施設内訪問看護の最前線
私が以前勤めていた訪問看護ステーションは、難病の筋萎縮性側索硬化症や脊髄小脳変性症の方が多く入居されている施設でした。私のメインは管理業務でしたが、スタッフと同様に利用者へ関わる業務を行う事もありました。
その中で一番印象に残っている業務は、筋委縮性側索硬化症(ALS)の方の退院支援です。
その方は、歩行が出来なくなってきておかしいと感じ、あちこちの病院へ受診に行きましたが、なかなかALSだと診断がつかず、いくつかの病院への受診をしていました。ある先生がALSではないかと検査まですすみ、ALSであることがわかりました。その時にはすでに家での生活はギリギリの状態でした。すぐに高齢者住宅で入居し、生活が始まります。ALSという病気は、その方によって進行速度が全く違います。発症からの余命は平均5年と言われていますが、私が担当していた方で、発症から3年程度経ってもほとんど進行が感じられない方もいました。
ですが、この方は診断がついてからまだ数か月だというのに、どんどん進行していました。高齢者住宅へ入居する頃には、食事の摂取も怪しくなってきていました。
※2 ALSとは
体中の筋肉が萎縮し動かなくなっていく難病です。まずはある事や手を動かすことが難しくなり、次に飲み込みを行う嚥下が難しくなります。その次は呼吸が出来なくなっていきます。口に動きもできなくなると、アイトラッキングと言い、目の動きでパソコンのマウスを操作し、文字を入力します。そのパソコンですべての操作ができるようになっており、メールやインターネット、音声出力、照明の操作、テレビの操作なども出来ます。目の動きさえも出来なくなると、眉の動きなど微細な動きでの会話となり、最終的には心臓が止まります。
飲み込みが出来なくなると肺にご飯や唾液が入ってしまう誤嚥が起こり肺炎になってしまいます。それを予防するために胃ろうと言って、胃に穴を開けて栄養を注入します。ここで難点なのは、胃ろうが作成できるには条件があります。これは、胃に穴を開ける際に、胃カメラを飲み、内側の状態を確認しながら穿刺(穴を開ける)することが必要です。ですので、呼吸状態が悪い方だと胃カメラをするのが危険になるので、呼吸状態がある程度安定していなければならないという条件があります。
この方は、胃ろうどころか呼吸状態も危うい状況でした。胃ろう増設は断念し、呼吸状態も危うい状況でしたので気管切開をすることになりました。胃ろうができない方はどうするかというとCVポート※3を増設し、点滴で栄養を補給します。
その方が退院できることとなり、高齢者住宅で受け入れることとなりました。病院で診てもらい過ごすという選択もありましたが、その方は今まで住んでいた高齢者住宅への退院を強く望みました。
「あそこが私の家です。施設へ早く帰りたいです」
私たちの会社の高齢者住宅が、我が家だと思ってくれたことに感動しました。社長は、「いくら時間がかかっても構わない。絶対に問題解決して本人の望みを叶えるんだ。任せたぞ。」そう言って私に全権を託してくれました。
※3 CVポートとは
鎖骨下や大腿の大きな静脈に管を入れ、そこに点滴の針を刺すことができるようにします。このCVポートを利用して高カロリー栄養の点滴をすることができます。
高カロリーの輸液というのは、めちゃくちゃ甘いジュース、サラサラの水あめのような液体です。細い血管に入ると高血糖状態となるため、血管を損傷するリスクが高まります。そのため、太い血管で血液に微量ずつ混ぜて高血糖が起こらないよう投与します。
ここからはじまる本当の勝負
病院の担当医師とのカンファレンスで、
「病院でも難しい方を、施設で見れるんですか?施設で受け入れるための問題点を解決できないなら、施設退院を認めません。」
問題は3つあって、一つ目は本人が望む排泄に関して、二つ目はリハビリの継続。この二つはすぐに解決できました。残るはあと一つ、痰の量が多い事です。
ALSの方は唾液の量が多いという特徴の方がいて、その方もそうでした。病院では30分に1回は吸引を行わなければならないくらいに多い。病院であれば看護師が24時間体制でおり、病院によっては夜間でも複数名の看護師がいます。30分に1回のサクション(吸引)を行うという事は、1日で48回のサクションをおこなわなければならない。夜間に1名で数十名の利用者を看る介護施設では到底無理だろうということでした。
