了(左)「『いかりのにがさまた青さ 四月の気層のひかりの底を 唾し はぎしりゆききする おれはひとりの修羅なのだ』ってどう思う?」
あすか(右)「宮沢賢治の『春と修羅』だね。響きのカッコイイ詩だけど。自意識過剰と己の野心と聖なる者への憧れに苦しんだ上、生みだしたんじゃないの。私もまた修羅みたいなモノだから分からなくもない」
了「解釈それでいいかまで分かんないけど、あすかっちが修羅?」
あすか「たまに思うよ。争いと諍いの多い世界でずっと戦ってるな、もっとビッグになりたいという野心が強いなって。だけど同時にそのことで苦しんでて、安らぎが欲しいとか。了くんもそういう気持ちになったことない?」
了「ない」
あすか(右)「ふーん。じゃ、心はいつも静寂?」
了(左)「……とは限らないけど、そうありたいと願っている。そんなに苦しいことじゃないよ」
あすか「じゃ、きみは修羅じゃなくてヒトだね」
了「オレは分からない。だけどあすかっちはちゃんとヒトだよ。全然修羅じゃないよ。ただちょっと短気なだけ」
あすか「そう?」
了「宮沢賢治とは比較にならないよ。あすかっちは宮沢賢治と共通項、今のところそんなにないんじゃないかなあ」
あすか「ふーん」
了「このしょっちゅう出てくる『ZYPRESSEN』ってなに?」
あすか「糸杉のことだよ。セイヨウヒノキ。葬列を暗示する言葉だから、賢治の妹ヘの思いを書き連ねてるんだと思う」
了「『思う』なら正解じゃないだろ、よく分からないなら無理して答えなくていいよ。みっともないから。ま、当たらずとも遠からずだけどね」
あすか「地味に腹立つ。答えなんてヒトの数だけあるんだよ」
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私は宮沢賢治マニアではないので、かれの著作物を全部読んだわけではありません。だからかれの他作品との比較は出来ません。
ですが、「春と修羅」のこの「いかりのにがさまた青さ……」は私のつらさ、また悲しさでもあったのです。
参考文献です。
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