4/3 日曜日 予め宣言
たまに雪がチラついたりしていて
コンクリートの乾いたところと濡れたところの色が
なんだが、まだまだ3月だって言っている。
午前中、畑の耕起作業の準備として
トラクター二台(MF&FORD)のオイル交換。
段取り良く進んでいると思ったら
交換したのが、差し油にする予定で置いてあった
比較的キレイな廃油で
ある程度終わりが見えかけていたところで
イチからやり直す羽目に…。
早く終わるつもりが、結局半日かかってしまう。
午後から上の娘の入学準備。
イマイチ実感がわかないが、文房具など購入。
昨日あたりから、既に手元に届いていた学校用体育着を試着しているようだが
どうやら、楽なことに気付いてしまったようで
今日も、試着している。
ジャージの虜になりつつあるのか?
先日のブログにも書いたのだが
震災が起こってから、色々と考えている。
募金とか支援物資とか、流通の対応だとか、ね。
今年の初めだったかなぁ
「ほぼ日」に触発され、それをきっかけに自分でも考え
大筋「もうちょっと真正面で生きてみよう」とか考えてた。
「お金より信用だな」とかね。
他人の為に生きることが、自分の為になるのかもっても感じてたかな。
そんな中で、「私のところに寄付金を持ってきて」って感じの
各NPOのような団体の活動だとか
災難を得て生じた理想じゃない「あるがまま」の姿と
それを受け入れられない「受け手」の経済論理だとか
実際は、自分には全く関係がないし
自分は自分のできることをするだけなんだけど
そうじゃなくなってきた雰囲気を感じること自体に
もう嫌気が差してきている。
自分が追い求める理想に
今の状態が則していないのなら
アッサリ手を引いてもいいんじゃないかと考えている。
抜けた穴が簡単に埋まったことに対するショックが大きい。
自分達もしょせん捨て駒なんだと思ってしまったところから
なかなか抜け出せないでいる。
イイ年齢なんだから、そんな大人げないことするなよって自分もいるけど
ちゃぶ台をひっくり返してきた自分が、ムズムズしてきている。
なんか、そろそろやらかしそうな自分を自分が感じている。
コンクリートの乾いたところと濡れたところの色が
なんだが、まだまだ3月だって言っている。
午前中、畑の耕起作業の準備として
トラクター二台(MF&FORD)のオイル交換。
段取り良く進んでいると思ったら
交換したのが、差し油にする予定で置いてあった
比較的キレイな廃油で
ある程度終わりが見えかけていたところで
イチからやり直す羽目に…。
早く終わるつもりが、結局半日かかってしまう。
午後から上の娘の入学準備。
イマイチ実感がわかないが、文房具など購入。
昨日あたりから、既に手元に届いていた学校用体育着を試着しているようだが
どうやら、楽なことに気付いてしまったようで
今日も、試着している。
ジャージの虜になりつつあるのか?
先日のブログにも書いたのだが
震災が起こってから、色々と考えている。
募金とか支援物資とか、流通の対応だとか、ね。
今年の初めだったかなぁ
「ほぼ日」に触発され、それをきっかけに自分でも考え
大筋「もうちょっと真正面で生きてみよう」とか考えてた。
「お金より信用だな」とかね。
他人の為に生きることが、自分の為になるのかもっても感じてたかな。
そんな中で、「私のところに寄付金を持ってきて」って感じの
各NPOのような団体の活動だとか
災難を得て生じた理想じゃない「あるがまま」の姿と
それを受け入れられない「受け手」の経済論理だとか
実際は、自分には全く関係がないし
自分は自分のできることをするだけなんだけど
そうじゃなくなってきた雰囲気を感じること自体に
もう嫌気が差してきている。
自分が追い求める理想に
今の状態が則していないのなら
アッサリ手を引いてもいいんじゃないかと考えている。
抜けた穴が簡単に埋まったことに対するショックが大きい。
自分達もしょせん捨て駒なんだと思ってしまったところから
なかなか抜け出せないでいる。
イイ年齢なんだから、そんな大人げないことするなよって自分もいるけど
ちゃぶ台をひっくり返してきた自分が、ムズムズしてきている。
なんか、そろそろやらかしそうな自分を自分が感じている。
大安の4/1、吹雪の4/2
4/1
いよいよ4月、種まき準備を始める。
朝から種籾の選別。
通常、当地で行なわれている選別は「塩水選」と呼ばれるもので
塩を溶かした水に種籾を入れ、ある比重より軽いものを取り除き
重いものを種子として真水で洗って使うという方法だが
我が家では、数年前から単純に網を用いた選別機にかけ
種そのものの大きさで選ぶ方法ととっている。
種そのものの重さで選ぶ方法と、粒の大きさで選ぶ方法では
まるで基準が違ってしまうが
何年か経験した話をすると、それほど大きな違いはないようだ。
その為、我が家では、少しでも早く作業を進めるために
そして、なによりも春先の寒い時期に
冷たい水で作業する辛さよりも、選別機という方法をとっている。
