kamataさん、釣り納めはどうするね。」

 

11月10日、まだまだ秋の気配漂う夕方、師匠uenoさんからこのような電話をもらった。

 

釣り納めとは年末の話。まだ1ヶ月以上もあるではないか。心の準備ができていなかった自分は、一方的にuenoさんの話を聞く羽目になった。

 

「竹島も悪くはなかと思うバッテン。まだ尾長の時期には早かよなあ」

 

会話もこの辺りで、uenoさんの意図が見えてきた。

 

10年以上も前から、年末の釣り納めでは、uenoさんと離島でゆっくり瀬泊まりをして、尾長グレや口太を狙う釣りを続けていた。

 

ここ数年は、第八美和丸で鹿児島県三島村の竹島釣行に行くことが恒例になっていた。竹島では、尾長グレは釣れなかったものの、瀬際にいる口太や、アカジョウ、イサキなどのおみやげ魚が釣れて楽しい釣りになった。

 

みんなが楽しい釣りになればよかったのだが、uenoさんは違っていた。Uenoさんは、竹島で良い思いをしたことがなく、苦手な瀬際釣りがメインとなる竹島や硫黄島などの離島の釣りを苦手にしていた。どちらかと言えば、凪場でサラシのない釣り場で軽い仕掛けをゆっくり沈める釣りが得意である。

 

「竹島は、この時期、尾長の来んもん。クロば釣るなら甑の方がよかよな」

 

でたっ、uenoさんは、私が竹島行きを切り出すのではないかと予想したためか、今回の釣り納めはなんとかして甑島へ行きたいという意図で早くも私に牽制球を投げてきたようなのだ。

 

「甑でよかよな。おいが連絡しとくけん。」

 

こう言い残して電話を切った。竹島にも行きたかったが、師匠uenoさんの申し出を断ることはできない。ここはuenoさんに任せよう。

 

しばらく仕事をしていると、uenoさんから再び電話が。

 

kamataさん、瀬々野浦に電話したとバッテン、もういっぱいげな。だけん、高速船で行こい。」

 

しばらく会話を続けてわかったのだが、1ヶ月半前なのに、瀬々野浦に誘う川内港発の永福丸はすでに釣り客で満員だという。万事休すと思いきや、磯釣り師の執念は渡船とは違う方法を発見させた。その方法とは、次のようなものである。それは一般客と同じ川内港発の高速船に乗り込み、甑島に渡ったあとで船に迎えに来てもらうという作戦だ。そのまま永福丸が経営する民宿に泊まり、翌日も釣りをした後、高速船で帰るという計画である。

 

初めての試みだが、甑島で釣りをするには、そうするしかない。瀬々野浦がたいそうお気に入りのuenoさんは、早速手配をしてくれた。ということで、2019年の釣り納めは、甑島瀬々野浦でuenoさん、uenoさんの息子さん、M中さんとの4人での釣りになる予定に落ち着いた。

 

ここ数年、離島の釣りは大きく変わろうとしてた。離島の釣りと言えば、太ハリスに重いウキを使った仕掛けで豪快に釣るというイメージが一般的ではなかろうか。

 

瀬々野浦か、何だか懐かしい響きのする地名だね。私が初めて瀬々野浦を訪れたのは、今から16年前の5月中旬のことだった。Bなどの重めのウキを使った半遊動仕掛けでハリスはたしか2.5号だったと記憶している。磯釣りを初めて3年目にもかかわらず、クロを9枚ほど釣ることができた。

 

15年以上たった今、その当時の私の仕掛けではおそらく1匹の魚を手にすることさえ難しいと考える。おそらく魚の数が減ってきたからであろう。また、年々魚が賢くなってきているからか。魚のアタリがどんどん渋くなってきていると感じるのは私だけであろうか。

 

「昔に比べたらクロは釣れんごつなったもんなあ」

 

Uenoさんも私と同意見だ。魚の食いが渋くなり、少しでも違和感を感じると、付け餌を放してしまう。試行錯誤を繰り返した後、uenoさんと甑島のクロ釣りでは、次のような仕掛けがいいのではという結論になった。

 

