今年のシルバーウィークは、四国に行ってきました。
その中で、少しだけ「艦活」をしています。
前々回のブログ(四国の旅1日目・四国村ミウゼアム)でも取り上げましたが、香川・高松市内の「四国村ミウゼアム」にある「警鐘台」です。
「警鐘台」
この「警鐘台(火の見櫓)」、戦時中に建造された日本版護衛空母といわれる「1TL」型戦時標準船「しまね丸」のマストです。
解説板には次のように記載されています。
『警鐘台
香川県旧志度町の消防団で警鐘台として活用されていたものだが、元々は護衛空母「しまね丸」の無線マストであった。しまね丸は全長160.5m、幅20m、排水量20,469t、速力18.5ノットの大型タンカーで、飛行甲板も備えた護衛空母兼用の設計であった。終戦間際に神戸の川崎重工で完成後、志度湾長浜沖に隠されていたが、英軍の攻撃により沈没した。終戦後の解体引上げにあたりマストを地元有志が譲り受けた。
元の所在地:香川県さぬき市鴨庄
もとの所有者:旧志度町
建築年代:1945年 』
この「しまね丸」、以前にも取り上げていますが(船団護衛できる油槽船の建造「しまね丸」)、今一度取り上げてみます。
大東亜戦争が泥沼にはまり込んだ昭和18年になると、帝国陸軍は対潜哨戒による船団護衛できる約2,000総トンの「D」型戦時標準船をベースとし、「カ号観測機」を搭載する改造する案を帝国海軍との協議の中で提示します。
これに対し、帝国海軍艦政本部は「D」型では小さすぎるとして反対し廃案となります。
「2D」型戦時標準船を改造した敷設艦「箕面」(引用:Wikipedia)
(日本政府復員庁 - 海人社 世界の艦船増刊「日本海軍特務艦船史」 70P, パブリック・ドメイン,
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=6830351による)
しかし、対潜哨戒による船団護衛の必要性は帝国海軍も認識しており、「油槽船」であれば大きさも適当であるとして帝国陸海軍は合意します。
海軍側は川崎造船所で建造中の「1TL」型戦時標準船(油槽船)の「しまね丸」と「大瀧山丸」を、陸軍側は三菱重工横浜造船所で建造中の「2TL」型戦時標準船(輸送船)の「山汐丸」(帝国陸軍が建造した航空母艦型船舶)と「千種丸」を改造することとなります。
昭和21年・横浜港外第二区で沈没した「山汐丸」(引用:Wikipedia)
(復員庁 - 潮書房丸スペシャル『日本の空母II』, パブリック・ドメイン,
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=44862377による)
「しまね丸」は、昭和19年6月に川崎造船所で起工され、昭和19年11月に飛行甲板を持つ「護衛空母」に改装することが決められ、同年12月に進水します。
なお、「しまね丸」はあくまで民間船舶の帝国海軍配当船という形を採ったため、船主は石原汽船とされ、正式な艦艇でも帝国海軍籍の特設艦船でもありませんでした。
【要目】
満載排水量:20,469トン、垂線間長153m、幅:20m、吃水:9.1m
主機:蒸気タービン機関×1、主缶:21号艦本式水管缶×2
出力:8,600馬力、速力:(最大)18.5ノット、(航海)15ノット
航空機:九三式中間練習機×12または艦上戦闘機「烈風」×10
兵装:12cm単装高角砲×2、25mm3連装機銃×9、25mm単装機銃×22
一号三型電波探信儀×1、零式水中調音機×1
※引用:「日本陸軍の航空母艦」奥本剛、2011年6月、大日本絵画、P.71
特1TL型戦時標準船「しまね丸」
(引用:「日本の航空母艦パーフェクトガイド」2003年4月、学習研究社、P132)
「しまね丸」の改造は進められ、飛行甲板・昇降機・起倒式マストなどが装備され公試で航行するまでの状態となりますが、戦況の悪化から昭和20年2月末で工事が中止され、そのまま神戸港で係留されていた昭和20年3月19日の神戸港で空襲に遭い、昇降機付近に被弾し損傷してしまいます。
神戸港で空襲を受ける「しまね丸」
(引用:「日本の航空母艦パーフェクトガイド」Gakken、2003年4月、P134、加工)
損傷した「しまね丸」は香川県の志度湾に疎開・係留され、飛行甲板に松を植えるなどの偽装がなされます。
しかし、艤装は子供だましのようなもので、昭和20年7月24日に英国海軍の航空母艦から飛来した艦上機の空襲により、ロケット弾と至近弾を多数受けた「しまね丸」は、船体が折れ船尾側が着底してしまいます。
香川・志度湾で着底した「しまね丸」(引用:Wikipedia)
(英国海軍航空隊 - 学研 歴史群像 太平洋戦史シリーズ 『日本の航空母艦パーフェクトガイド』133P,
パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=12815915による)
着底した「しまね丸」は、浮揚のうえ昭和21年11月から同23年7月にかけて浪速船渠で解体されてますが、その際マスト2本が香川県内に残されたようです。
うち1本が冒頭の四国村ミウゼアムにある「警鐘台」で、こちらは前部マストの上部で一号三型電波探信儀が装備されていた部分に手すりが付けられているようです。
着底した「しまね丸」の船首部分
(引用:丸スペシャル「日本の空母II」1980年3月、潮書房、P.62)
後部マストは同じく香川県のさぬき市新開で警鐘台として現存しています。
「四国村ミウゼアム」では、数少ない帝国海軍艦船(正式には帝国海軍艦船ではありませんが)の名残りを見ることができます。
「四国村ミウゼアム」の「警鐘台」
今回は、四国旅行で実際に見ることができたマストを再利用した「警鐘台」を搭載していた、「特TL」型戦時標準船「しまね丸」を取り上げてみました。
当初は普通の油槽船として建造されていたにもかかわらず、戦況から「護衛空母」に改装されたものの、日の目を見ることもなく撃沈され、戦後に解体された幻の護衛空母「しまね丸」。
ミリタリーマニアさんぐらいしかこの船を知っている方はいないとは思いますが、今でもその痕跡はしっかり残っています。
志度湾で着底した「しまね丸」(引用:Wikipedia)
(同時に撮影された他の『しまね丸』の写真の署名から、米国海軍または
英国海軍と推測 - 潮書房 丸スペシャル No.38 『日本の空母II』 62P, パブリック・ドメイン,
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=12867343による)
チャッピー(チャットGPT)が生成した航行中の「しまね丸」
なぜか船尾にマストが…。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
【参考文献】
Wikipedia および