種籾の選別後、種籾袋に入った「あきたこまち」他の種を
家の前に桶を用意し、水に浸す。
この作業によって、種が酸素に触れ、また温度がかかることで
徐々に芽を出し易いようになっていく。
また、この浸水の際、水に農薬(我が家では微生物農薬)を混ぜ
苗の段階で発生する可能性のある病気を予防する。
※ちなみに有機用の種は、選別のみ。
後日、温湯消毒する予定。
午後、お米の出荷。
事務処理。
4/2
午前、家に若干手を加える為、大工さんがやってくる。
作業の邪魔となる庭石を大型作業機で、掘り起こす。
その石を処分。
ビックリしたのは、庭石さえも産業廃棄物として処理しなくてはならないこと。
しかも、処理業者によっては○万円もかかる。
幸い、近くに作業しに来ている業者に聞いたところ
捨てる場所を提供してくれるとのことで、運ぶ。
昼前、他生産者のお米を倉庫へ。
午後から、倉庫へ運んだお米の検査。
精米。
取引先R社の生産者で構成する会で、被災地で炊き出しする旨のFAXが
昨晩届いて、参加者を募集するとのこと。
家族みんなが「行った方が良い」と背中を後押ししてくれた。
迷わず参加希望のReFAX。
参加希望人数が多い場合は、選抜されるようなので
必ず行くことになるわけではないが
何か役に立つことがあるならば、参加させてもらいたいと思う。
いよいよ4月、種まき準備を始める。
朝から種籾の選別。
通常、当地で行なわれている選別は「塩水選」と呼ばれるもので
塩を溶かした水に種籾を入れ、ある比重より軽いものを取り除き
重いものを種子として真水で洗って使うという方法だが
我が家では、数年前から単純に網を用いた選別機にかけ
種そのものの大きさで選ぶ方法ととっている。
種そのものの重さで選ぶ方法と、粒の大きさで選ぶ方法では
まるで基準が違ってしまうが
何年か経験した話をすると、それほど大きな違いはないようだ。
その為、我が家では、少しでも早く作業を進めるために
そして、なによりも春先の寒い時期に
冷たい水で作業する辛さよりも、選別機という方法をとっている。
種籾の選別後、種籾袋に入った「あきたこまち」他の種を
家の前に桶を用意し、水に浸す。
この作業によって、種が酸素に触れ、また温度がかかることで
徐々に芽を出し易いようになっていく。
また、この浸水の際、水に農薬(我が家では微生物農薬)を混ぜ
苗の段階で発生する可能性のある病気を予防する。
※ちなみに有機用の種は、選別のみ。
後日、温湯消毒する予定。
午後、お米の出荷。
事務処理。
4/2
午前、家に若干手を加える為、大工さんがやってくる。
作業の邪魔となる庭石を大型作業機で、掘り起こす。
その石を処分。
ビックリしたのは、庭石さえも産業廃棄物として処理しなくてはならないこと。
しかも、処理業者によっては○万円もかかる。
幸い、近くに作業しに来ている業者に聞いたところ
捨てる場所を提供してくれるとのことで、運ぶ。
昼前、他生産者のお米を倉庫へ。
午後から、倉庫へ運んだお米の検査。
精米。
取引先R社の生産者で構成する会で、被災地で炊き出しする旨のFAXが
昨晩届いて、参加者を募集するとのこと。
家族みんなが「行った方が良い」と背中を後押ししてくれた。
迷わず参加希望のReFAX。
参加希望人数が多い場合は、選抜されるようなので
必ず行くことになるわけではないが
何か役に立つことがあるならば、参加させてもらいたいと思う。
3/31、そして…。
昨日のブログを多少後悔していたり
もっというと、震災以後の自分のイケテなさを痛感しているのだが
昨晩、親友と呼ばせて頂きたい那須さんと、電話で二時間ほど話し
自分自身が大きな価値観の転換期にいるような気がした。
実を言えば、今頃になって、被災したであろう知り合いや
大丈夫かな?と心にとまる方々へ連絡し始めている。
今まで、仕事を通じて、それはそれで前向きではあったのだけれど
どちらかというと優先順位は、1.仕事、2.人間関係だった。
社会貢献なんて、言葉では使うものの
そんなものがどこに存在しているのか、気にも留めていなかった。
でも、今になって、自分の行動が自分だけの為でなく
誰かの役に立っていて欲しいと強く願い始めている。
農業を通じて、普段の生活を通して、自分の在り方をもって。
明日から4月。
一年を通して、今まで妥協し、
何かと理由をつけて自分自身を誤魔化してきた部分を
切り離すチャンスなのではないかと考えている。
「しょうがないよね」で片付けていたシステムや
認めていた必要悪は、社会から排除することは出来ないかもしれないけど
自分の中で納得できないのであれば
それは徹底的に、「NO」と言っていこうと思う。
また、それに則して行動していこうと思う。
自分が片目を瞑っていたこと、それが一人だけじゃなかった結果
今回の原発の事故につながっていたのだとしたら
その事故は、原発ということだけではなく
誰の中にも、今後障害として表れてくるような気がするから。
自分の幸せの為に、未来に犠牲を払わせるのはもうやめたい。
