2014年3月18日 Mon
先週木曜日、
わたしの父方の祖父が
亡くなりました。
それに伴い、
先週の金曜日から、
愛知県の実家の方へ
急遽帰省をしていました。
4名いた祖父母のうち
最後の祖父母でしたので
これで、僕にとっての
存命中のご先祖様は
両親のみとなりました。
享年97歳。
本当に大往生だったと
思います。
思えば、うちの
父方の祖父は、
第二次世界大戦を生き抜いた
生の戦争を経験している
いまや希少な人物でした。
戦時中には、
第一線に駆り出され
船上での撃ち合い末、
一発の銃弾が
祖父の耳をかすめ
片耳をほぼ失っております。
僕が物心ついたときから
その祖父の片耳が
つぶれていたのを
ずっと見てきたので、
多感な年頃の僕の心に
深く、様々な思いが
刻み込まれたのは
言うまでもないでしょう。
それにも負けず
祖父は、その後
一代で事業を立ち上げ
青果問屋を興し、
うちの親父に引き継いで
引退をしています。
父から話を
聞くだけでなく
僕がはたから
推測するだけでも
祖父は立派な人物で
あったとともに
"強運の持ち主"
だったとも思います。
一触即発の銃撃戦を
生き抜き、
親父を生み、
僕が自立するまでの
生活資金や学費を
捻出するための礎を
築き上げてくれた祖父。
僕がいま
生きていて、
こうして幸せで
いられるのも
やはり言うまでもなく
祖父のおかげの
何者でもありません。
今回のお通夜、
それからお葬式ですが、
不思議と、
悲しみというよりも
むしろ
感謝の気持ちと
労いの思いが
非常に強かったんです。
まわりでは
泣いて下さっている方も
もちろんたくさん
いらっしゃいましたが、
僕はただただ、
「ありがとう」
「ご苦労さま」
と、何度も何度も
心の中で
つぶやいていました。
僕にとっては
今回の出来事は、
祖父との別れ
ではなく
人生の"バトンタッチ"
だったんだなと
そんな風にとらえています。
生きるか死ぬかの
瀬戸際をくぐりぬけ
戦後も精一杯生き抜き
親父を生み
僕が生まれました。
今度は僕が
"生"という尊い時間を
精一杯生きる番です。
自分には世の中に
何を残すことが
できるか。
ご先祖様を背負って
"生きた証"を
いい形で残し、
命のバトンを
次の世代につなげて
いきたいと思います。
また、越えるべき
目標ができた。
おじいちゃん
おつかれさまでした。