世界で最後に竣工した戦艦「ジャン・バール」 | 艦艇・船舶つれづれ

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「海軍艦艇つれづれ」からタイトルを変更しました。

11月も一週間が終わり、令和二年も残り少なくなってきましたね。

今年は、新型コロナの影響で例年とは雰囲気が違うような気がします。

昨年の11月は何をしていたか、と思いブログを見返すと、月末から12月初にかけて欧州出張のための準備をしていました。


新型コロナの影響により、海外渡航の制限と会社の業績により、今年以降はしばらく「海外出張」そのものがなくなりそうです。今思うと去年行くことができて良かった。

 

という事で、今回はフランスの艦艇を取り上げます。世界史上で最後に竣工した戦艦にしましょう。

 

第二次世界大戦前のフランス海軍では、33cm砲を搭載し速力30ノットという高速戦艦である「ダンケルク」級2隻の新鋭戦艦を持っていました。

しかし、「当時の仮想敵国であったイタリア海軍が38cm砲を搭載した高速戦艦(後の「ヴィットリオ・ヴェネト」級)の建造を開始したこと、またナチス・ドイツも38cm砲を搭載した高速戦艦である「ビスマルク」級戦艦の建造を開始したことから、これらの戦艦に対抗する戦力を整備する必要がありました。

【要目(フランス戦艦「ダンケルク」)】

 基準排水量:26,500トン、全長:214.5m、幅:31.1m、吃水:8.7m

 主機:ラトー式ギヤード・タービン機関×4、主缶:インドル式水管缶・石油専焼×6、軸数:4軸

 出力:112,500馬力、速力:29.5ノット、乗員数:1,431名

 兵装:33cm54口径4連装砲×2、13cm45口径4連装砲×3、13cm45口径連装砲×2、

     37㎜連装機銃×4、13.2mm4連装機銃×8、射出機:1基、搭載機:水上偵察機×4

 ※出典:世界の艦船「近代戦艦史」増刊第83集、No.697、2008年10月、海人社、P.194

 

フランス海軍・戦艦「ダンケルク」(引用:Wikipedia)※昭和12年5月竣工

(パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1209029)

 

【要目(イタリア戦艦「ヴィットリオ・ヴェネト」】

 基準排水量:40,517トン、全長:237.8m、幅:32.8m、吃水:9.6m

 主機:プルッゾ式ギヤード・タービン機関×4、主缶:ヤーロー式水管缶・石油専焼×8、軸数:4軸

 出力:140,000馬力、速力:30ノット、乗員数:1,830名

 兵装:38.1cm50口径3連装砲×3、15.2cm55口径3連装砲×4、9cm50口径単装高角砲×12、

     37㎜連装機銃×8、37mm単装機銃×4、20mm4連装機銃×10

     射出機:1基、搭載機:水上偵察機×3

 ※出典:世界の艦船「近代戦艦史」増刊第83集、No.697、2008年10月、海人社、P.198

 

イタリア戦艦「ヴィットリオ・ヴェネト」(引用:Wikipedia(イタリア語版))※昭和15年4月竣工

(Pubblico dominio, https://it.wikipedia.org/w/index.php?curid=607724)

 

【要目(ドイツ戦艦「ビスマルク」】

 基準排水量:41,700トン、全長:248.0m、幅:36.0m、吃水:8.7m

 主機:ブローム&フォルス式ギヤード・タービン機関×3、

     主缶:ワグナー式水管缶・石油専焼×12、軸数:3軸

 出力:138,000馬力、速力:29ノット、乗員数:2,092名

 兵装:38cm47口径連装砲×4、14.9cm55口径連装砲×6、10.5cm65口径連装高角砲×8、

     37㎜連装機銃×8、20mm単装機銃×12、射出機:1基、搭載機:水上偵察機×4~6

 ※出典:世界の艦船「近代戦艦史」増刊第83集、No.697、2008年10月、海人社、P.188

 

ドイツ戦艦「ビスマルク」(引用:Wikipedia)※昭和15年8月竣工

(Bundesarchiv, Bild 193-04-1-26 / CC-BY-SA 3.0, CC BY-SA 3.0 de, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=5438172による)

 

そこで、フランス海軍はこれらの戦艦に対抗するべく、「ダンケルク」級の拡大発展型である「リシュリュー」級戦艦2隻の建造に踏み切ります。

1番艦の「リシュリュー」は昭和10年10月に起工、昭和15年1月から公試が始められます。また、2番艦の「ジャン・バール」は昭和11年12月に起工され、昭和15年3月に進水します。

【要目(フランス戦艦「リシュリュー」(新造時))】

 基準排水量:38,500トン、全長:247.9m、幅:33.1m、吃水:9.6m

 主機:パーソンズ式ギヤード・タービン機関×4、

 主缶:インドル・スラ式水管缶・石油専焼×6、軸数:4軸

 出力:150 ,000馬力、速力:30ノット、乗員数:1,670名

 兵装:38cm45口径4連装砲×2、15.2cm55口径3連装砲×3、10cm45口径連装高角砲×6、

     37㎜連装機銃×4、13.2mm4連装機銃×4、射出機:1基、搭載機:水上偵察機×3

 ※出典:世界の艦船「近代戦艦史」増刊第83集、No.697、2008年10月、海人社、P.196

 

フランス戦艦「リシュリュー」(引用:Wikipedia)

(パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1209072)

 