竿は1.2号の磯竿、道糸2号、ハリスは1.75号~1.5号。ウキは0号などの極力軽いウキでの全遊動。ウキゴムはもちろんフリーにする。針は4号が一番よいようだ。ハリスにガン玉を打たないようにする。もちろん、喰いが渋ければ針やハリスなどをさらに落としていかなければならない。

 

離島の釣りで針やハリスを落としたくないのが本音だが、喰わせる技術がないので仕方がない。もちろん、取るためには太仕掛けがいいことは分かっているが、喰わせきれなくては釣りのやりとりも始まらない。

 

こんな甑島での釣りをシミュレーションしていると、あっという間に12月になり、uenoさんから吉報が届いた。

 

kamataさん、今回はうまくいったなあ。出るげな。(午前)5時半集合ね」

 

クリスマスから天候が安定せずに心配していた天気予報だったが、釣行予定の28日、29日のみ釣行が可能な海況という幸運を引き当てた。

 

 

川内港からの高速船に乗り込むことに

 

九州自動車道を南へ下り横川ICで降りて一般道へ、川内港に到着したのが、高速船出航の50分前だった。ここでは、まず一般客と同じ切符を買い、さらに荷物を預け荷物の数量に応じて代金を支払うことになっている。

 

いつもの渡船での出港では、釣り人と荷物を積みながら体中にアドレナリンが駆け巡る体験をするのであるが、ここでは実にのんびりした旅行気分だ。とても磯釣りに出かける戦闘的な圧力は感じない。

 

里港から甑島第2の港長浜港に着くと、民宿のおばちゃんが迎えに来てくれていた。2台の軽ワゴン車に釣り道具を積み込み甑島の道を初めて走る。予想通りの九十九折(つづらお)りの道を走ること15分。遠くにナポレオン岩を頂く瀬々野浦港に到着した。時計をみると午前11時を回っていた。

 

長浜港から瀬々野浦港まで車で送ってもらいました

 

 

ここが瀬々野浦港

 

瀬々野浦港には、永福丸が待っていた。いやあ懐かしい。16年前にお世話になった永福丸との久しぶりの対面だ。この小さな船で瀬々野浦というロストワールドを案内してもらったっけ。16年ぶりの船との対面の感動もそこそこに、荷物を積み込み、港を離れた。

 

瀬々野浦の巨大なコンクリートの延べ棒を過ぎ沖へ出ると、そこは46億年の地球の記憶を内包した偶像が釣り人を迎え入れてくれた。黒瀬、タテビラ瀬、鷹の巣、そして、有名なナポレオン岩(チュウ瀬)が鎮座。圧倒的な存在感の巌を眺めているとおかしなことに気づく。不思議なことに釣り人がだれも乗っていないのだ。

 

ナポレオン岩を過ぎて北エリアへ

 

「今日は、うねりがあって、朝の組はみんな東磯げなバイ」

 

ここ瀬々野浦は、北西方面に向いているために、凪の日でないと乗れる確率がぐんと少なくなる。特に、ナポレオン岩の先の北エリア(オオカブ瀬、立髪、松島など)は、よほどの凪でないと乗れない。昨日は、波高4mのち2mと釣りができない状況だったためか、今朝まではうねりが残っており、朝一からの釣り人は、長浜周辺や長生鼻、神場あたりの東磯に乗せられている模様。

 

こちらは、11時過ぎに渡礁態勢に入ったことが幸いしたのか、瀬々野浦の磯に渡礁できそうだ。待てば海路の日和あり。満船ではじき出された自分たちは逆に実績の高い瀬々野浦の磯に乗ることができた幸運を潮風と共にかみしめた。

 

しかし、うねりは思った以上に大きく、朝からの組がここへ来れなかったことは容易に想像できた。小さな船は、うねりに翻弄されながら、ナポレオン岩に近づく。一度uenoさんと乗ったことのあるナカ鼻は飛沫があがって危険。水道にあるヘタのウマ瀬や裏にあるヒヤベーも波をかぶっている。この辺りに乗るのは難しそうである。

 

船はナポレオン岩を通り過ぎ、壁立方面に向かう。ここもうねりで瀬際が洗われている。ここも渡礁は困難だろう。船はさらに先へと進み、立髪、オオカブ瀬、松島周辺へとやってきた。ここは、本格シーズンに乗ることは難しいが、乗ることができれば、大型クロの実績が高いポイントである。

 

