$very50 現地レポート
駅から海岸方面に数10メートル歩くと、さっそく八戸で最も被害の大きかった場所と同等の景色に変わった。泥や瓦礫の量からするとそれ以上にも思える。もちろんまだ回収の目途は立っていない。100メートルくらい歩いたところで、被害の大きさを改めて理解した。
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だいぶ重量のあるはずの漁船が住宅地に突っ込んでいる。沖合にあるはずのブイが電線に引っ掛かっている。電柱や信号が折れて倒れている。ほとんどの建物が倒壊した一画もある。倒壊しないまでも、ことごとく窓が割れている。どの商店も営業再開までに何週間もかかるように見受けられた。八戸と比較すると、瓦礫の積み上がっている区域やライフラインが復旧していない区域の範囲が圧倒的に広い。地震で怪我した人を運んでいる救急車まで波にのまれたという。
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駅前から海岸とは反対方向の地域でも、営業を停止している町並がだいぶ内陸まで続いている。数件の飲食店では在庫のある限り営業を続けるとしており、ファストフード店スーパーの食品売り場では一人の購買数量を限定している。とはいえ、建物の倒壊といった被害に関して言えば、海岸とは反対方向の地域ではほとんど日常の風景に近く、信号もつき、瓦礫が集められているような光景はない。市役所の方の話しでも、地震の揺れによる倒壊よりも津波の水圧による被害の方が大きく、内陸と沿岸で大きな被害の差があるという。

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現在位置は岩手県宮古市。25日から26日昼にかけて被災地域は暴風雪という情報がネット上で一時トップ記事になっていた。この予報で示された前も後も、ここでは雪が降ったり止んだり、強くなったり弱くなったりしている。暴風雪の予報に関わらず、盛岡‐宮古間のバスは一日9便の運行を続け、どの便も上り下り両方ほぼ満員。


深い山間の106号線を走っていると、降り注ぐ雪と山々に積もった雪の白い世界が延々と続いている。どこからが雲なのかわからないくらい空気自体が白い。窓から眺める景色の美しさが忘れられないと同時に、宮古駅に着いたときに感じた突き刺すような寒さも忘れられない。


宮古駅前の風景ではそんなに被害が甚大な印象は受けない。観光案内の看板や施設が一際目立っている。もともと宮古は観光業が盛んだったこともあり、東京から直通の夜行バスも出ている。状況が少し落ち着いたらこの地を訪ねてお金を落としていくのも重要な復興支援になる。


商店も品数や時間を縮小して営業再開しているところがあり、それなりの物資は手に入る。駅からすぐのガソリンスタンドは緊急車両限定で営業していた。改札前の立ち食いそばが食材不足からそばとねぎのみのシンプルなかけそばを特別メニューとして250円で売っている。このかけそばを食べていたビジネスマン風の30代前半らしき男性は、スーツを着つつも靴はゴムの長靴だった。


その理由は、すぐにわかった。


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僕の活動内容は肉体労働や情報収集・調査報告など様々ですが、個人レベルで現地の支援にあたっている他の方々に比べれば、自分の貢献度は微々たるものです。そうした方々もブログやツイッターを通して具体的な支援内容を発信しているので、そちらも参照していただけると、被災地の状況や支援の進展への理解が深まるかと思います。


このレポートを発信する上での問題意識は、この震災は“長期的”な対応が求められているということ。実際2週間たった現在でも、まだ被害の全体像が把握しきれていません。つまり、復興までにどれほどの費用と時間と労働力が必要なのか、まだわからないということ。


そこでこのレポートでは、

①日本全体が当事者意識を持つこと

②長期的に支援に関わり続けること

③被災地で感じる被害の深刻さと復興への希望を共有すること

これらを通して被災地への支援や自分たちの防災準備に持続的に関心を持つために必要な環境を作っていこう意図して書いています。


そのため、僕が現地でどのような活動を行っているのかについて、具体的に触れるつもりはありません。自分が被災地に足を踏み入れた時、何を感じるのか。それを共有できるような記事にしたいと心がけています。

そういう意味で、多少迷いもある写真についても、地震や津波の脅威を認識する上で重要だと思う瞬間を記録することは、将来の被害を少しでも抑えることにつながるのではという思いで撮影し、公開しています。とはいえ、一般的な感覚として、被災者の方を対象とした写真を撮ることは本人の快諾がない限り控えています。それでも被害の深刻さや生命の尊さを伝えようと一歩踏み込んだ取材をしている報道関係者の方々の責任感には頭が下がります。


最後にもう一つ今回のレポートで意識していることを挙げると、地元の人たちの強さを伝えられればと思っています。復興の主役はその地域に今後も住み続ける人たちです。哀しみを乗り越えられるか乗り越えられないか、本当に復興できるのかできないのか、その答えがYesであろうとNoであろうと、ここで暮らす人たちの人生も、この町の歴史も、間違いなく続いていきます。現地の人たちが前に進むことができないなら、どんなに多くの義援金を寄付した人がいたとしても、どんなに優秀な人がボランティアに参加したとしても、あまり意味を持ちません。

実際、震災以前よりもいい社会を築いてくれる、そんな期待を感じさせてくれるような強さを持っている方が、現地にはたくさんいます。


被害の深刻さを知ること、それは哀しむためのものではなく、今後より安全な社会を築いていくための経験になると願っています。

被災地の人たちの強さを知ること、それは綺麗事でごまかすためのものではなく、今後再び危機が訪れた時に冷静に行動するための経験になると願っています。

以上、被災地の早期復興と、この国のさらなる発展を信じています。