理解されないことを恐れるのも、もうやめようと思う。
3/31、仕事内容
肥料の搬入。月末処理。お米(阪)の出荷。
畑の段取り検討。
もっというと、震災以後の自分のイケテなさを痛感しているのだが
昨晩、親友と呼ばせて頂きたい那須さんと、電話で二時間ほど話し
自分自身が大きな価値観の転換期にいるような気がした。
実を言えば、今頃になって、被災したであろう知り合いや
大丈夫かな?と心にとまる方々へ連絡し始めている。
今まで、仕事を通じて、それはそれで前向きではあったのだけれど
どちらかというと優先順位は、1.仕事、2.人間関係だった。
社会貢献なんて、言葉では使うものの
そんなものがどこに存在しているのか、気にも留めていなかった。
でも、今になって、自分の行動が自分だけの為でなく
誰かの役に立っていて欲しいと強く願い始めている。
農業を通じて、普段の生活を通して、自分の在り方をもって。
明日から4月。
一年を通して、今まで妥協し、
何かと理由をつけて自分自身を誤魔化してきた部分を
切り離すチャンスなのではないかと考えている。
「しょうがないよね」で片付けていたシステムや
認めていた必要悪は、社会から排除することは出来ないかもしれないけど
自分の中で納得できないのであれば
それは徹底的に、「NO」と言っていこうと思う。
また、それに則して行動していこうと思う。
自分が片目を瞑っていたこと、それが一人だけじゃなかった結果
今回の原発の事故につながっていたのだとしたら
その事故は、原発ということだけではなく
誰の中にも、今後障害として表れてくるような気がするから。
自分の幸せの為に、未来に犠牲を払わせるのはもうやめたい。
理解されないことを恐れるのも、もうやめようと思う。
3/31、仕事内容
肥料の搬入。月末処理。お米(阪)の出荷。
畑の段取り検討。
3/30 嬉しいことと悔しいこと。
朝、発注頂いたお米の精米等、出荷準備。
その後、籾摺り使用機材の後片付け。
籾摺り機については、来年の籾摺りスタートで故障が出ないように
営業所の方が来て、心配な駆動部分の部品取り換え。
一部、部品が届いていない為、届き次第続けることにして
完全には片付けず、後片付け終了。
ダンプも、春作業に取り掛かりやすいよう掃除する。
タイトルにある「嬉しいことと悔しいこと」
悔しいことその①
お昼前に、お取引頂いているR社のJさんよりお電話を頂く。
内容は、一緒にR社へ出荷している福島のお米農家さんが
今年の作付を断念せざるを得ないとのこと。
思わず、頭にカァーっと血が上って
「でも、復旧したら率先してR社が仕入れるんだよね?」と言葉尻強く
感情的に意見を伝えてしまった。
しかし、後から冷静になって、失礼なことを言ったと後悔する。
いつも農家の立場に立って、仕入を考えてくれているR社のJさん。
Jさんだって苦渋の決断をしたに違いない。
昨日の新聞には、キャベツの出荷を目前にした農家が
放射線の影響で売れなくなっている野菜を苦に、自ら命を絶った。
農家として、これ以上悔しいことがあるだろうか。
種を蒔くことができない…。
育ててきたわが子のような農作物を、食べてもらうことができない。
考える。自分なら発狂せずにいられたのだろうか。
諦めて次の行動をとることができるのだろうか、と。
悔しいことその②
①を受けて、当地の他生産者団体に、その作付けの代替えが決まった。
同年代で、一生懸命生産技術を向上させているのも知っていたから
その内容には何の異論もないのだけれど…。
R社に福島の生産者と共にお世話になっている我々を含めた全国の農家で
福島の生産者の復帰を願い、みんなで出来る限り作付けを分散し
その肩代わりした面積分のお米を復旧支援米として
育てる人、つなぐ人、食べる人、それぞれがちょっとずつ痛みを分け合う。
そこからの利益を、役立ててもらうことはできなかったのだろうか。
農家からの出荷価格を一割下げ、つなぐR社もいつもの利益から一割少なく
食べる方へは10Kのところ、1割減らして9K入りの米袋を。
もちろん、そのお米を心待ちにしていらっしゃる方々がいるのも知っている。
だが、お米屋さんを通して、代替えの可能な農地を探し
会員さんの食卓にいつもと変わらずあがることが
ホントにハッピーなことなのだろうか?
経済的な幸せではなく、相互社会貢献によってもたらされる幸せの方が
実はみんなハッピーだし、それで十分なんじゃないかと気付き始めた今
今回の対応に、正直、今一つしっくりきていない。
自分達にしかできないものを、思いこめて育てているつもりでも
それがなくなればなくなったで、困ることはないということか…。
ただ、当地の他生産者へ声がかかった為、嫉みだと思われるのも癪だ。
さて、嬉しいことその①
実は今日、誕生日でした。ま、誕生日そのものが嬉しい年齢ではないけれど
子供たちが手づくりのメッセージカードをくれました、沢山の絵を添えて。
そして、子供たちが寝る前に、サプライズ!
