ブログ4周年に寄せて

本日3月11日で、東日本大震災から10年目を迎えますが、今年は『マハー・シヴァラートリ』祭と重なる稀有な日となりました。

この節目に、シヴァ神の恩寵が静かに注がれますよう、心からお祈りいたします。


マハー・シヴァラートリについて


神、大師方の介入

東日本大震災では、私たちの背後で、大悟された偉大なる御方々が救済のために尽力をされていました。それらは一切報道されることのない真実です。主なる存在と大師方の介入で、多くの人々が一命をとりとめ、その不思議な体験を語っています。

現在、生き残った人々の中には、災害が起こる前にタイミング良く何らかのサインを受け取り (地震が起きる2週間前に通り道に突然避難所への案内が置かれ、毎日目にしていたために命拾いしたなど) 、そのおかげで助かった、という報告がシェア・インターナショナル誌にも掲載されました。

ただ、私たちは、毎日慌ただしい日常を送っていますから、天が私たちのために逃げ道を用意している…という微細なサインに気づけないことの方が多いかもしれません。ただの偶然と呼ぶには惜しい出来事が世の中には沢山存在しています。


ブログーこれまでの道のり

このブログも、先月2月11日で4周年を迎えました。

ここまで続けてこられたのは、真我なる大勢の兄弟姉妹の皆さんの貴重な応援のおかげだと思います。

この記事に関わらずですが、霊的な内容や、特に神性に関する (時に難解な) 内容に、真摯に耳を傾けられる…ということは大変意義深いことです。また、たとえ詳細をスルーしても、神聖で霊的な内容に関心を持つということ自体が、神の導きと祝福に違いありません。

そして、ここに至るまで、記事の作成中に様々なことがありました。記載できない奇跡的な出来事や数々の難題も生じました。

私の場合、皆が寝静まる丑三つ時を優に超える頃にようやく自分の時間ができるので、毎週末 (休日前) は、ほぼ徹夜で執筆作業をしてきましたが、今思えば、よくそのような状態で続けてこられたものだと思います。

そのおかげで、昨年は新年早々、疲労から骨折、そこから別の疾患が発覚し、コロナ自粛の影響も重なり、昨年はどうにも身動きのとれない1年となりました。

遡れば、ブログを始めてからの最大の難関は、S.I誌の著作・肖像権の問題が発生した時でした。この案件で、写真は全て外し、すでに読者となってくれていた皆さんが混乱しないように、同タイトルに合わせ、自分の言葉と文章で、さらに平日も不眠不休でリライトし直したという時期がありました。


この時点で、このブログの内容は、リアルタイムで情報を伝えていたクレーム氏のものから、20世紀初頭に公開された D.K (ジュアル・クール) 覚者の伝えるアリス・ベイリーの秘教書籍とスワミの御講話に切り替えて軌道修正することになりました。

そのため、普遍的な教えの他は、D. K 覚者の情報が大分過去の時世のものであることと、クレーム氏の翻訳文と比べると、それら (D. K 覚者) の引用文がさらに重厚で老練さを増し、このブログがやや啓蒙的になっていったような印象があるかも知れません。

✴︎秘教徒のクレーム氏の発言は、ご自身の師である覚者の直接の回答 (その他、マイトレーヤご自身の言葉) とアリス・ベイリーの書籍がベースになっています。

天使のメッセージブログだと思って訪問された方にとっては、やや期待はずれだったかも知れませんが、ここでの内容が、わずかなりとも、大師の伝える教えや自己の真理へと導かれる窓口の一つになったならば幸いです。 

筆者としては、天使関連の内容から、是非、未来を担う若い方々にも、世界情勢の裏側や霊的進化の真実、真我魂である自分自身の霊的な本性を知ってもらいたい、というのが一つの狙いもありました。

クレーム氏は、大師の帰還 (特にマイトレーヤの再臨) を伝えることが何よりも性急と言われていただけに、その権利の問題により、発信する側の責任と基本的な姿勢など、改めて考える良い機会でもありました。

