大人の過去は誰もが

間違いなく子供

切っても切り離せない運命があるのさ

(♪大人はわかってくれない/私立恵比寿中学)


子供の頃は大人から人には親切に


とか優しくしなさいとかみんなと仲良く等


これが日本の教育


確かにそれは大事な事だけど


「みんなに」って教え方はどうかと思う


他人の事を思ってやった行為が


相手にとって良かれと思った事が必ずしも親切とは限らない


18歳くらいの時に所沢駅の喫煙所で


風が強くてライターの火が上手く着火、出来ずに苦戦している60代くらいのおじいさんが居た


こちらが親切にどうぞ使って下さいとターボライターを差し出すと


頼んでねーよみたいな顔で睨まれて無言で去って行ってしまった


この様にこちらは親切でやったつもりの行為でも相手にとっては迷惑だったりおせっかいに感じ取られる事も在る


だから他人に親切にする=自分が傷つく可能性が在る


それがまったく知らない間柄と友達なり職場の人間となるとまた話は変わってきそうだけどそうなると相手が自分をどう思ってるかによって変化しそうだ


俺は基本的に無視するタイプ


俺はスタバで二人席に一人で本を読んでいた


目の前に席が空くのを待ってる女性が一人


しかもイートのカップでドリンクを持っている


席を確保してから頼みなよと思いながら過ごしていた


何か気になって見たら目が合ってしまった


即マスクを着けて歩み寄って「相席で良ければどうぞ」って声をかけてみた


もちろん断られてこっちが嫌な気持ちになる可能性があるのを考慮して


その方は「いいんですか〜」と笑って応えてくれた


俺は本で顔を隠して見えない様に壁を作った


その時に思ったのが仮に他の一人席が空いた時にどう思うんだろう


その人がどれくらい滞在するかも俺は分からない


本音は相席は気を使うから空いた席に移動したいなぁって思うのかなぁ


でもせっかく座らせてもらったし席を移ったら失礼だと思うのか


結局その方は20分くらいで帰って行き帰り際に笑顔で「有難うございました」と声をかけてくれた


この二つの例の様に


相手に嫌な思いをさせてしまう場合と見知らぬ人に声をかけてもらって少し幸せに感じるか


もちろん俺は相手の事をまったく知らないし相手も俺がどんな奴かなんて知る筈もない関係


そのままやり過ごすって事が無難であって仮に親切にしようと思っても勇気がなくて終わるって事がほとんどだと思う


その判断は自分であって人に言われてやるものではない


自分がやってあげたいかその逆なのか


例えばこちらが飲食店の店員で客に対して優しくするのは仕事だし当たり前


例えば職場にてこちらがベテランで後輩に優しくするのは当たり前


この当たり前ではないケースでの人との関わり方って距離感にしてもなかなか難しいパターンが存在する


俺は30代くらいから無駄な人間関係は作らない様にした


時間の無駄であって仲良い奴、以外は空気と思う様になった


それが成立する職場だから出来る事だけど…