なんと手づくりの紙芝居が!姉妹二人で、読んでくれました。
ケーキがなかなか手に入らず、ロウソクを消すことはなかったけれど
今までで一番嬉しい誕生日でした。
嬉しいことその②
先日被災した友人と同じく、大学の同期に子供が生まれました。
報告してくれたのが今日だったんだけど、生まれたのは二日前。
今回の震災で亡くなられた多くの方々。でも、その一方で生まれる命。
マスコミでもありがちな話だし、青森の話だから震災とは関係ないけど
悲しいことも、嬉しいことも、毎日沢山あるものだ。
追伸:R社のJさんからの連絡で、他の取引先を通じて連絡を取り合っている
福島の農家の方が急に心配になり、電話した。
頂いたメールでは種まきの資材がこないと聞いていたが
そろそろ物流も復旧し、なんとか目途が経ったようだ。
その後、籾摺り使用機材の後片付け。
籾摺り機については、来年の籾摺りスタートで故障が出ないように
営業所の方が来て、心配な駆動部分の部品取り換え。
一部、部品が届いていない為、届き次第続けることにして
完全には片付けず、後片付け終了。
ダンプも、春作業に取り掛かりやすいよう掃除する。
タイトルにある「嬉しいことと悔しいこと」
悔しいことその①
お昼前に、お取引頂いているR社のJさんよりお電話を頂く。
内容は、一緒にR社へ出荷している福島のお米農家さんが
今年の作付を断念せざるを得ないとのこと。
思わず、頭にカァーっと血が上って
「でも、復旧したら率先してR社が仕入れるんだよね?」と言葉尻強く
感情的に意見を伝えてしまった。
しかし、後から冷静になって、失礼なことを言ったと後悔する。
いつも農家の立場に立って、仕入を考えてくれているR社のJさん。
Jさんだって苦渋の決断をしたに違いない。
昨日の新聞には、キャベツの出荷を目前にした農家が
放射線の影響で売れなくなっている野菜を苦に、自ら命を絶った。
農家として、これ以上悔しいことがあるだろうか。
種を蒔くことができない…。
育ててきたわが子のような農作物を、食べてもらうことができない。
考える。自分なら発狂せずにいられたのだろうか。
諦めて次の行動をとることができるのだろうか、と。
悔しいことその②
①を受けて、当地の他生産者団体に、その作付けの代替えが決まった。
同年代で、一生懸命生産技術を向上させているのも知っていたから
その内容には何の異論もないのだけれど…。
R社に福島の生産者と共にお世話になっている我々を含めた全国の農家で
福島の生産者の復帰を願い、みんなで出来る限り作付けを分散し
その肩代わりした面積分のお米を復旧支援米として
育てる人、つなぐ人、食べる人、それぞれがちょっとずつ痛みを分け合う。
そこからの利益を、役立ててもらうことはできなかったのだろうか。
農家からの出荷価格を一割下げ、つなぐR社もいつもの利益から一割少なく
食べる方へは10Kのところ、1割減らして9K入りの米袋を。
もちろん、そのお米を心待ちにしていらっしゃる方々がいるのも知っている。
だが、お米屋さんを通して、代替えの可能な農地を探し
会員さんの食卓にいつもと変わらずあがることが
ホントにハッピーなことなのだろうか?
経済的な幸せではなく、相互社会貢献によってもたらされる幸せの方が
実はみんなハッピーだし、それで十分なんじゃないかと気付き始めた今
今回の対応に、正直、今一つしっくりきていない。
自分達にしかできないものを、思いこめて育てているつもりでも
それがなくなればなくなったで、困ることはないということか…。
ただ、当地の他生産者へ声がかかった為、嫉みだと思われるのも癪だ。
さて、嬉しいことその①
実は今日、誕生日でした。ま、誕生日そのものが嬉しい年齢ではないけれど
子供たちが手づくりのメッセージカードをくれました、沢山の絵を添えて。
そして、子供たちが寝る前に、サプライズ!
なんと手づくりの紙芝居が!姉妹二人で、読んでくれました。
ケーキがなかなか手に入らず、ロウソクを消すことはなかったけれど
今までで一番嬉しい誕生日でした。
嬉しいことその②
先日被災した友人と同じく、大学の同期に子供が生まれました。
報告してくれたのが今日だったんだけど、生まれたのは二日前。
今回の震災で亡くなられた多くの方々。でも、その一方で生まれる命。
マスコミでもありがちな話だし、青森の話だから震災とは関係ないけど
悲しいことも、嬉しいことも、毎日沢山あるものだ。
追伸:R社のJさんからの連絡で、他の取引先を通じて連絡を取り合っている
福島の農家の方が急に心配になり、電話した。
頂いたメールでは種まきの資材がこないと聞いていたが
そろそろ物流も復旧し、なんとか目途が経ったようだ。
3/28、29
3/28
22年度産籾摺り最終日!
