マクレーン(右)「あれ?そういえば今日ってお前のじいさんの命日じゃなかったか?仏壇があれば3000円で拝んでやったのに、お前の家は位牌もないからな。せめて墓参りぐらい行ってやれよ」
あすか(左)「やだ。お祖父ちゃんのお墓って墓石にただ『無』って刻んでるだけだもん。生前に勝手に一人でそんなの立てちゃってさ。そこにはなにもいないよ」
マクレーン(右)「『無』は何もないことじゃねーぞ。『無という存在』がある」
あすか(左)「それって出典、なに?」
マクレーン「インドではそう言う」
あすか「……ないことには違いないよ」
マクレーン(右)「仏教では『未生無(みしょうむ)』といって原因が無ければ、結果もまた無いということ、『已滅無(いめつむ)』といって過去にあったが滅したものは、すでに無いということ、『不会無(ふえむ)』といって今この場所に無いということ、『更互無(こうごむ)』といってオレはお前では無い、お前はオレでは無いということ、『畢竟無(ひっきょうむ)』といって過去に無く、未来に無く、現在にも無いということは存在し得無いこと、この5つの『無』を教わるんだ。無という言葉は存在する」
あすか「でも、お祖父ちゃんはもうどこにもいないよ」
マクレーン「いるさ。物理の世界だって、何もない真空から電子と陽電子の組み合わせがポンッと現れるんだぜ。無という状態はないんだよ」
あすか「お祖父ちゃんは電子と陽電子になっちゃったのかなあ?」
マクレーン「何を言ってるんだ、じいさんはあの世からちゃんとお前を見守っているぞ。坊主のいうことは信じろ」
マクレーン(右)「死者のために拝んでやるとか、何かいいことをすれば自分にもいいことがあるぞ」
あすか(左)「私の本が今より売れたり、お年玉付き年賀はがきが当たったりする?」
マクレーン「心が豊かになる」
あすか「3000円あればハードカバーの分厚い専門書が買える」
マクレーン「おいおいおいおい」
マクレーン「じいさんのいい来世を願ってやる気はねーのか?」
あすか「もし来世蠅か蚊だったらお経聞いても何のことだか分からないでしょ。お釈迦様はご先祖を拝めって言ってないよね?」
マクレーン「お前、貧しいぞ。一寸の虫にも五分の魂は宿るんだぜ。小さくても命だ、蔑ろにしちゃいけない。連中のほうがオレ達よりずっと仏法を分かっている。今から寺に来いよ」
マクレーン「じいさん、もうずっと孫が会いに来てくれなかったから淋しがってるかもな。きっと喜ぶぞ。ほら、線香とろうそくセット」
あすか「分かったよ」
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その夜、あすかっちはお祖父さんの夢を見ました。お祖父さんはすっかり若返って髪が黒々、肌も艶々として、存在感タップリでとても元気そうでした。見覚えのない甘味処であんみつを美味しそうに食べていました。でも、あすかっちは歩いても歩いてもお祖父さんのそばに辿り着けないのです。お祖父さんはあすかっちに気づかず、あんみつを平らげました。そこで目が覚めました。
何気なくテーブルの上に置いた、残りのお線香からかすかにみつ豆のような香りがしました。