また、この秘教関連の執筆で気づいたことの一つに、私たちが霊ハイアラキーの内容をお伝えする場合は、十分な注意が必要だということです。

 A. ベイリーの書籍中には気軽に扱ってはいけない云々、との記述もあり (秘教とは、伝統的に、過去には秘された教え秘儀でした)、読み手の解釈に誤解があれば、ハイアラキーの意図大師の教えと全く違ったものを公に出してしまう、または、読み手に誤解を与えてしまう可能性もあるわけです。書籍中には、慎重に扱わなければならない文章 (事象)、そういった箇所も見受けられます。公に出してはいけない (表に出せない) 内容もあるのです。

秘教の霊的なメカニズムを知る以前に、ハイアラキーが神の愛のエネルギーセンターであること、惑星の聖なる主の同胞団であることを (アリス・ベイリー風に言えば) 知的に理解していなければ、本来の神聖な教えとは外れた方向 (低位サイキックやアストラル界のグラマー) に傾倒する可能性も出てきます。かつての神智学協会が混迷した大きな理由に、この知的 (実際にはメンタル的) に理解し、協会を運営することが出来なかったことがあげられています。

〈補足〉闇のアデプトの存在

大智のマスターやアデプトの中には、知においては高度に進化をしているものの、愛の面を全く欠いた者も存在しています。彼らはハイアラキーのようにブッディの光のレベルでは活動されていません。ですからアストラル界の存在ということになります。また、その幻影の界であるアストラル界には、ハイアラキーの大師のコピーも多数存在しています。大師方に承認された弟子以外の一般の人々が、大師や覚者をチャネリングすることはできません。公式の団体がクレーム氏のような直弟子を通じた正当な経緯で、大師の教えやメッセージを正確に伝える理由がお分かりいただけるかと思います。



それをできる限り的確に識別して把握するためには、当然思い込みや偏見を持たずに熟考し、冷静に関わっていくことが必要になるわけですが (そのために私も行をしているのですが)、高位のイニシエートでもなければ当然限界があります。そこで私は自分の言葉に置き換えずに、聖なる波動そのままに、大師の言葉をそのまま引用して掲載してきたのです。

秘教について

秘教とはどのような分野であるか、H. P. ブラバツキーは、「どの (仏陀やイエスなどの歴代の霊的教師) 教師あるいは秘儀参入者も、一般大衆向けに何かを書き残したためしはかつてない。彼らの一人ひとりが、ある事実および事蹟に関しては例外なく沈黙と守秘を勧告してきた。」と語っています。
✴︎D. K覚者は、A. ベイリーの書籍で「一般に向けて」とも語られています。それは、下にも引用していますが、熱誠家、弟子、第三段階以下のイニシエートのための内容であるということです

「秘教を学ぶ人々の一般的な平均的知性と進化段階の観点から見て、秘教がどのようなものであるかを定義することは役立つであろう。真の秘教は (ハイラーキーの観点から見ると) あなた方が理解できるよりも遙かに奥の深いものであることを思い起こしてほしい。」

「神秘家は決して真の秘教徒ではない。なぜなら、神秘家が意識の中で扱っているのは、エネルギーやフォースではなく、(神、キリスト、最愛の者と呼ばれる) 漠然とした「何か他のもの」だからである。したがって実際には、自分の魂の飢餓感を満足させるものを扱っているのである。現在非常に速やかにフォースとエネルギーの世界を扱うようになり、そこに入ろうとしている科学者が、実際には真の秘教徒である」

「秘教というものを把握しようと努力する人々や秘教を学ぶ人々に教えようと努める人々すべてにとっての基本的なアプローチは、エネルギーの世界に重点を置くこと、そして現象の世界 (私はこの言葉によって、人間の進化が行われる三界を意味している) のすべての出来事の背後にエネルギーの世界が存在しているということを認識することである。このようなエネルギーは極めて多種多様であり複雑極まりないが、すべてのエネルギーが原因結果の法則のもとで運動し作用している。」