とにかく集中して、大きく休むことなく、ラストスパート。
最終的な収量は、期待していたほど多くはなかったけど
終わった達成感は、いつにも増して大きい。
例年であれば、雪のない間に少しずつ進めていくんだけど
今年は、3月に入ってようやくスタートできたから、なおさら。
籾摺り中、チェーンブロックの吊り下げ部分が
揺れているような気がして、何度も見上げる。
一連の籾摺り機械の音と、振動とが
地震が起こっているように錯覚させるからだ。
酔っ払っている感じとも似ている。
とにかく終了。いよいよ本格的に春の作業が始まる。
3/29
朝方、昨日までに摺った玄米の検査。オール一等。ありがとうございました。
一日中、たまりにたまった事務作業処理。
納税期日が近いのと、お取引頂いているところにとっては
年度末であることもあって、年度末明けの納品依頼が多い。
その為、たまっていた事務処理と重なり、若干パニック。
両親には悪いが、昨日までの籾摺り作業の掃除を頼み
本当に一日、机に向かって座っていた。
22年度産籾摺り最終日!
とにかく集中して、大きく休むことなく、ラストスパート。
最終的な収量は、期待していたほど多くはなかったけど
終わった達成感は、いつにも増して大きい。
例年であれば、雪のない間に少しずつ進めていくんだけど
今年は、3月に入ってようやくスタートできたから、なおさら。
籾摺り中、チェーンブロックの吊り下げ部分が
揺れているような気がして、何度も見上げる。
一連の籾摺り機械の音と、振動とが
地震が起こっているように錯覚させるからだ。
酔っ払っている感じとも似ている。
とにかく終了。いよいよ本格的に春の作業が始まる。
3/29
朝方、昨日までに摺った玄米の検査。オール一等。ありがとうございました。
一日中、たまりにたまった事務作業処理。
納税期日が近いのと、お取引頂いているところにとっては
年度末であることもあって、年度末明けの納品依頼が多い。
その為、たまっていた事務処理と重なり、若干パニック。
両親には悪いが、昨日までの籾摺り作業の掃除を頼み
本当に一日、机に向かって座っていた。
3/27
朝起きると、辺り一面雪景色。
ネギ苗の見回り後、まだ終わらない籾摺り作業。
昼前から雪はさらに強まり
昼食後、ダンプに冬用のタイヤがない為、仕事にならず
そのまま午後はお休み。
夕方、上の子からお下がりになった自転車に
下の子が乗れるよう、補助輪を付ける。
鼻水が垂れるほど寒い日だけど
友人含め、被災した方々に比べたら、どんだけ恵まれているのか。
ありがたく一日を終える。
相変わらず各テレビ局、知人からのメール、FAXなど
義捐金を募る話が多い。
言い出した人は、その人に義捐金を委ねないことで
ケチな人間だ、とか、善意がないのか?とか思うのだろうか。
ネギ苗の見回り後、まだ終わらない籾摺り作業。
昼前から雪はさらに強まり
昼食後、ダンプに冬用のタイヤがない為、仕事にならず
そのまま午後はお休み。
夕方、上の子からお下がりになった自転車に
下の子が乗れるよう、補助輪を付ける。
鼻水が垂れるほど寒い日だけど
友人含め、被災した方々に比べたら、どんだけ恵まれているのか。
ありがたく一日を終える。
相変わらず各テレビ局、知人からのメール、FAXなど
義捐金を募る話が多い。
言い出した人は、その人に義捐金を委ねないことで
ケチな人間だ、とか、善意がないのか?とか思うのだろうか。
3/26(避難した友人のところへ)
朝、ネギ苗を見回り&二棟目の水かけ。
天気が良さそうなので、温度管理を母に頼む。
9時過ぎ、被災した友人の仮住まいへ。
車で3時間ほどかかる見込みをたて、家族で出発。
子供たちにとっても、本当に久しぶりの外出。
前の日の晩からテンションが上がりまくっており
朝になっても落ちておらず、若干ややこしい。
友人の避難した仮住まいに行くまで
秋田県内の内陸を徐々に南下し
日本海と太平洋に挟まれた列島のほぼ真ん中へ。
被災した友人を見舞う為に、移動したはずなのだが
内陸部に入りながら南下すると、雪の量はドンドン増え
リンゴの産地として有名な秋田の県南では
自動車道から見えるほぼ全てのハウスは倒壊。
リンゴの木々も、そのほとんどが折れて
まだまだ1、2メートル近くは残っているであろう雪の中に
その新しい木目さえみえそうな木の色が
気持ちを急速に萎えさせた。
雪害。
今回の地震で、そのニュースはほとんど流れなくなったが
地震が起こるまで、秋田は大雪による県南のリンゴ被害が
大きく報道されていたのを、その時になって思いだした。
昨夏、猛暑であらゆる農作物に被害がもたらされ
今冬、今まで経験したことのない大雪に見舞われ
そして、この地震による災害…。