よっしゃあ、ねらい通りの磯だ、と期待していると、なぜかその磯もスルー。おいおい、一体どこに乗せられるんだよ。この先しばらくいくともう鹿島西磯エリアに入ってしまうではないですか。

 

船は地寄りの小さな独立礁の前でようやくエンジンをスローにした。うねりで磯の沖向きは、洗われていて、ここは釣りは無理だろうね。釣るとするならば、内向きだね。この磯は初めての場所でソウジョウ平瀬というらしい。

 

船が小さいためか、何度もうねりに船体を持って行かれ、渡礁がかなり危険で困難を極めた。M中さんと何とか渡礁を済ませた。満潮は10時半ごろだから、これから潮が引いていくが、うねりが残っていて危険。荷物を一番高いところに運んで一段落。

 

どんよりとした空だが、爽やかな風が吹いてくる。階段状の足裏サイズの岩がでこぼこしているが、足場は、比較的ましな方だ。それよりもこの寒グロの時期にこの瀬々野浦エリアで釣りができる喜びにしばらく浸っていた。

 

うねりがきつく 渡礁も難儀しました

 

 

 

 

 

 

 

さあ、観光に来たわけじゃないぞ。釣るぞ。こう独り言をつぶやきながら、仕掛け作りに入った。竿はがま磯アテンダー1.2号。道糸2号にハリス2号。針は5号。ウキはジャイロ0αの全遊動。いくら離島とはいえ、食い渋りを想定しての仕掛けである。

 

撒き餌は、オキアミ生1角にパン粉2kg、集魚材1袋を混ぜた。30分撒き餌をして、いいよいよ実釣である。缶ビールを取り出し、一年間の釣りの安全を母なる海へ感謝しながら、ビールを海へ放流。期待の第1投。振りかぶってアテンダーをポイントと定めた地点に向けると、ジャイロは紫紺の海に突き刺さった。

 

潮は動いていない。ゴム管の動きから仕掛けの入りも申し分なさそう。ウキには反応は見られない。しばらくして、仕掛けを回収する。付け餌はそのままである。実は、さっきから気になっているのだが、餌を撒いても魚がまったく見えない。魚がまだ慣れていないのか、釣り人がしばらく入っていなかったのか。餌盗りか何かいれば、状況がある程度分かってくるものだが、何も反応がないのも怖い。今日の釣りは劇シブを強いられるのではないだろうね。

 

M中さんも釣り始めているが、何の反応もないそうだ。午後4時半頃回収だろうからあと4時間しかない。まさかこのまま終わってしまうのではあるまいな。

 

水くみバケツの水を触ってみる。水温はそれほど低くもなさそうだ。

 

「餌を盗られますか。」

 

「ぜんぜん」

 

潮色から水深は浅く、ピトンのあともないことから、ここは上物専用のポイントであることを察知。釣り座正面から対岸の磯と地磯がT字路を形成し、T字路の交差点にあたる付近には2つの大きなゴロタ石が沈んでいるのが見える。ポイントは沖側にあるサラシのはけ出しやゴロタ石の間、海溝らしき深い場所に潜む魚を引きずり出すという仮説を立てて立証に入った。

 

30分ほど経つと、餌が盗られ始めた。魚はいる模様。ハリスを1.75号に落とし、それでも食いつかないので針を4号に落とした。さらに、道糸にガン玉G6を装着して、シブシブ状態にして魚からの応答を待った。

 

すると、ウキが実に遠慮がちにゆっくりと沈み始めた。間違いない。クロのアタリだ。ウキが沈んで見えなくなるまで相手の出方を待つ。これまでの経験では、魚が警戒心を解き、反転するまで待った方がいい。ウキが見えなくなった時、道糸に変化が現れた。アテンダーを立てる。ククッと魚からの反応がダイレクトに手元に伝わった。

 

ここからやりとりが始まる。やつは、手前に突っ込む。間違いない、クロちゃんだ。尻尾の白い茶色の魚体がぬうっと水面を割った。玉網に入れて手元に引き寄せる。エメラルドグリーン円らな瞳、緑色と茶色の皮膚を纏った愛らしいプロポーション。磯上物師を虜にする美しい魚体メジナ32cmくらいだろうか。

 

