退社の旨を説明しに出向いた。
私の説明に「辞める必要がどこにあるの?」
と首をかしげた。退社の意向をまげない私に
諦めたのかこんな話をしてくれた。
俳優は妻を亡くした。
そして数年後再婚をした。
これからの人生を一人ではなく、
二人で生きる人生を選んだ。
が、そう簡単には“家族”にならなかった。
俳優は最初こそ、何も変わらず、まるで自分ごと
ケースを入れ替えたらいいだけ、といった風に
新しい生活が始まるものだと信じていた。
でも前妻との間に生まれた、娘は抵抗を示し、
新しい妻には俳優の仕事たるや何ぞと
懇切丁寧に教えなくてはいけなかった。
それこそ、箸の上げ下ろしから。
新しい家族を迎えるという現実は
小さな衝突と教育、調整と修正作業の連続。
“家族”になるのは想像するより
時間がかかったそうだ。
彼は私の家庭環境をよく知っていて
「おまえ、あせるなよ。ゆっくりでいいんだからな。
慌てて入籍なんかしなくていいからな。
のらりくらりとかわしながら幸せになったっていいんだよ」
「俺がそうなんだから、ゆっくり幸せにならなきゃだめだ」
私は何度もうなずいた。
私の状況や気持ちを娘や、パートナーに強要しても
うまくいくはずがないだろう。
気持が育つまで待ち、時が満ちて
はじめてうまくいくことがある。
それまで、物事をつきつめず、のらりくらりと幸せに
なる方法もあるんだね。
最近想うことの一つ。
未来を一緒に語れる人がいるって幸せなこと。
相手の未来も、自分の未来も同じ線の上に
描けるということ。
私はすぐに結論を急ぐほうだから
この俳優の言葉を胸にとどめておきたい。