今更ながら、そして、誰もが思うことであろうが
自然というのは、人知を超えている。
自動車道での移動中。中間地点ぐらいのSAでトイレ休憩。
この自動車道は東北自動車道とつながっており
行きつく先は、被災した地。
他のSAよりも大きいと思われるそのSAの駐車場には
鹿児島、福岡、などの九州ナンバーをつけたトラックの他に
福島などの被災地のナンバーをつけた車が目立つ。
友人の仮住まいに行く前に、近くに住む弟宅へ。
今回、友人が近くに避難したということで
電話でサポートをお願いし、色々と助けてくれたお礼に。
ついでに、友人の仮住まいに案内してもらうが
そのあまりにも近いことに驚く。
2か月に会ったことといい、住む場所のことといい
縁を感じずにはいられない。
ちなみにどのくらい近いかというと、弟宅から見えるぐらい。
道路で説明すると、一度右折するだけである。
縁というのが勘違いなら、それでもイイ。
勘違いさせてくれた神様にすら感謝したいくらいだ。
友人の仮住まいは、思っていた以上に綺麗で
すぐに住める形で残っていたのが不思議なくらい。
大家さんの気持ちで、敷金礼金なしで入れたらしい。
しかも、上の階には市のお偉いさんが住んでいるらしく、市役所も近い。
他の被災者の方や、自治体からの情報には
大きく困ることはないのではないかと感じた。
入り口のチャイムを鳴らすも、友人は出てこず。
弟の妻、つまり義理の妹からは
「鳴らしても出てこないから、いつも電話です。」と言われる。
震災による心理的な影響か、それとも知らない土地に越してきた影響か
どうやらすぐに表に出てくることには躊躇いがあるようだ。
ようやく出てきた友人は、見た目にはそれほど変わりなく
生きていた喜びに泣くかもと前日の晩に考えていたが
そんなことよりも、持ってきた物資を渡したく
ドンドン手渡しで色々な物を家に運び込んだ。
友人が、「こんなに?」とアホほど持っていった紙おむつを見て
「こんなに使わないよ」と言わんばかりに、笑ったのを見て
こちらもホッとできた。
友人の奥さんと子供がいる部屋に、我が家の女性陣3人が入り
ドアを閉めた後、外で二人でタバコを吸いながら話した。
地元の後輩が見つかっていないこと。
友人の子供と同じ日に生まれた子供が
亡くなったことを前日の晩に知らされたこと。
近所の幼稚園の子供がまだ見つかっていないこと。
それらを全ては奥さんに、話すことができないこと。
幸い車が無事だったものの、瓦などが落ちてきて
色々なところが割れたり、傷ついているものの、ガラスは大丈夫で乗れたということ。
妹さんが老人介護施設で働いているが
何かと大変なようで、両親が一時的に様子を見に行ったこと。
その山の上にあった施設の真下まで津波が押し寄せ、えぐり取られ
ちかく移転する予定になっていること。
その施設の関連するもう一つの施設は
地震からの避難の際に、全員津波にさらわれ、亡くなったこと。
家は以前にあった水害で、1メートルほど高くし建てたため
浸水するまでにはいたらなかったこと。
農作業小屋は、おそらく全部ダメであろうこと。
偶然、高台で仕事をしていた為、トラクターが何台か大丈夫なこと。
新しく買った一台は、もう使い物にならないであろうこと。
家の目の前にある田圃の畦畔に
流れてきた車がひっかかって、何台も止まっていること。
家の裏にあった何棟ものハウスは、全てダメになってしまったこと。
仮住まいの地域が大雪でビックリしたこと、などなど。
煙草を吸い終わり、皆部屋に入ってささやかな談笑。
生きていたことを素直に喜び
また、持ってきた物資を広げてみた。
ウチの奥さんが、頼まれていないものを気を利かせて持って来たようで
友人の奥さんが「~~だ、嬉しい」とか「助かりますぅ」とか言ってくれる中
最後にウチノ奥さんが
「あ、お粥も持ってきたんだった。離乳食にも便利かなと思って」
「うちの無農薬米だし、お水だけで添加物も入ってないし、ね」というと
友人の奥さんが
「お粥まで…」と言って、言葉を詰まらせた。
その瞬間、どのくらい大変だったのか、気丈に振舞っていたか
また、ホントはその場にいたみんなが泣きたい気持ちだったことに気付き
思わず立ち上がって、窓の外を見て「雪が多いね~、ここ」と誤魔化した。
友人の子供は、震災前にちょうど離乳食を始めていたが
震災の為、母乳に戻らざるを得ないようになっていて
前日からだろうか、また離乳食を始めてみたとのこと。
でも、前のようになるには時間がかかるねと話していた。
ちょうどお昼時だった為、離乳食を食べさせることに。
我が家の子供たちも、赤ちゃんが可愛くて、たまらなく触りたい。
そんな無邪気な子供たちの様子に、救われた時間だった。
ある程度食べた後、みんなで近所の食堂へ。
