酸いも甘いもまだまだ噛み分けられない未熟者。
そんなスロースターターのブログです。
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哀しいくらいお天気
昨日 4/19
早朝 4:28
ロッキンマミー
永眠
先生の余命の診立て
ぴったりに母は旅立った
ホントに眠ったまま
スーッと逝ってしまった
最後に明確に母から話しかけられたのは
食事が出来なくなって1日半経った頃
亡くなる6日ほど前か
病室でお昼ご飯のお弁当を食べていた
看護師さんがちょうど血圧を測りに来て
体の向きを変えてくれている時だった
目は相変わらずつむったまま
あんた
何食べてるん?
………へ?
思わず振り向いた
看護師さんも絶句
その後、爆笑
ずっとだんまりだったのに
反応したのが
食べ物
◯◯さーん
お腹、減ってるんだねー
って看護師さん
私は
ごめん、ごめん
すぐ片付ける
でも
その時は既に反応無し
母らしい
最後まで
食べたい
って 笑
ホントにあっと言う間
さっさと逝ってしまった
母は生前、曽祖母のように逝きたいと
ずっと言っていた
曽祖母は入院して一週間
眠るように逝った
母と同じ膵臓癌で
直前まで寝込む事も無く
誰の手も煩わす事無く
あの状態になりたいと
誰の手も煩わせはしなかった曽祖母だけど
でも
別れを惜しむ時間
もなかった
母はたった1ヶ月だけど
その時間は与えてくれた
ずっとほぼ2人きり
哀しくて
哀しくて
押しつぶされそうな時間でもあったけど
濃密な母娘の時間でもあった
あんなに母を愛おしいと思ったこともなかった
母のもとに生まれて良かった
母の子どもで良かった
いろんなことがあったけど
乗り越えられたのは
父と母の子どもだったから
そのことを
今さらのように強く思う
母が息をしなくなって
窓から光が差し出した
綺麗にしてもらった母の肌は
まだ艶があり、ただ眠っているようだった
搬出のために外に出る
眩しいほどの光の中、母は病院を出た
ホントに
苦しいほどの日差しだった
明るく送って
って言われてるのだと思った
そうする
そうするわ、お母さん