昭和15年6月にフランスがナチス・ドイツに降伏した時点で、ほぼ工事が完了していた「リシュリュー」は現・セネガルのダカールへ、主缶が6缶中1缶のみが装備され、主砲塔も1番砲塔のみが搭載された状態の「ジャン・バール」はモロッコのカサブランカへ避難し、親ナチス・ドイツのヴィシー・フランス海軍に編入されます。

 

昭和15年6月22日にカサブランカへ到着した「ジャン・バール」は、1番砲塔への簡易測量機の搭載、10cm連装高角砲および9cm連装高角砲の増設などの艤装工事を進めます。

しかし、物資不足のため本来は非常用に複数用意される艦内電路は、物資の不足等により主電源用電路を設置するのが精一杯であり、後の戦闘では主電源の断線に悩まされることとなります。

 

昭和17年11月にはトーチ作戦(連合国軍によるモロッコとアルジェリアへの上陸作戦)において、その一翼を担う米国海軍との間で11月8日に勃発した「カサブランカ沖海戦」により、米海軍航空母艦「レンジャー」艦載機による爆撃と米海軍戦艦「マサチューセッツ」の40.6cm砲による砲撃を受けます。

この攻撃により「ジャン・バール」は、艦首に浸水し、砲塔の旋回が不可能となります。

損傷を受けた「ジャン・バール」ですが、翌日にかけて修復作業を行った結果、11月10日には米国海軍重巡洋艦「オーガスタ」へ主砲による砲撃を行い、退却させることに成功しています。

 

「ジャン・バール」が砲撃可能なことを認識した米国海軍は、爆撃機による反復攻撃を実施し500kg爆弾3発が命中させます。

これにより、「ジャン・バール」は水線下に破口が生じ着底してしまいます。さらに戦艦「マサチューセッツ」の砲撃により電気系統に障害が発生し戦闘力を喪失し、一連の「カサブランカ沖海戦」は終了します。

 

カサブランカ沖海戦で損傷したフランス戦艦「ジャン・バール」(引用:Wikipedia)

(パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1269493)

 

その後の「ジャン・バール」は、反独の自由フランス政府の手に渡りますが、第二次世界大戦終結までに本格的な修理は行われず着底状態のまま放置され、1番砲塔は「リシュリュー」の予備として陸揚げされてしまいます。

 

大戦の終結に伴い、「ジャン・バール」は昭和20年8月に浮揚され、フランス本国・シェルブールへ回航のうえ翌年から艤装を大幅に変更のうえ工事を再開します。そして昭和25年5月に「世界最後の戦艦」として竣工します。

【要目フランス戦艦「ジャン・バール」】

 基準排水量:42,806トン、全長:247.9m、幅:35.4m、吃水:9.2m

 主機:パーソンズ式ギヤード・タービン機関×4、

 主缶:インドル・スラ式水管缶・石油専焼×6、軸数:4軸

 出力:150 ,000馬力、速力:30ノット、乗員数:2,134名(旗艦時)

 兵装:38cm45口径4連装砲×2、15.2cm55口径3連装砲×3、10cm45口径連装高角砲×12、

     5.7cm連装高角砲×12、20mm単装機銃×20

 ※出典:世界の艦船「近代戦艦史」増刊第83集、No.697、2008年10月、海人社、P.196

 

完成し就役したフランス戦艦「ジャン・バール」

(引用:世界の艦船「フランス戦艦史」増刊第38集、No.473、1993年11月、海人社、P.93)

 

工事の再開に際して、ドイツが接収しノルウェーに沿岸砲台として配備されていた未成戦艦「クレマンソー」(「リシュリュー」級の3番艦)用に生産された主砲塔を回収のし搭載、対空兵装を大幅に変更するとともに、復元性能改善と吃水の増大解消のためにバルジを設けた結果、「リシュリュー」とは大きく異なる艦容となりました。

また、艦内の容積減少と乗員数の増加により、士官用居室は一人部屋から二人部屋へ、長官用個室もスペースが半分に減らされ居住性は悪化しています。

 

「ジャン・バール」は昭和25年に地中海艦隊に配備され、昭和31年に勃発した第二次中東戦争ではエジプトに対する作戦行動を行っています。

昭和32年からは予備艦として砲術練習艦任務に就いた後、昭和45年1月に除籍、昭和46年に解体され、フランス海軍のみならず欧州最後の戦艦は姿を消します。

なお、「ジャン・バール」の錨は、現在サン=ナゼール港入口に保存されています

 

フランス・サン=ナゼール港入口にある「ジャン・バール」の錨(引用:Wikipedia(フランス語版)

(Par Ludovic Péron — Travail personnel, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=41154635)

 

フランス戦艦「ジャン・バール」

(引用:世界の艦船「フランス戦艦史」増刊第38集、No.473、1993年11月、海人社、P.94)

 

第二次世界大戦後の戦艦の歴史はあまり語られませんが、フランス海軍では1970年まで「戦艦」を保有していたことは、米国海軍を除いて唯一の通常型の原子力航空母艦である「シャルル・ドゴール」を保有し、中世以降の海軍の栄光を引き継いだ海軍としての独自の思想によるものと思われます。

 

フランス戦艦「ジャン・バール」の中央構造物(引用:Wikipedia(フランス語版))

(Par Renehaas — Travail personnel, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=48568732)

 

今回は昨年の海外出張の回想から、未成のまま第二次世界大戦を戦い、世界中で最後に竣工した戦艦であるフランス戦艦「ジャン・バール」を取り上げてみました。