毎年、冬になるとやってくる女友達がいる。
彼女のアパートからそう遠くない、駅からも近くてアクセスは悪くない位置にあるのに、冬にしか来ない。
「やあ、久しぶり。今年も来たんだね」
「久しぶりだね」
照れたように彼女は微笑んで、手持ちぶさたにめくっていたヘアカタログを置いた。
「ショートカットにしてほしいの」
鏡の中の自分と目を合わせながら彼女は言った。
「うん。髪色とかパーマとかは?」
「黒に戻すわ」
鎖骨あたりまで伸びた栗色の毛先を弄りながら、きっぱりと言う。
彼女は毎年、真冬になるとお店にやってきて、髪をショートカットにして帰っていく。そんなことがもう3年程続いていた。
「最近どう?」
シャンプーを終えた彼女が戻ってくると、僕は彼女の髪に鋏を入れた。
柔らかくはないが、硬くもない。
細くないが、太いわけでもない。
スタイリングはしやすい方である。
髪に色を入れている割に痛んでいないのは
きちんと手入れをしている証拠だろう。
「楽しいよ。仕事も慣れてきたし」
「そっかー。広告デザインだっけ?」
「うん。色んな人がいるよ、上司。みんなでお酒とか飲むとすごいことになるの」
淡々と、短いセンテンスで語る彼女の話法は、それこそ冬の風のように、すっと体の中を通った感触だけを残して消えてしまう。
それでも、確かに触れているとは思うのだ。
「でも、あなたも昇進したでしょ?肩書きが変わってたわ、ホームページ見たけど」
「おかげさまで。まあ、もう4年目だしね」
「一人前?」
「一人前一人前」
大人になったねぇ、と彼女は呟く。
「ははっ、もう24だしね」
「年寄りだー」
こんな感じでどう? と鏡で後ろを見せる。
白くて細い首がむき出しになっていた。
「ねぇ、いつも思うんだけど、首寒くないの?」
「ん?んー…マフラーしてるからそんなに。大丈夫よ」
「ふうん」
彼女が髪に色を入れている間に隣のお客さんのカットにあたっていた。
「昔の彼女?」
にやにやしながら聞いてくる、いくつか年上の彼女に、まさか、と笑う。
「高校の同級生ですよ。仲よかったんです」
いつもお決まりの5人組だった。そのうちの二人はいつしか恋人同士になって、だから僕ともう一人の友人と彼女、そして二人、という小さなまとまりがあった。でもそれはとても自然なもので、基本的にはいつも女子二人が男子三人のバカを見ている体だった。
「高校生かぁー、懐かしいなあ」
彼女は全く年取ったもんだわよ、と呟くと雑誌に目を落とした。
髪の毛が真っ黒になった彼女が戻ってきた。さっきまでと同じワンピースなのに、黒髪ショートというだけでなぜだか幼く見える。それなのに後ろ姿のうなじは妙な色気があった。
「似合うね、ショート」
「でしょ?だって君が言ったんだもん、絶対ショート似合うはずだって」
「そんなこと言ったっけ」
「言ったよ。忘れちゃったの?高2の冬にさ」
彼女は小さく唇を尖らせた。
「え…あー、あー!!はいはい言ったわ俺、」
突然、そのときの光景がフラッシュバックした。
夕焼けの差し込む教室で、彼女と二人きり、確かあれは部活組が終わるのを待っていた。
そうだ、部活組が終わるまでの時間、ほとんど毎日とりとめのないことを語り合っていた。
最近聴いてる音楽、クラスのやつらのこと、将来のこと…
「……まだショートの女の子、好き?」
「え」
「なんて、ね。ねぇ、お会計して?」
くるりと背中を向けた彼女の首がほんのり赤かった。
そうだあのときはお互いに好みの異性のルックスの話をしていて、
僕ははっとして、もう一度、彼女の背中を見つめた。
白いうなじ、細い肩、髪を切ったら出てきた不思議な色気。
『俺、ショートカット好きだなあ』
***
「ねえ、こんど一緒にご飯食べようよ」
久しぶりに、いや、みんなとじゃなくて、二人で。
気恥ずかしくなって言葉を重ねる僕に、彼女ははにかみながら頷いた。
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