新しい時代の教育』 P103ー104


少数の一部の人々が沈黙と守秘を誓い、隠れるようにして秘密の教義を習得しなければならなかった理由の一つとしてあげられるのは、中世のいわゆる知的職業であった学者でさえも、彼らの意識レベルが、D. K覚者曰く、現代人の14歳程度であったと話されていることから (情報化世代で、教育水準の高い21世紀の先進国の子供たちのIQや意識レベルはさらに上がっていると思いますが)、当時の人々には、それ以上の知恵や識別もなく、秘教の基本的な内容を知的に判断し、純粋に正しく理解することすら無理があったためではないかと思われます。

現代において開示されたとはいえ、高度な知覚を有する悟られた覚者と、我々人間との間にある知的認識の差には歴然とした限界があり (しかしながら、大師も進化途上にいるということは、完璧ではない、と仰られています) 理解よりも誤解を招く可能性がある内容も多く、注意が必要な分野であることは念頭に置くべきかも知れませんが、これらの書籍の中で、カモフラージュのために、度々象徴的な言葉や暗喩が使われています。


秘教書籍の内容が
なぜ象徴的に語られているのかについて

この論文がハイラーキーのメンバーのために書かれているのではなく、熱誠家、弟子、第三段階以下のイニシエートのために書かれたものであるため、私が述べることが多少「隠され」、象徴で覆われていることが、あなた方にも分かるであろう。述べることのできる多くのことを (適切な言葉が存在したとしても) 私は述べずにおくことになるであろう。見る目をもち、聞く耳をもつ者は行間を読み、私が与える象徴と示唆と言及を正しく解釈するであろう。


(中略) 私がこれから述べることは、多くの人々にとって意味がないであるろう。しかしながら、苦闘する弟子にとっては、多くのものが実際に役立つものである。私は、この結びになる本において、弟子の熱意を煽り、理解を深め、愛する能力を刺激し、マインドを啓発するよう努めている。私はこのように努めているのである。一方、弟子は、深く謙虚になり、瞑想的思索的な姿勢を保ち、与えられた概念を物質的にする──そうすることはたやすい──のを慎み、この主題に取り組むようにしなさい。教えを肉体意識のレベルに下げないようにしなさい。これらの言葉で私は基本的なヒントを示唆している。」


『光線とイニシエーション』より


弟子の自由意志

D. K覚者は、今日、「弟子は知的な行為者と見なされ、最善と自分が思うように必要条件を満たす自由が与えられているために服従は今日では強要されず、秘密を守ることも強制されていない」と告げています。

ただ、秘密を口外する危険性があれば、弟子はアシュラム=イニシエーションの場に入ることが許されない、ということですから、自己責任の一端を担っているということになります。


実際、私たちは、生まれてからこれまで、様々な固定観念や既成概念に条件付けられて生きているため、あるがままに世界を見る (認識する) ことができないわけです。

さらには、過去世からの諸傾向 (カルマ) もあります。全てに影響を与える (七つある) それぞれの光線の影響もあります。それらが、私たちという個の人間を形成しています。

ですから、当然、批判や批評、非難や判断、好き嫌いなどの嗜好も生まれてきます。(ただ、批判は、破壊的にならない限りは、健全なものである、ということも言われています。他を害する行為である誹謗、中傷は、原因結果の法則でいずれ自分に返って来ますから、他者ばかりでなく自分自身をも傷つけることになります。

今、社会で誹謗中傷が蔓延しているのは、人々の心に他者を思いやる気持ちが欠けているということの表れです。愛が欠けてしまっています。残念なことに本当の神性な自分を忘れて (神性な存在であるということに気づいていないわけですから)、感情に支配されて野獣のようになってしまっているということではないでしょうか。でも、残念ながら、これは有史以来、人間の営みの中で常に起きて来たことかも知れません。

