが今、経済のグローバル化と規制間は、

そうした平等主義に終止符を打とうとしている。

 

経済活動の規制が撤廃され、外国資本が入り込み、

さまざまな保護がなくなれば、

金持ちはますます金持ちになり、

お金がない人間はさらにお金がなくなるという事態が必ず到来する。

 

そして恐ろしいほどの貧富の二極化が、

これからの日本ではどんどん進んでいくだろうと予知している。

 

最近になって、結核が勢いを盛り返し、

流行の兆しさえ見えてきた。

 

それと同じように、

貧乏が再び人々を脅かし、苦しめるようになる。

 

これまでの日本になかったような、

個人レベルの厳しい生存競争が

間違いなく繰り広げられるだろう。

 

だから今こそ、

お金につきのある人間になるチャンスなのだ。

 

ここに述べたのは最低限の方法だが、

それを実行すれば、

イヤでもお金にツキが出てくるはずである。

 

たとえ金持ちになりたくなくても、

それなりの金もちになってしまう。

 

しかしそこで終わりではない。

 

稼いだお金でどんな夢を実現していくか。

 

日本人なら誰もが持っている、

「お金は汚い」という無意識の刷り込み。

 

それに負けないためには、

できるだけ素晴らしい夢、最高の夢を持つことだ。

「人たらし」イコール

「頭がいい」の図式で考えてみる

 

人たらしという言葉には、

欺く、誑かす、操作、欺瞞、ウソ、騙す、騙す、詐欺、不正直、

などなどおよそ悪い意味ばかりつきまとっている。

 

だが少し視点を変えてみよう。

 

こういう行為が出来ることは、

“頭がいい”ということではないだろうか。

 

人を上手に騙すためには、

知性がなければばらない。

 

つまり「人たらし」が出来る人とは

「頭がいい人」という意味なのだ。

 

「人たらし」の技術を身につけるということは、

賢さを身につけることでもあるのだ。

 

「こんなことを言ってあげれば、きっと、

この人は喜ぶだろうな・・」

 

という洞察力を身につけることは、

対人関係をスムースにするための秘訣である。

 

こういう洞察力は知性に他ならない。

 

知性の無い人は、人たらしになろうとしても、

うまくできないのだ。

 

頭の悪い人は、場の空気が読めない。

 

相手の心を推測できない。

 

だから、自分勝手な振る舞いばかりやって、

煙たがられるのである。

 

その点、「どうすれば相手に喜んでもらえるのか」

という事を、本気で考えているような頭の良い人間は、

どんな人からも受け入れてもらえる。

 

人たらしになろうと思ったら、

それこそ他人の2倍も3倍も、

頭を使わなければならない。

 

先を読んで動いたり、会話のはしばしから、

相手が望んで入る事を見抜いたりしなければならないので、

ぼんやりしているわけにはいかないのだ。

 

人に好かれるための知性のことを、

心理学者からは、“社会的知性”という言葉で呼んでいる。

 

「人に好かれるかどうかは知性と関係しているのだ」

 

人たらしになれということを、

かっこよく心理学的に表現するなら、

 

「社会的知性を高めよう」となる。

 

人たらしになるには、ぜんぜん悪いことではなくて、

むしろ賢い大人になるための秘訣なのである。

 

この点を十分理解して欲しい。

人たらしになるための

実践的なマニュアルがあります!

 

「人たらし」

という言葉を辞書で引いてみると、

 

欺きとか、欺瞞とか、偽善とか、ウソとか、

不正直とかロクな言葉が出てこない、

しかしここでは「人たらし」という言葉を、

もっと肯定的なものとして使いたいと思う。

 

基本スタンスは、

”人をたらしこむ絶対に良いことだ”ということである。

 

その理由は単純で、人たらしな行為をしてあげれば、

相手が喜んでくれるからである。

 

相手が喜んでくれることを、わざわざやってあげるわけだから、

非難されたり、後ろ指をさされるようなことは何もないはずだ。

 

人間関係を円滑にしようと思ったら、

「人たらし」になるのは当たり前のことなのだ。

 

人たらしが上手に出来るようになると

皆さんにははっきりと目に見える形で利益を享受できるようになる。

そのひとつが、他人に好かれることだ。

これは非常に気持ちの良いことだ。

考えて見て欲しい。

 

出会う人すべてが、

あなたの”熱狂的なファン”になってしまうのだから、

これはかなり気持ちのいいことだ。

 

「あの人はなんていい人なんだ」

と感心してもらえるような人になろう。

 

そのための心理学の法則を皆さんにだけ

こっそりお教えする。大丈夫。筆者に任せてほしい。

あなたがどんな人であれ、

絶対に魅力的な人間にさせる自身が筆者にはあるからだ。