魚はいる。いれば釣れる。とりあえず、ボウス脱出にほっとするも、さあ次なる獲物をと縄文人の遺伝子がざわついている。頭の中はエンジン全開なのだが、魚はなかなか応えてくれない。

 

同じようなアタリが数回連続で続いたが、魚を一度喰わせるも外れてしまう悔しいばらしが連続して続いた。おかしい。針を5号にあげても結果は同じ。近くまで浮かせるところまでは行くのだが、最後の最後でばれてしまう。水面下ギラッと光るところからイスズミだろうと思っていたが。

 

その魚をついに捕らえた。尻尾が鋭角的でとがっている。よく見ると、懐かしい魚シマアジだった。シマアジは、引きが強いが、唇が鰺系の形状で針が外れやすい。一時期、硫黄島南東の磯タジロで12月になると毎年シマアジ釣りに興じていたが、その頃のことを思い出させてくれた。世の中には懐メロという言葉があるが、これはさしずめ懐魚だろうか。

 

シマアジは、1.5kg以上の大型になると、美味しく高値で取引される。しかし、30cm位のサイズでは、こちらも専門的に狙おうとは思わない。高級魚だが、クロ釣り師にとってはやっかいな餌盗りだ。

 

こんな感じでシマアジに邪魔されながら大きなドラマはなく午後345分になったところで納竿とした。クロは3236cmを5枚、シマアジ4枚という残念な結果に。

 

 

 

船が迎えに来た。78回瀬着けを繰り返した後、ようやく船に帰還することができた。

 

「どがんやった」

 

「クロが5枚」

 

えっ、uenoさんが驚いた反応を。その反応を返された自分も驚いた。その後、互いに情報を交換することになるのだが、uenoさんとuenoジュニアは、中ノ瀬戸というポイントで納得の2桁釣りだったそうな。餌取りのイスズミもいたが、クロの勢いが勝っていたとのこと。

 

もちろん、ハリスは1.65号から1.5号までに落とし、針は4号が一番よく、3号に落としてもばらしが多発してしまう。3枚が40オーバーだったそうな。

 

 

民宿寿さんお世話になります

 

民宿の心のこもった料理に舌鼓

 

港に戻って、民宿で着替え、風呂に入っての夕食。4人で今日の釣りについて振り返る。おかみさんと地域の話題を交流しながら、釣り仲間との釣り談義。ナポレオン岩に見守られながら暖かい布団にくるまった。

 

朝が来た。6時からの朝食を済ませ、着替えて7時頃に港へ到着。今日は完全に凪予報でこの遅い時間に船に迎えに来てもらうなんてセレブにでもなった気分だ。今日は、前泊しておられた4人組の釣り人と合計8人の布陣となった。

 

 

2日目も瀬々野浦港から出発

 

コンクリートの延べ棒を過ぎると、すっかり凪になった海原が現れた。左に舵を取りまずはタテビラ瀬方面に向かった。いたいた釣り人が。こっちに来るなというオーラを放ちながら釣りを始めていた。

 

船は、タテビラ瀬を過ぎ、鷹ノ巣近づいた。鷹ノ巣の壁やハナレも空いていたが、船はそのまま離れてナポレオン岩の方へと進んでいった。

 

 

 

 

ナポレオン岩に見守られながら

 

ナポレオンの中鼻にはすでに釣り人が、ナポレオンの顔をなめるように船は過ぎ、右下の小さな独立礁の前でエンジンがスローに。

 

「ここに2人、お願いします。瀬際釣りです。」

 

見るからに足場が悪そうで、荷物を載せるのも難儀する場所のようだ。もちろん、足場優先のuenoさんが動く気配はない。仕方がない、50代の我々が60代の師匠に譲るのは当然だろう。我々が乗る予定のこの磯を「ナカムラ瀬」または、「沖のウマ瀬」というらしい。

 

凪なので昨日よりは渡礁が楽だったが、荷物を置くところが少なく釣り座確保も大変なところだ。

 

船を着けたところの上に平らなところがあり、そこが釣り座となりそう。2人がやっとという場所。気になるのは船頭さんの「瀬際釣り」というアドバイスだ。ナポレオン岩に向かった水道向きの釣り座と、沖向きの釣り座が考えられたが、瀬際釣りというキーワードから沖向きをM中さんに、自分は水道側をチョイスした。

 

 

沖のウマ瀬に渡礁

 