この世界の多様性自体があるべき姿なのですが、背後に存在する一体性 (真我、魂、源は一つ) を見ることができないために、たとえ目の前に真理が提示されても受け入れるさえ難しくなります。

それでも、依然として真理はそこにあり、それらを教え、伝える偉大な大師が世に現れます。


修行、訓練、ヨーガ

霊的教師たちは、無法の時代に、神仏の導き (自己の本質) のみを頼りに、生命の危険を顧みず、自らを犠牲にして、人々の救いと (遅々とした) 進化のために高度な知識と貴重な教えを説いて来られました。

歴代の霊的教師は、伝統的には修行 (または儀式的な行い) という形をとり、人々を教え導いて来ました。

私は、このブログで満月の記事を書くようになってから、霊的な祭事の他に、毎月の満月に断食と瞑想をして過ごし、満月祭を挟む5日間の主要な時刻と、毎深夜に  (若干時刻がオーバーしてしまうこともありますが) 大祈願を唱えて祈ってきました。

大祈願は、太陽系規模の非常に強力な道具 (マントラ) と言われています。

我が家には、瞑想ルームやプージャルーム、及び自室がないため、コロナの影響で、昨年4月からは祈りの場はリビングにある祭壇ではなく、お風呂や寝室やキッチンなどの生活スペースなどの他、移動中になりました。家族で霊性を実践しているのは私一人のため、共有スペースを独占して迷惑をかけないためです。


肉体を訓練するヨガや断食等についてですが、「現代の弟子は成長して肉体の欲望からは脱しているはずである」…とのことから、「肉体の訓練はもはや不可欠ではなく、知的で、愛に満ち、自由に奉仕する現代の弟子には、そういったものは必要ではないと見なされている」と伝えていますから、必ずしも伝統的な方法を取り入れる必要はなく、最終的に採用するか否かは、個人の信仰や信念の問題かと思います。

新時代のワクチンと治療

「人間は物質界のみに存在するのではなく、メンタル (識心) 界にも霊的 (スピリチュアル) 界にも存在するのである。人間は非常によく働き、多くの物質的な富や知識を創造してきたが、メンタル体や霊体に対してあまり注目を払わなかった。霊的な破産が世界に病気の災難をつくり、他方、メンタル (識心) 界における不健康が地震や爆発や殺人などのような物質界の災害を生じさせる。」

 「わたしはあなたの背後にいる。わたしのパワー(力)を認識して、それを癒しのために、そしてあなたの人生を豊かにし、より良くするために使いなさい。」

これは、書籍『いのちと目的』からのマイトレーヤの言葉の抜粋ですが、パンデミックのような疫病も、物質に偏ることでもたらされた霊的な破産が原因であることを告げています。


クレーム氏は、さほど遠くない未来に、病気が潜伏したままその悪影響を無くすというワクチンが作られると語っています。

また、長期にわたる治療と人の意識の相関関係についても言及していますが、私たちの意識が変わる (真我の光を認識するに従って) ことが治癒に影響するのだと話されています。

私たちが、魂の乗り船である肉体 (肉体と情緒体とメンタル体=パーソナリティ=真我の宮殿) だと思う (同一認する) 限り真の治療はなく、逆に、私たちが真我であると認識することにより、真我はその光 (エネルギー) を降下させて乗り船 (肉体) に浴びせることにより、全ての病気を癒すことができると語っています。

私たちが、肉体ではなく、真我、または魂であることを認識できれば、あらゆる苦痛から解放されるということです。

私は、人類がこの苦痛から解放され、平和で喜びに満ちた日々を送ることができるようにと毎日祈っています。人間ばかりではなく、動物たちも、目に見えぬ存在も、生きながらに平安を得られるように祈っています。

いたるところに恩寵がありますように


この「すみれ」は、父が旅立つ少し前に、母が庭から引き抜いて持たせてくれた花です。私の父は、霊性の分野にいたわけではありませんでしたが、人生を通じて人格を磨き、慈愛に溢れたお手本のように非常に立派な人でした。



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愛と感謝を込めて


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