
ビジネス街に新しくできた
ホテルの部屋から
階下を望む。
窓の縁に立ち
大阪の碁盤型の街をながめ
行きかう車や
人々の往来をぼんやりみていた。
この大阪の街を
あの人は地図にして
わたしに持たせてくれた。
大学生になったわたしと
社会人になったばかりの彼。
わたしがはじめて
「大阪をひとり旅する」
と言うと、この街で大学生活を
送った彼はとても心配そうに
わたしを見つめた。
しばらくすると
彼の勤める会社の封筒が
わたしの手元に届く。
封筒の中には心斎橋を中心に
とても正確な縮図の
大きな大きな、そうだな
A1サイズくらいの
地図が入っていた。
2次元に落とされた
ストリートには
お店の個性をアイコンにした
イラストが書かれ
たくさんの吹き出しがあって
ここはトンカツがうまいぞ!
とかここのオヤジ大阪名物だぞ!とか。
道頓堀の大たこにはタコの絵。
くいだおれにはくいだおれ人形。
グリコのランナーも
とっても正確に描かれていた。
御堂筋を南北に
ヨーロッパ村や
アメリカ村。
わたしがひとり歩いても
退屈しないように
ごはんがちゃんと食べられるように
そして迷わないように。
恐くなんかないように。
「他の人は心配じゃないけど
君のことは心配」
出張先が消印の封筒に
小さなメモが入っていた。
あの時、わたしは
どこに泊まったんだっけ。
そんなことを覚えていないのに
あの地図は今でも
思い出せる。
青い方眼紙を
メンディングテープで
貼り合わせて
それがボロボロになるまで
わたしの宝物だった。
彼が製図用のデスクにすわり
業務の合間に作った地図を
わたしは握りしめ
大阪の街を歩いた、あの頃。
ランチタイムを迎える
ビジネスマンの姿が
小さく小さく
ホテルの窓から見える。
わたしは、
彼が作った地図を
確かにこの手で持っていたのに
どこかで道に迷ってしまった。
気がつけば
迷子になっていて
長い長い時間を
ひとり歩き続けたようだ。
彼の描いた街を歩きまわり
そしていつしか
その街の果てに着き
もう彼の地図が用を成さないことに
わたしは気がついている。
おげんきですか?
とつぶやいて
窓の縁から離れた。
わたしはホテルの部屋で
ひとり様子良さげに
リキシの帰りを待っている。