February 09, 2012
巻20、歌番号4465~67の左注に「淡海真人三船が讒言によりて、出雲守大伴
古慈悲宿禰、任を解かゆ」とあります。
今回はこの事件が「続日本紀」に書かれていることが分かりましたので「続日本紀」
を当たってみました。
まず、事件に対する「続日本紀」の記述です。
天平勝宝八歳五月癸亥(756年5月10日) 出雲国守従四位上大伴宿禰古慈斐。
内堅淡海真人三船。坐誹謗朝廷。無人臣之礼。禁於左右衛士府。
天平勝宝八歳五月丙寅(756年5月13日) 詔、並放免。
※J-TEXTSサイトの続日本紀(朝日新聞社本) から引用・編集しました。
5月10日に古慈斐と淡海真人三船が朝廷を誹謗し人臣の礼が無いため、左右衛士府に
禁固された。13日には二人とも放免されたとあります。
朝廷の悪口を古慈斐と淡海真人三船がつかまり、3日後に放免とは良く分かりません。
古慈斐が亡くなった時には「続日本紀」に古慈斐の略歴が書かれており、この事件に
ついても記述があるそうです。
次回はこれを調べてみます。