kagachanのブログ

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日常の7、8割がたをふざけ半分で生きている男のひとりごと。

売れないフリーライター兼エディターのkagachanが

見聞したことについてあれこれほざきます。

発言内容ついての一切の責任は筆者にあります。

ま、誰も読んでないと思いますが。

なお、名前は本名です。東野圭吾氏の小説に出てくる

「刑事・加賀恭一郎」を模したものではありません。

私のほうがはるかに先に生まれているので。

特定の個人の誹謗中傷はしないように細心の注意を払いますが、

筆が滑らないとも限りませんので、

その際は注意してやってください。

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昨日、山中湖で釣ってきた83匹のワカサギを調理した。

調理といっても、昨日の晩、よく水洗いし塩をふって冷凍したものを自然解凍し、

塩コショウを振って電器鉄板器で焼いただけ。


魚焼き用の網があればよかったのだが、

ないので、草津男が編み出した新料理、

魚の炒め物にしてみたわけだ。



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以前にから揚げを試したので、今回は塩焼き(というかワカサギ炒め)に挑戦したのだが、

これも、うまい! うますぎる。

さすがに80匹あると食べ応えがある。


ちょっと引っ掻き回しすぎたので形が崩れ、見た目が輪悪くなったが、

全然いける。

これぞ男の、というかオッサンの料理。


ぜひお試しあれ。




最近、新設大学が増えてこともあってか、

本来、先生と呼ばれるような人じゃない人も大学の先生になっている(教授とはいかなくても、

准教授とか講師とかで)ケースが多いような気がする。

異分野から招くのは、教育のオープン化・多様化という意味ではいいことだろうが、

それも、それなりの資質あってのことではないだろうか。

あるいは、もうとっくに引退いただくべき方に無理やり教鞭をとらせていたりすることもある。


わたしがとくに不思議に思うのは、とくに高齢の方に多いのだが、

パソコンが使えない、と平気でのたまう先生が多いことだ。

いまやどんな企業でもパソコンなしには仕事にならないし、

大学だって休講のお知らせとか、内部での報告・連絡にパソコンは欠かせないはずだ。


「原稿はやっぱり手書きじゃないと、いいものは書けない」というのは、

ハッキリいって完全に詭弁で、要は覚える気がないんだと思う。

何もCGを駆使してアニメを作れといっているのではないのだから、

文書の作成やネットやメールを使えるようになるくらいは、

自転車と同じでその気になって取り組めばたいていの人はすぐに普通に使えるようになるはずである。


そのレベルはもはやITだとかいうものではなく、電話をかけられるか、FAXでモノを送れるか、

地上デジタルのテレビを観られるか、といったものと同じ程度ではないか。

それを放棄してしまうというのは、「アチキは電話のかけたかしらないので、伝書鳩で送ります」

と言っているに等しいほど、時代遅れだ。


学者とか研究者とか、少なくともその分野では時代の最先端を目指さなければいけない人が、

そんなことでいいのだろうか、と思わずにはいられない。


翻って、先の福島第一原発の事故。

事故直後、多くの御用学者がテレビに出てさんざんぱらいい加減なことを言っていた。

「三基ともメルトダウンした、あるいはする可能性があります」

と警告する学者先生は皆無に近かったのではないか。

「だって、東電がデータちゃんと出してくんないだもん」というのは、

エクスキューズには決してならない。

普段、先生先生と下へも置かない扱いを受けている研究者ならば、

「最悪、こういう危険性があるから、こういう備えをしておくべき」

と広く国民に知らしめるのが、使命なのではないか。

いま広がる甚大な被害の中には、事故直後から適切に対応していれば防げたものも、

少なからずあったのではないだろうか。

御用学者の中で少しでも良心の呵責を感じている人がいるなら、

せめてこれまでの妄信的な原発推進の片棒を担ぐようなマネはやめるべきだ。


誰か、事故直後のテレビで誰が何を言って、それが実際はどんなだったかを、

検証してみてください。


一覧表でも作って、エクセルで。


哺乳類のなかでも常に女性のおっぱいがあんなに膨らんでるのは

人間だけだそうだ。


人間の女性のおっぱいがなぜ常時大きく膨らんでいるかについては諸説あるようだが、

現時点でもっとも合理的と考えられているのが、「性的なアピールのため」というものらしい。

おサルさんなど四足歩行の動物は、繁殖期になるとおケツが赤くなったりしてアピールするが、

これはオスの視線におケツが入るためで、二足歩行の人間は、

おケツでアピールしても比較的視界に入りにくい。

おっぱいなら、目に入りやすいというわけだ。

妊娠期や授乳期でもないのにつねにおっぱいが大きく膨らんでいる必要はないわけで、

人間が年がら年中発情していることを考えると、

「性的アピール説」は納得しやすい。

(もっとも、江戸時代は男性はあまりおっぱいに興味がなかったとか、否定的な説も根強い)


だとすれば、まったく性的魅力を感じない貧乳というのは、

本来の機能を果たしていないことになる。

つまり機能不全だ。

臓器が機能不全を起こしているということは、すなわち疾病である、

というのが加賀理論である。

もし私の理論が正しいのなら、豊胸手術に健康保険を適用すべきである。


ただし、世の中にはいろんな趣味の人がいて、

まっ平らな胸が好きだ、という男性もどこかにいるだろう。

地球上のすべての男性が興味を示さない貧乳というのはほぼないだろうし、

あっても証明は無理。

つまりひとりでも「その胸、いいね」という人がいる可能性があるなら

機能を果たしていないとはいえないわけで、

疾病と断定するのは不可能に近いのが現状だ。


要するに、貧乳でもあまり気にするな!