東北地方の学生が抱える就活の悩みを共有するという主旨で東北大学の学生と会談。被災地の経済的格差を防ぐためにも、彼らの就活が不利にならないように日本全体で考える必要がある。ところが、もともと東北地方の学生の8割は東北地方内での就職を考えていて、都心や海外の企業で働くことをあまり想定していないという。震災の影響としては、東北内の多くの中小企業が震災の影響で経営の継続が厳しくなっている状況から、傾向として大企業や公務員志望の学生が増加しているという。被災後も稼働している東北内の企業だけで失業者や学生の全てを吸収することは難しく、東北の学生は他県の中小企業や海外へ飛び出すといった根本的な人生設計の転換を迫られている。

今回話を聞かせてもらった学生は震災後真っ先にボランティアへの参加を呼び掛け、各地のボランティアセンターの指示に従って行動したり自主的に人手を必要としている場所を探して駆けつけたりしていた。将来は起業して地元の雇用を増やしたいと意気込んでいる。

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グラウンド・ゼロの海岸線を歩いた余韻が消えないまま、南三陸町から直接仙台へ戻ることになった。東北自動車道は被災から2週間後には全面的に復旧している。仙台市に戻ると、ガス以外のほとんどのライフラインが復旧していて、日常の生活が戻りつつあった。駅周辺の町並みも27日まで営業停止しているところが多かったが、人通りの多いアーケードでは「私たちは負けない」「がんばろう東北がんばろう日本」といった横断幕を掲げて商店街を盛り上げていた。早くから24時間営業を再開していたインターネットカフェでは震災の影響でネットやテレビにアクセスできない人たちが情報収集する場としても機能していた。28日から駅前のダイエーも食料品や日用品を中心に再開し、入り口前には絶えず行列ができていた。ガスは全国から職員を集めて急ピッチで復旧作業に取り組んでいる。4月に入っても復旧には至っていないが、市内の銭湯は毎日午後の3時間限定で営業している。しばらく全ての鉄道を運休していた仙台駅でも、仙台~山形間を繋ぐ鉄道ルートが4月3日に復旧を果たした。
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その後車で10~15分ほど離れた志津川中学校や10km近く内陸にある入谷小学校にも訪問。こちらは日没後には消灯状態になる。生活に必要な物資はベイサイドアリーナからではなく、他県からの支援物資が直接ここに十分届いているらしい。入浴はグループごとにベイサイドアリーナまでバスで行く流れになっている。意外だったのは、ベイサイドアリーナに移りたいという人よりも、むしろベイサイドアリーナの人でこちらに移動したいという人ならいるかもしれない、という避難者たちの認識だ。というのも、中学校では教室に分かれてそれなりの生活空間が与えられているが、ベイサイドアリーナでは多くの機関と物資の本拠地という役割があるため避難者は基本的に廊下に段ボールを敷いて生活している。人口が密集しているだけにプライバシーの問題の他、テレビやトイレといった公共物の占有度も低く、特別に住環境が良いというわけではないようだ。

生死を分ける物資の支援が十分に行き届いた避難所では、下着類や掃除のためのゴム手袋といったあまりすぐ思いつくものではない日用品の需要が意識され始めている。とはいえ衣類や毛布といった物資は十分といえる一方で、日々消費していく消耗品については当面の必要量を確保したとしても今後いつまで支援による供給体制が続くのか、皆不安を抱えている。

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