ヴィヴァンの屍を超えてゆけ!

ヴィヴァンの屍を超えてゆけ!

まさに今、モラハラ夫・浮気夫・DV夫に苦しんでいる方々へのレクイエム。私の体験を赤裸々に告白し、あなたを大きな変化へと誘うブログ。

私とあの人が教えている競技では一般の方もいらっしゃるが、

小、中、高、大生が多く在籍する。

 

私はあの人ができない部分を担っていた。

昼間に小学校に教えに行ったり、あの人が帰ってくるまでの会の運営、

そして練習への送迎など。

 

ある時、会に双子の高校生が入会してきた。

その双子ちゃんは純粋に強いあの人や私に憧れていたと思う。

 

でも、双子ちゃんの片割れと随分と仲良くなったみたいで

めちゃくちゃ可愛がっていた。

 

最初はポッキーを食べさせてもらう程度だったが、だんだん距離が近くなって

家に遊びにくるとずっと話していたり、一緒に外に散歩しに行くようになった。

 

大会の引率時には必ず助手席にその子を座らせ、

とても可愛がった。

 

私はまぁ、不満もあったが師弟だから、コミュニケーションも必要だろうと横目で

見ていた。

 

一度あの人に「私や他の子に対する態度とあからさまに違いすぎるんじゃない?」

と言ったが、「あの子と俺の考えは似ているからしょうがない」と一蹴。

助手席については「お前が隣にいるだけで気分が悪くなる」と拒否。

 

確かに私が助手席にいると今にもキレそうな顔でイライラしているのがわかる。

 

その双子が入会して1年半くらい経った頃、

私が実家に帰っている間に双子の片割れから電話があった。

 

Mが帰ってこないですが、ヴィヴァンさんの家にいますか?

ヴィヴァンさんの家に泊まるって言ってました。

 

え?どゆこと?

 

今私の家にはあの人しかいないけど?

 

そして2人で何度も連絡するが繋がらない。

 

高校生なのに無断でどこか連れ出しているってこと?

3時間くらい経って連絡がついたら高速に乗っているとのこと。

あの人と2人で。

 

しかも日帰りではなく1泊2日。

大会を2人で見に行ったらしい。

 

流石にこれには怒りが湧いてきて

その子にLINEを送った。

 

無断で嘘をついて2人で1泊で旅行はやりすぎです。

あの人がそんなに好きなんですか?

今後もこんなことが続くようなら会には

来ないでほしい。

 

とそんな内容だったと思う。

 

あとからそれを見た(のだと思う)あの人が

すごい剣幕で怒鳴ってきた。

 

普通に高校生を引率することはあるじゃないか。

それと同じだし、お前さえ黙っていれば全てうまく行くんだ!

今後一切LINEを送るな!!!

 

と全て私の言い分が間違っていると、お前は黙って俺の言うこと

聞いとけ、と宣った。

 

 

あとで同年代の子達にその大会を見に行くか誘われたか聞いたが

誰も誘われていないことがわかった。

 

 

ピンポイントで1人だけ誘うっておかしいと思うけど、

私が間違っているのかな?

 

そんなこんなでショックを受けた私の自己肯定感はどんどんと

底なし沼のように沈んでいくのだった。

 

ちなみに「女子高校生を引率する30代後半男性」と設定し、

チャットGPTに画像作成を依頼したらコンテンツポリシーに抵触するため

作成できません。と言われた。

 

チャットGPTですらイケナイことだとわかっていることを

あの人はなぜ正当化してたのだろうか?

 

 

 

 

 

 

どの家庭でも習い事は1つか2つ、もしくは曜日ごとにある家庭もあるかもしれない。

 

 

うちは習い事にもあの人の許可が必要だった。

基本、私たちが教えている競技をやらせてる。

そして増えたとしても習字くらいだった。

 

 

子供達が他の習い事をやりたい、と言って


それを私が伝えても


「お前が送り迎えも役員も全て責任持って

1人でやるならやれば?」


と突き放した言い方。

 

 

授乳中のチビ、2歳児爆走娘を連れて

知らないグループに入って

役員とかとても考えられない。


いやいや、無理でしょ。。。と私が諦めて

子供に習わせてあげられなかった。

 

 

あの人は私たちが教えている競技を

やらせたい気持ちが強く


「これをやらせておけばいいんだ。

いろいろやらせるより一つのことを

突き詰めていくだけで十分。他はいらん。」


と言って泣いて嫌がる子供にも強制的にやらせていた。

 

 

私は可哀想だと思いながらも、反対することができず、

黙認してしまっていた、共犯者。

 

 

ある時、上の子が嫌がってやらなかった時、

泣いている子に無理やりやらせようとして、

拒否された時、

 

 

「やらないなら外に出ろ!