そこは夜間でも1フロア20名に対して2名の看護師を配置している珍しい高齢者住宅である当施設。カンファレンスでの情報を持ち帰り、現場と相談する事となりました。そこで職員から出たのは「30分に1回は無理。いくら看護師常駐でも、そんなに頻回は部屋に行けない。せめて2時間に1回だわ」そう言われることとなります。確かに、他にも人工呼吸器の方は複数名いるし、トイレ介助や巡回、仮眠時間だってある。一人の利用者に24時間貼り付けというのは無理がある。どうしたものか。
解決のためには既成概念を壊せ
「いつ帰れますか?早く帰りたい」
面談後に利用者さんに会うと、退院を催促されます。職員には無理と言われ、利用者さんは退院を望んでいる。やるしかないでしょ。
私はALSの方のケアについてインターネットで調べてみることにしました。ALSの方でも自宅で生活している方がいる。施設や病院よりずっと手薄な家での生活にヒントがあるかもしれない。そう考えて調べてみることにしました。するとある記事が見つかりました。アモレSU1という痰の持続吸引装置があり、在宅ケアの救世主として紹介される新聞記事を発見しました。
私は「これだ!」とこの機械に関して詳しく調べます。更に、うちの施設でも導入事例はないものか。うちはALSなど難病支援の老舗です。勤続の長い訪問介護の管理者さんに聞いてみる事に。すると、過去には使用していた人はいたようだとの情報が。
痰の多い方の対処法など、非常に為になることを教えて貰いました。
早速機械を導入したいと社長へ報告。機械導入に動き出します。
北海道に無い
機械を導入を検討するため、大分にある本社に電話で連絡してみることに。すぐに届いたパンフレット。価格をみてびっくり。16万円という価格。痰吸引の機械は5万円くらいなので、それくらいを想定していましたが、予想より高かったです。ではレンタルはできないのか問い合わせの結果は、北海道に取り扱い問屋がない。医療機器問屋さんを何件かあたってみてもないとこと。
「もううちがレンタルするしかない」
機械を訪問看護ステーションとしてレンタルすることにしました。でもこれで準備万端とはなりませんでした。
病院へこの機械導入について提案すると、見た事も聞いたこともない機械。
「安全にりようできることが確認できないとやはり退院できない」
担当医師からの返答でした。この時は「慎重すぎない?」と思いましたが、全権を任されている私。引くわけにはいきません。利用者さんも待っている。施設へ戻った後の訪問診療の医師も参加してのカンファレンス2回目。機械導入後の支援も訪問診療医が責任を持ちますと心強い援護射撃を頂き、機械導入が安定したら退院へ向かう事に。
機械導入に関して、気管カニューレ(気管切開している部分の管)も専用の物にしなければいけない。そのカニューレの型番等も大分からカタログを取り寄せる。機械も大分から送ってもらい、レンタル契約もすることに。
「デモンストレーションもよろしく」
病院でも機械のことを知りませんでした。もちろん機械導入したいとの言い出しっぺは私です。そちらで聞いてやって下さいはもちろん通りません。はい。そうなりますよね。やるしかない。
自身でも見たことがない機械が届き、操作方法等を電話でレクチャーを受ける。作動確認等を経て、レクチャーする資料を作り、いざ病院へ出陣。看護師さんや先生に使い方をレクチャーし導入をお願いする。
入院から6か月
季節も変わり、やっと退院までたどりつくことができました。利用者さんも退院できたことに大満足。6か月間はとても大変でしたが、非常に充実した時間でした。私は、この利用者さんに非常に感謝しています。この方の支援をして、いろんなことを経験させて貰ったことで、大変なことでも諦めず取り組むことで道が開けるということを教えて貰いました。自分自身で調べる事、仲間に助けてもらう事、問題解決はできるということ。この経験があったからこそ、今があり、新たな挑戦が苦ではなく、むしろワクワクになるようになりました。
残念ながら、その利用者さんは本当に病気の進行が早く、施設へ戻って数か月で亡くなってしまいました。亡くなる前に施設へ戻り、最期の時間を自分の部屋というプライベート空間で過ごせたこと。満足されたそうです。