被災地である地元から、車で何時間か離れると不自由のない環境があることを
彼らはどのように感じるのだろうか。
昼食時、友人はしきりに放射性物質の半減期について、気にしていた。
また、海水が流れ込んだ圃場が、いつになったら作付けできるか、も。
豆がいいのか?野菜か?色んな質問を受けるが
明確に答えることができない…。
用水も使えないであろうことや、まずはゴミの回収が必要だろうということ。
様子を見に行った親父さんからの報告次第だろうとしか、言えなかった。
友人は震災時、牛の餌になる藁を集めていたらしい。
そして、まとまった藁をトラックに乗せる作業中に地震が起こったようだ。
トラックに載せた藁の塊は全て落ち
それと同時に、家の中にいる奥さんを連れだしに、戻ったらしい。
その時には、既に家の前の道路が1メートル以上下がり
土を掘っていた個所からは水が溢れていたそうだ。
おそらく液状化現象というやつだろう。
そして、津波。
そんな状況の中を逃げ、彼は目の前にいた。
自分に出来ることは、一緒にラーメンを啜り、馬鹿な話をすること。
「頑張れ」って言葉は絶対に言えなかった。
昼食後、友人を戻し、自分達は弟の自宅へ。
子供たちは、本日のメインイベントである姪っ子と合流。
今回の友人への対応にお礼を言いつつ、お茶をご馳走になる。
帰りがけ、友人の仮住まいに行き、「帰るね」のあいさつ。
泊まっていけばイイのに、と言ってくれたが
3時間程度の移動距離は、自分達にとっては日帰りの距離だよ、というと
思いの外、ビックリしていた。
そして、そんな距離だからこそ、「また来るね」と。
子供たちが、全開に開いた車の窓から「バイバイ~、また来るね~」と大声で。
無邪気に手を振る子供たちが、妙にカッコ良かった。
帰りがけ、前日の市内での打ち合わせ時に見つけたインドカレーのお店で夕食。
実際には自宅で夕飯も十分可能だった時間ではあったが
久しぶりの外出だし、気持ちもユルユルだったのだ。
お店に入ると、インド人のオジサンが窯でナンを焼く準備。
学生の時以来の、インドカレー。
焼きたてのナンが、メチャクチャ美味かった。また行こうっと。
天気が良さそうなので、温度管理を母に頼む。
9時過ぎ、被災した友人の仮住まいへ。
車で3時間ほどかかる見込みをたて、家族で出発。
子供たちにとっても、本当に久しぶりの外出。
前の日の晩からテンションが上がりまくっており
朝になっても落ちておらず、若干ややこしい。
友人の避難した仮住まいに行くまで
秋田県内の内陸を徐々に南下し
日本海と太平洋に挟まれた列島のほぼ真ん中へ。
被災した友人を見舞う為に、移動したはずなのだが
内陸部に入りながら南下すると、雪の量はドンドン増え
リンゴの産地として有名な秋田の県南では
自動車道から見えるほぼ全てのハウスは倒壊。
リンゴの木々も、そのほとんどが折れて
まだまだ1、2メートル近くは残っているであろう雪の中に
その新しい木目さえみえそうな木の色が
気持ちを急速に萎えさせた。
雪害。
今回の地震で、そのニュースはほとんど流れなくなったが
地震が起こるまで、秋田は大雪による県南のリンゴ被害が
大きく報道されていたのを、その時になって思いだした。
昨夏、猛暑であらゆる農作物に被害がもたらされ
今冬、今まで経験したことのない大雪に見舞われ
そして、この地震による災害…。
今更ながら、そして、誰もが思うことであろうが
自然というのは、人知を超えている。
自動車道での移動中。中間地点ぐらいのSAでトイレ休憩。
この自動車道は東北自動車道とつながっており
行きつく先は、被災した地。
他のSAよりも大きいと思われるそのSAの駐車場には
鹿児島、福岡、などの九州ナンバーをつけたトラックの他に
福島などの被災地のナンバーをつけた車が目立つ。
友人の仮住まいに行く前に、近くに住む弟宅へ。
今回、友人が近くに避難したということで
電話でサポートをお願いし、色々と助けてくれたお礼に。
ついでに、友人の仮住まいに案内してもらうが
そのあまりにも近いことに驚く。
2か月に会ったことといい、住む場所のことといい
縁を感じずにはいられない。
ちなみにどのくらい近いかというと、弟宅から見えるぐらい。
道路で説明すると、一度右折するだけである。
縁というのが勘違いなら、それでもイイ。
勘違いさせてくれた神様にすら感謝したいくらいだ。
友人の仮住まいは、思っていた以上に綺麗で
すぐに住める形で残っていたのが不思議なくらい。
大家さんの気持ちで、敷金礼金なしで入れたらしい。
しかも、上の階には市のお偉いさんが住んでいるらしく、市役所も近い。
他の被災者の方や、自治体からの情報には
大きく困ることはないのではないかと感じた。
