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前回は、「天上天下 唯我独尊」
の間違った解釈を見てきました。
またアインシュタインや
ヘルマン・ヘッセの言葉を引用して、
仏陀がどのように一流の人達から
見られてきたのかをご紹介しました。
それでは今回は、この 「天上天下 唯我独尊」 の
本当の意味を見ていきましょう。
この言葉、実は人生の目的について語った言葉なのです。
これこそが最も大切であると言っている言葉なのです。
ビジネスの世界でも、
野口悠紀夫著 「超」 整理法・時間編という本の中に、
こうあります。
「時間管理法の本がほぼ例外なく忠告しているのは、
人生の目的を把握せよということである」
いくら時間を短縮できたとしても、
何のためかという目的がハッキリしていなかったら、
あまり意味がありません。
80年分の人生を、40年で終わらせたとしても、
残った時間で何がやりたいのかが
ハッキリ分かってないと、
ハッキリ分かってないと、
全く意味がありません。
成功している人は、必ず目的を持って毎日を過ごしています。
一流のスポーツ選手や、ノーベル賞をとった学者らもみんな
ハッキリとした目的を持って自分の課題に取り組んでいます。
ただ何となく野球をやっていて、
ある日ふと気がついたら大リーガーになっていた、
なんてことは絶対にありません。
それでは具体的に、この言葉の意味を見ていきましょう。
「天上天下」、この部分は特に問題ありません。
「この広い世界の中で」 とか
「世界広しといえども」
といった意味です。
問題は後半の 「唯我独尊」 の部分です。
まず 「唯我」 というのは、
オレ一人という意味ではありません。
「我」 というのは、
お釈迦様自身のことを指しているのではなく、
ここでは、われわれ一人一人という意味です。
何故なら、お釈迦様自身のことであれば、
自分のことは 「吾」 という漢字を使っているからです。
それはすぐ後に続く文章から分かります。
このすぐ後には、実は
「三界皆苦 吾当安此 」
(さんがいかいく ごとうあんし)
という文章が続きます。
(さんがいかいく ごとうあんし)
という文章が続きます。
この読み方は、
「三界(さんがい) は
皆苦(かいく) なり
吾(われ) 当(まさ) に
此(ここ) に 安ずべし」
「三界(さんがい) は
皆苦(かいく) なり
吾(われ) 当(まさ) に
此(ここ) に 安ずべし」
となります。
そしてその意味は
「世の中は色々な苦しみが満ち満ちている。
私はその苦しみの世界に身を置きながらも、
安らかである。」
という意味になります。
よって、釈尊は自分のことは
「吾」 と言っていますので、
ここで使っている 「我」 は
われわれ一人一人という意味になります。
次に間違っているのは、
「尊」 を偉いと解釈している点です。
ここではそういう意味ではありません。
この 「尊」 は、尊い使命とか、
目的ということです。
よって、この 「唯我独尊」 は、
ただ我々人間だけが、
たった一つの尊い使命や目的持って
この世に生まれてきた。
という意味なのです。
つまり他の動物では果たすことのできない尊い使命が、
私達人間にはあるんだということになります。
まとめますと以下のようになり、
「俺一人が偉いんだ!」
という意味とは、程遠いのが分かります。
===============
天上天下 唯我独尊
(てんじょうてんがゆいがどくそん)
三界皆苦 吾当安此
(さんがいかいく ごとうあんし)
===============
大宇宙広しといえども、私達人間だけが、
ただ一つの尊い使命、目的を持っている。
世の中は様々な苦難が満ち満ちているが、















