じめじめとした街。
廃墟のような建物に、整備のされていない道。
歩いている俺の足元を、鼠が走り抜けていった。
空の方を見ると、幾羽ものカラスが飛び交っている。
ーーーーここ、本当に日本か?
そうは疑ってみたものの、残念ながら俺に海を渡った覚えはない。
つまり、間違いなく日本だ。
ここは、日本の裏社会の人間たちが住んでいる、暗黒街と呼ばれる地域。
特に、裏の商売を生業にしている者が集まっている。
一般人の俺がこんなところに来ているのは他でもない、人捜しのためだ。
でなきゃ、誰がこんなところに好き好んで来るものか。
怖いし、寒いし、汚いし……三拍子揃ってしまっていて最悪だ。
だが、俺は絶対に見つけなければならない。
俺の人生を変える絶好のチャンスなんだから。
絶対見つけてやる……
俺は、絶対にあの人に会うんだ!
「……ん…?ここ、か…?」
二時間ほど歩き続け、そろそろ足が限界を訴え出した時、俺は視界にある看板を見つけた。
『Seris's magic shop』
「ここだ…!」
やっと見つけた。
だが、看板も錆びていて店の電気は消えている。
営業していないのだろうかと不安に思いドアノブに手をかけると、
ガチャリと音がして少し扉が開いた。
ーーーー開いてる…?
恐る恐る扉を開ける。
すると、暗い店内から鈴のような女の子の声が響いてきた。
「我は汝を召喚する。
ああ、バールよ。
天の王よりいただいた力を込めて汝に命ず。
ベララネンシス、バルダキシンスス、パウマキア、アポロギアエ・セデスによって、
最も強力なる王子ゲニィ、リアキダエ、およびタタールの住処の司祭によりて、また第九の軍団におけるアポロギアの第一王子によりて…………」
部屋の何やら複雑な魔法陣の真ん中に少女が立っていた。
彼女は凛とした声で、朗々と言葉を紡いでいく。
「ああ、汝、精霊バールよ、我は汝に命ず。
言葉を口にすればただちにその命令を成し遂げられん御方によりて、
またすべての神々の名によりて、
またアドナイ、エル、エロヒム、エロヒ、エヘイエー、アシェル、エハイエー、ツァバオト、エリオン、イヤー、テトラグラマトン、シャダイ…………
………………ん?」
女の子が、扉から差し込んだ光に気が付いてこちらを一瞥した。
「……あぁ、お客様か。じゃあ、これは後にしよう」
そう言って彼女は店内の照明をつけた。
すると、さっきまでの異様な雰囲気が嘘のように吹き飛ぶ。
俺がどうしたらいいかわからず立ち尽くしていると、
少女はくるりと振り向いて先ほどの雰囲気とは全く異なる無邪気な笑顔を俺に向けた。
「いらっしゃいませ!
Seris's magic shopにようこそ!」
「え………あ、はい、どうも…」
俺はこの時、ポカンとアホ面をさらしていたことだろう。
だってさっきの、凛とした表情で朗々と呪文を紡いでいた少女とは全く違う子にしか見えなかったから…
少女が豪奢なゴシックロリータを揺らしながら俺に近づいてくる。
彼女はどんどん俺の方に歩いてきて、そして。
「へぶっ!」
こけた。
「……………………。」
「……………………。」
「………えぇぇぇええ!?」
待て待て待て待て!
なんだこのコントみたいな展開!
今そんな雰囲気じゃなかったよな!?
絶対「なんでやねーん」的なコントみたいな展開になるとこじゃないよな!
「あの……だ、大丈夫ですか…」
とりあえず手を差し伸べてみる。
すると少女はむくりと起き上がり、俺の手を強く握って泣き出した。
「!?!?」
「うぇぇ~!
ごめんなさいごめんなさい!
こんなみっともない姿見せちゃってごめんなさいー!
見限らないでください!お願いしますお客様!」
「え、あの………」
ビービー泣いているこの少女は、どうやら俺が呆れて依頼を止めてしまうことを恐れているようだ。
でも、なんだろ。
なんか調子狂うなぁ……
「落ち着いてください。俺は依頼に来たんじゃありません。
あなたに会いに来たんです、セリスさん」
「…ふぇ?私に?」
しゃくり上げながら俺を見上げてきた。
ということは、やっぱりこの子がセリスさんなのか。
まさか、こんな小さな子だとは思わなかったけど……
でも、セリスと聞いて自分だと認識したということは、本当にこの人が…
世界に名を轟かす大魔術師、魔女セリスなのだろう。
やっと見つけた。
俺は、やっとこの人に出逢うことができたのだーーーー
第一話 Seris's magic shop End…