ヴィヴァン、外に出してこい!」


と、私に命令した。

 

え?!外に出す?

秋も深く外はかなり寒い。

 

 

そんな中上着を着せて外へ出した。

抵抗されたけど小学校低学年なのでまだ大人の方が強い。

 

 

私は疑問に思いながらもあの人の言いなりになるしかなかった。

 

3時間くらい外に出させただろうか。

 

あの人はお酒を飲んでいた。

私は何回か見に行って大丈夫か確認していた。

 

あれは本当によろしくなかった。

 

 

 

さらに。

 

学校に行きたくない。と言い出した時、

 

あの人はすごい剣幕で

 

「学校はどんな状況でも行くところだ!!!」

 

と、とにかく強制的に行かせる。。。

 

 

昭和⁉︎

 

 

行かせるのはまた私の役目。

 

 

私は行きたくないなら行かなくてもいいと思うけど、

そういうものなのかな、

あの人が言うならそうなのかな、


と思いながらもまた共犯者になってしまった。

 

 

今なら子供の状態を見て甘えているだけなら行かせる、

体調や心の問題で行けないなら休ませる、

という判断をするだろう。

 

 

 

あの人の教育論は全て「やる気の問題」なのだ。

学校に行けない、という状態はやる気が足りないから。

 

 

気持ちが足りないから。

 

 

 

その子の状態を見て何が原因かを探ろうともしない、

一辺倒の教育に私は恐怖を感じた。

 

 

でも、私は反対する勇気も、気概も信念もなかった。

完全にあの人に依存した共犯者だった。

 

 

この時は6年後にこの問題と

真っ向から向き合わなければいけない事件が

起こるとは夢にも思っていなかった。

 

 

 

引っ越して2年ほど経った頃

 

お互いがやっていて相応の実力のある

とある競技をその地で教え始めた。

 

 

ここからが大変な道のりとなった。

 

 

私とあの人の本気度の差が大きく

チビたちを連れての行動に難癖をつけ始めた。

 



 

その会では一般の方もいらっしゃるが

小、中、高、大生が多く在籍する。




各地で大会が開催され、私たちが住む

都道府県内でも私たちが主軸になり

都道府県内の大会運営をするようになった。




大会にも引率をすることがよくあった。

 



当然迎えに行く時間に間に合わないと

迷惑をかける。

 

 

そのことはわかってはいるが、

私の方は4人の子供たちの準備をして、

朝ごはんと昼ごはんの用意をして

さらに引率する子たちの

お昼も用意して、、、とやっていると

10〜15分ほど遅れることが多々あった。

 

 

あの人は出発の20分前に起きてきて

自分の用意をして終わり。

 

あの人はきちんと自分の想定通りの時間に

準備を終えていた。

 

 

しかし私の方はやることが多すぎて

時間通りの行動ができない。

 

特にチビっ子がいての準備には

トラブルがつきものだ。

 

 

あの人は私が遅れることに対して

尋常じゃない怒り方をする。

 

 

 

4:00に起きて準備をしていても

出発時間の6:00に間に合わないと

 他人がいても不機嫌になり怒る。



そして

「その時間に用意できないなら

3時でも2時にでも起きろ!」

「お前はいちいち余計なことに

時間かけすぎなんだよ!」

「おにぎりだって間に合わないなら

コンビニのおにぎりにしろ!!!」

と怒鳴る。



至極ご最もなご意見。

確かに私のこだわりで時間が

押してることは確かだ。


予定通りに行かないのは4人の子供たちのお世話も

あるからなんだけど、それを想定して早く起きろ

ということなのだろう。


でも毎回毎回言われているうちに

自分がどうしようもない出来損ないの人間に

思えてくる。


しかし、子供の健康を担う母として

コンビニおにぎりにすることには抵抗があった。


 

彼の言動はさらにエスカレートし、

その競技においても

私のできない部分をを会員の前でダメ出しし、

反面教師とした。



子供達に対してもそうだ。

威圧的に私を律することにより子供たちの行動が

規律正しいものになると思っているのか

私の立場や尊厳などないにも等しかった。


私の行動はさらに窮屈なものになり、

子育てにおいてもビクビクしながら

あの人の意見に従っていた。


私はこの時期の行動をとても後悔している。


 