瀬際が気になり上からのぞいてみると、根が少し右側に張り出してはいるものの釣りができない状態ではない。左側に細長い根があり、その根がこちらの釣り座まで続いている。その根の周りが海溝になっており、そこから出てくる魚を喰わせるのが良いとみた。また、水道にも底根がありその根回りもポイントになりそうだ。

 

サラシもなく、おだやかな波。コバルトブルーの美しい澄んだ海底。軽い仕掛けでゆっくり沈めていく釣りになりそうだ。このナポレオン岩周辺も昔釣りをした懐かしい場所である。

 

それにしても、最悪のスタートだった。仕掛けを作っているとき、平らでない足場でバランスを崩してしまった。その際に、がま磯アテンダーの先端に竿が想定していない力が働いた。もちろん、竿先が折れてしまったのだった。

 

「なにやってんだか。始まってもいないのに。」

 

いきなりの勝負竿の戦線離脱に、しばらく放心状態になってしまった。サブメンバーは、このときに限ってダイコーの強豪1号を搭載してはいなかった。しかたなく、不安いっぱいのダイワインプレッサ2号を取り出した。

 

1.75号の細道糸での釣りを考えていたのに、2号竿は厳しい。ブツブツ言いながらも仕掛け作りにはいった。基本的には、昨日と同じだ。0αの全遊動。針もハリスも1.75号、針は最初から4号だ。

 

釣りを始めて気づいたことがあった。それは、なぜ「瀬際釣り」かということである。午前9時半が満潮で、最初は上げ潮で潮止まりがあり、その後下げ潮を釣るという格好になる。沖を上り潮が行こうが、下り潮が行こうが、結局その支流が水道へと流れてくる。これが磯の形状からか多くの時間帯でこの釣り座が当て潮になることを示唆したものだったと容易に想像できた。

 

 

 

もちろん、硫黄島では、沖に大漁のイスズミ歩兵軍団がいるために、沖に撒き餌でイスズミを沖に釘付けにして足下を釣るという独特のスタイルをとった釣りをしていた。しかし、それはサラシがあり、しかもそのサラシに負けない重たいウキで初めて可能になるという釣りだ。この食い渋りの瀬々野浦で硫黄島の釣りが通用するはずもない。

 

どうすればいいか、思案にくれた。魚を喰わせる範囲も限られているので潮が速いとお手上げだ。潮が動かないとき、タテの流れいわゆる潜り潮のとき、そして、当て潮でもうまく斜め左側に流れてきたときに喰わせるチャンスがやってきた。

 

そこで、何度か喰わせるものの、道糸から連続して飛ばされ、ジャイロを2個、プロ山元ウキを1個失ってしまった。撒き餌しゃくも2本折ってしまい満身創痍。道糸を2号にして、ハリスを1.5号に落として何とか4枚のクロとおみやげ魚グルクン1匹をクーラーに入れた。

 

回収後、uenoさんと情報交換を。Uenoさんはナポレオン岩右後方部の名礁「ヒヤベー」に渡礁。4枚だったが、そのうち3枚が40超えで最大47cmを釣ってご満悦。「でかいのが釣れたけん満足バイ」4人の中では一番上級者と思われていたジュニアは1枚に終わったそうだが。

 

やはり食いが渋く、かなりの苦戦を強いられたそうだ。それでも、できるだけ細く繊細な仕掛けで魚とのパワーバランスを考えながらの釣りは、予想以上に面白く、釣り人を次回の釣行へ誘いには十分な醍醐味が感じられた。

 

 

 

民宿に帰って着替えを済ませ、軽ワゴン車に乗って長浜港へと戻った。ここでは、行きと違いあらかじめ荷物の数量を申告して受付で料金を支払うシステムだった。送ってくれた民宿のおばちゃんとしばらく談笑しながら別れた。おばちゃんのやさしさは、uenoさんのクーラーの蓋を開けさせ、4枚のクロをおばちゃんにプレゼントさせた。

 

甑島の人々の暖かい心に触れながらあのシビアな甑島の釣りを振り返った。この場所を離れることが何か不思議な懐かしさを感じることに趣を覚えた。

 

また、還って来たい。この懐かしい場所へ。こう強く思いつつ長浜港を後にするのだった。

 

おしまい^^