晴れ渡る日曜日のそれはそれは大切な休日。

受験を前に最後のチームメイトとの遊びといったところでしょうか。

ディズニーシーへの記念旅行。

3年生のわがままを広く大きな心で受け止めてあげただけではなく、

最後のご奉仕として、彼らを乗せたバスの運転手役も買って出たわけであります。

もれなく、小4の子供たちとその保護者様も付いてこられました。

総勢25名。

朝の4時に出発ですから、車内灯を全て消し足音を立てぬよう左車線をゆったりと走行。

バックミラーに映るのは、4年生の寝顔と、補助席で窮屈そうに目を必死に閉じるその保護者。

そのさらに奥には、後部座席を我が物顔で占領し、遠慮の欠片もない大声で談笑する3年。

しかも声変わりしたあの濁声。耳障りな安定しない低音に加えて奇怪な笑い声。

鳥の声ならまだしも、それが複数でのクロストークともなれば、もはや暴力でしょう。

濁声と言う名の凶器で後頭部を直撃され続けた保護の皆様、大変ご愁傷様でございました。

ある保護者がその時の様子を恐怖ながら語ってくれました。

「リアルと現実の違いって何なの?」

後部で繰り広げられていた話題だそうです。

電気の消された密室の車内で、訳の分からない凶器をチラつかされ、そして突然振り下ろされる。

ああ、逃げ場のない絶望の時間だったことでしょう。

痩せこけた頬に非常事態を宣言し、途中のSAでギャングを前席に強制収容。

こうして車内の平穏を回復したのです。


それから8時前に夢の国へ到着したわけでありますが、もうそこには大変な人混みがあったわけで。

入口が遠くの方に微かに見えておりました。

夢の国の入り口ですから、待ち時間がいくらかかろうと、誰一人退屈な顔なんかしていません。

ワクワク感の熱気というんですかね、パチンと指を鳴らせばすぐに魔法がかかるほどでしょう。

そんなわけで開園と同時に少しずつ列が前進し、ほどなく夢の国へ。

入場をしてすぐに、それではここで一枚と、写真を撮ってあげました。

もうあなた方とお会いすることはないでしょう。

そんな横を何かしらグッズを着込んだ皆様が勢いよく進んで行かれます。

お目当てのアトラクションにいち早く向かうようなんです。

遅れれば1時間待ちはザラだということ。

夢の国でも現実は厳しいのでしょう。

「走らないで下さい」

プラカードをかざしながら数人のスタッフが促しています。

なるほど。

それでは、私たちも行きますか。私も何か一つでも…。

そんなわけで、子どもたちに先導されながら先に進むことにしたのです。

そうしますと、ちょっとしたトンネルがございまして。

歩きながら夢の国の外壁なんかを眺めながら、オチオチと歩いていますと、


「走らないで下さーい!」

「走らないで下さーい!」


スタッフであろうスーツを着た男がビックリするような太い大声で幾度も叫んでるんですな。

まぁ必死に。トンネルですからよく反響するんですわ。

間近にいた私は、一瞬で冷めてしまいました。

そりゃ分かる。人がたくさんいるから走ったら危ないもんね。

でもね、夢の国らしい伝え方ないの?

必死な形相で、おい!走んなよ!走んなッて言ってんだろ!みたいに叫んだりして。

みんな夢の国に足を踏み入れたばかりのフワフワ感に心地良さを感じながら、

歩いているつもりでも、心が先に向かっちゃってんのよ。

こういうの分かる?フワフワウキウキ感で自然と足早になっちゃうの。

それを、門番気取りに一刀両断してドヤ顔なんかしたりなんかして。

ほんの少し気付かせるだけで十分じゃない。

夢の国でこんな暴挙許されるものか!

私、居ても立っても居られず、彼の方へと歩みを進め、こう問いかけたのです。

「ほう、あなたはまだ魔法が使えないのだね

言われた男は目をパチパチしながら、「えっ?」。

口をポカンとあけたまま、静止しておりました。

その横を先ほどまでのようにたくさんの人がスキップしながら進んでいきます。

「魔法は心で動かすのです。ほら、やってごらん」

そんなことを、言ったとか言わなかったとか。


トンネルを抜けますと、もうそこは人人人でございます。

子どもと約束していましたアトラクションにも、既に想像を絶する行列がありました。

行っておいで。

近くの椅子に腰を下ろし、もう潮時だなと察しました。

折角なので、夢の国を一周しようと歩いてはみたものの、終わりの見えない迷路に心を砕かれ、

「あぁ、なぜ私には魔法がかからないのだ!」

と呟きながら、道端に置かれていたディズニーシー地図を拾い上げ、喫煙所を探したのです。

やっとのことで探し出した喫煙所。

そこは夢の国…にある異国なんでしょう。

どっかの隔離施設のような、全ての夢を削ぎ落とした閑散とした薄汚い箱でした。

それでも、どこかに隠れミッキーがいてくれるはずと、汚れた灰皿の隅々を見ても回りました。

どこにもいませんでした。

吐き出される煙のように、私は箱を出るとそのまま出口へと導かれていきました。

「もう出られるんですか?」「…はい」

「戻られますよね?」「…いいえ」

出口を出て、夢の国を振り返りました。

結局、ミッキーにも会えなかったな。


うん、走ろう!


ミッキー、君は魔法が使える。

ミッキー、君は魔法にかかるのかい?


8時間後、子どもたちと再会いたしました。

郡山に到着するまでの車内、子どもも保護者も楽しそうに談笑していました。

翌日、清掃している車内から甘い香りのするポップコーンが一粒出てきました。


「汚さないで下さーい!」

「走らないで下さーい!」

「助けて下さーい!」





by paris