生まれ育っていく環境 | 「かわいい子とは、世界を旅せよ」12才からの海外ボーディングスクール

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2026年は、かわセカLABOも始動

ダライ・ラマ14世の本を読んだ。
この話がいまの時代のものではない、と言われても納得できるくらい、私の日常からかけ離れた人生である。
それなのに、彼らはメールも携帯も手に入れることができるし、同じテレビ番組もインターネットも見れるし、私と直接会わなくても、私の知っている人ぐらいには会えるかもしれない。

我々は同じ時代に生きていても、一生会うことのない人のほうが多い。なぜなら彼らは私に会いに来る必要がないからである。

それが、大好きなアーチスト、スポーツ選手、親友、恋人、家族となってくると、地球の果てまでも会いに行ってしまうから不思議であるw

「大衆的」だのと、まるでそれだけがこの世の人々の姿だと思える言葉があるが、実際世界全体を考えたら、ただのマイノリティにすぎない。

それでも人はより所が必要で、自分はどういう国民性で、どういう地域に住み、どういう学校に通い、どんな仕事をして、どういう食事を好むのかなどをどんどん定義づけて、自己を決定していく。

来月に家族と離れてボストンへ旅立つ長女。
ちょうどこれからマイミクのVIVIちゃん、ぷーちゃん、たっくまん様も北米に発っていく。
いつもと違う人々がいて、いつもと違う価値観の地域で暮らしてみることは、情報以上に大切なことだと思う。
身近な人がそれを経験すればするほど、自身も豊かになっていくと思う。

逆に、不自由なことや貧しさを経験するなら、我々は紛争のない地域に生まれ育って来て、学力もあるほうだし、ライフラインも供給されているという恵まれた環境を実感できるのだと思う。
そうすれば、多少のストレスにさらされても、いまの環境に満足したり感謝する余裕がうまれると思うのだが。

私は明日、郊外の物件を見に行く。今の仕事を始めた10年前、不動産を複数持っていることは煩雑だと感じていたが、気づいたら今のほうがよっぽど数が増えてしまっている。

ここのところ、いっぺんに手入れをしているので、朝と昼と晩とやっている仕事がまったく違う。
子育ても何とか消化しているが、パズルゲームのように時間単位ではめ込んで、周りの大人たちに協力してもらいながら、子供たちに前進してもらっている。

忙しくしながらでも、徐々に良い環境にしていくことは、大人にも成長をもたらすと思う。

【6/1霊南坂朝食会のお知らせ】
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