 

 

引っ越す前に4人目妊娠。

 

 

3人目を自宅出産で迎えた私たちは

4人目を完全無介助出産で臨むことにした。

 

 

なので病院にも2〜3回しか行っていない。

 

 

妊婦で引っ越し作業はキツイ。

 

 

しかも小1、年中、2歳児という

わからんちんがいる状態だ。

 

 

何とか引っ越しも終わった。

 

 

 

引っ越し先では畑を借り、

野菜を作った。

 

 

 

初めての畑作業で不安もあったが、

子供達が喜んで収穫するくらいは

できた。

 

 

 

自分で作った野菜は本当においしい。

 

 

 

夏野菜が成長してきた頃、

破水した。

 

 

3人目は破水から40分でスッポンと産まれたが

今回はじっくり、じっくりと出てくる。

 

 

お産もそれぞれ、性格があり面白い。

 

 

残念ながら破水が起こったのが夜中だったため

上の子供達は起こしても起きず、

私1人でのお産になった。

 

 

あの人は私が呼ぶと来てくれるが、

ずっとついているわけではない。

 

 

私が呼ぶ時以外は

ネットかゲームをしているのだろう。

 

 

 

呼んでもすぐには来ない。

 

 

 

何回も波がきて、

やり過ごして、

 

 

頭が触れるようになった頃、

波が来た。

 

 

 

「今だ」

 

 

 

いきむ。

 

 

 

回転して赤ちゃんが出てきた。

 

 

 

小さいマイベイビーにっこり

会えて嬉しいラブ

 

 

 

 

産まれてから

 

あの人は私の指示に従って

 

かいがいしく布団を用意したり

 

飲み物をもってきてくれたり。

 

 

部屋の電気も明るすぎはよくないので

豆電球にしてくれたり。

 

 

 

 

あの人もベイビー誕生には

喜んでいるようだった。

 

 

 

そして。

 

 

鈍い陣痛とともに胎盤が出てきてから

臍の緒を切った。

 

 

 

 

あの人との共同作業、

まぁまぁいい思い出、かな。

 

 

 

 

 

ぶっちゃけちゃいます。

 

 

私は心の弱い人間なんです。

独身時代あの人とは別れようと思っていました。

 

 

なのに、なのに、

別れ話をしたときの夜、

あの人を受け入れてしまいました。

 

 

別れる、という意志ですら

突き通すことができない弱さ。

 

 

そして。

 

 

妊娠。。。しました。

 

 

 

私は1人で育てようかと

思っていました。

 

 

でも。

 

 

母親に話したとたん

 

「それは結婚しなくちゃ」

と言われ、結婚する方向に

どんどんと話が進んで行ってしまいました。

 

 

私の中に結婚の意志はなく

まるで他人事のようでした。

 

 

結婚も嬉しいものではなく、

ただただ妊娠したから

結婚しなくちゃいけないんだ。。

 

という認識だった。

 

 

逆に嫌だという気持ちもなかった。

 

 

ただ、それが当たり前、

社会常識、通例を受け入れる。

 

 

昔からそうやってきた。

 

 

自分1人で大きな選択をする

勇気がなかった。

 

イメージが全くなかったと

言ってもいいのかもしれない。

 

 

会社の人に対しても

しめしがつかないし、

シングルになったら

白い目で見られるかもしれない。

 

 

結局は社会という大きな波に

逆らえずただただ浮いているだけ。

 

 

そんな状態で結婚したからか、

結婚式でもそこまで込み上げるものはなく

淡々と。淡々と。

 

 

披露宴の後、2次会、3次会と筒がなく

終了し、荷物もあるので

私と母はタクシーで帰った。

 

 

あの人は徹夜麻雀に。

 

 

 

そして。

 

 

 

結婚してからというもの、

 

 

「釣った魚に餌はやらない」

と言われ続け受けたモラハラの数々。

 

はっきり言って

釣られてないし。

 

 

子供ができたから結婚しただけで。

勘違いも甚だしい。

 

 

 

 

「釣った魚に餌はやらない」

とは言っているが、

釣る前も餌すらなかった。

 

 

 

結婚指輪なし。

 

 

ハネムーンもなし。

 

 

誕プレもなし。

 

 

ないないづくしの結婚生活。

 

 

 

あるのは無関心と暴言と

否定の言葉。

 

 

 

 

よく頑張った、私。
えらい!