入り口のチャイムを鳴らすも、友人は出てこず。
弟の妻、つまり義理の妹からは
「鳴らしても出てこないから、いつも電話です。」と言われる。
震災による心理的な影響か、それとも知らない土地に越してきた影響か
どうやらすぐに表に出てくることには躊躇いがあるようだ。
ようやく出てきた友人は、見た目にはそれほど変わりなく
生きていた喜びに泣くかもと前日の晩に考えていたが
そんなことよりも、持ってきた物資を渡したく
ドンドン手渡しで色々な物を家に運び込んだ。
友人が、「こんなに?」とアホほど持っていった紙おむつを見て
「こんなに使わないよ」と言わんばかりに、笑ったのを見て
こちらもホッとできた。
友人の奥さんと子供がいる部屋に、我が家の女性陣3人が入り
ドアを閉めた後、外で二人でタバコを吸いながら話した。
地元の後輩が見つかっていないこと。
友人の子供と同じ日に生まれた子供が
亡くなったことを前日の晩に知らされたこと。
近所の幼稚園の子供がまだ見つかっていないこと。
それらを全ては奥さんに、話すことができないこと。
幸い車が無事だったものの、瓦などが落ちてきて
色々なところが割れたり、傷ついているものの、ガラスは大丈夫で乗れたということ。
妹さんが老人介護施設で働いているが
何かと大変なようで、両親が一時的に様子を見に行ったこと。
その山の上にあった施設の真下まで津波が押し寄せ、えぐり取られ
ちかく移転する予定になっていること。
その施設の関連するもう一つの施設は
地震からの避難の際に、全員津波にさらわれ、亡くなったこと。
家は以前にあった水害で、1メートルほど高くし建てたため
浸水するまでにはいたらなかったこと。
農作業小屋は、おそらく全部ダメであろうこと。
偶然、高台で仕事をしていた為、トラクターが何台か大丈夫なこと。
新しく買った一台は、もう使い物にならないであろうこと。
家の目の前にある田圃の畦畔に
流れてきた車がひっかかって、何台も止まっていること。
家の裏にあった何棟ものハウスは、全てダメになってしまったこと。
仮住まいの地域が大雪でビックリしたこと、などなど。
煙草を吸い終わり、皆部屋に入ってささやかな談笑。
生きていたことを素直に喜び
また、持ってきた物資を広げてみた。
ウチの奥さんが、頼まれていないものを気を利かせて持って来たようで
友人の奥さんが「~~だ、嬉しい」とか「助かりますぅ」とか言ってくれる中
最後にウチノ奥さんが
「あ、お粥も持ってきたんだった。離乳食にも便利かなと思って」
「うちの無農薬米だし、お水だけで添加物も入ってないし、ね」というと
友人の奥さんが
「お粥まで…」と言って、言葉を詰まらせた。
その瞬間、どのくらい大変だったのか、気丈に振舞っていたか
また、ホントはその場にいたみんなが泣きたい気持ちだったことに気付き
思わず立ち上がって、窓の外を見て「雪が多いね~、ここ」と誤魔化した。
友人の子供は、震災前にちょうど離乳食を始めていたが
震災の為、母乳に戻らざるを得ないようになっていて
前日からだろうか、また離乳食を始めてみたとのこと。
でも、前のようになるには時間がかかるねと話していた。
ちょうどお昼時だった為、離乳食を食べさせることに。
我が家の子供たちも、赤ちゃんが可愛くて、たまらなく触りたい。
そんな無邪気な子供たちの様子に、救われた時間だった。
ある程度食べた後、みんなで近所の食堂へ。
被災地である地元から、車で何時間か離れると不自由のない環境があることを
彼らはどのように感じるのだろうか。
昼食時、友人はしきりに放射性物質の半減期について、気にしていた。
また、海水が流れ込んだ圃場が、いつになったら作付けできるか、も。
豆がいいのか?野菜か?色んな質問を受けるが
明確に答えることができない…。
用水も使えないであろうことや、まずはゴミの回収が必要だろうということ。
様子を見に行った親父さんからの報告次第だろうとしか、言えなかった。
友人は震災時、牛の餌になる藁を集めていたらしい。
そして、まとまった藁をトラックに乗せる作業中に地震が起こったようだ。
トラックに載せた藁の塊は全て落ち
それと同時に、家の中にいる奥さんを連れだしに、戻ったらしい。
その時には、既に家の前の道路が1メートル以上下がり
土を掘っていた個所からは水が溢れていたそうだ。
おそらく液状化現象というやつだろう。
そして、津波。
そんな状況の中を逃げ、彼は目の前にいた。
自分に出来ることは、一緒にラーメンを啜り、馬鹿な話をすること。
「頑張れ」って言葉は絶対に言えなかった。
昼食後、友人を戻し、自分達は弟の自宅へ。
子供たちは、本日のメインイベントである姪っ子と合流。
今回の友人への対応にお礼を言いつつ、お茶をご馳走になる。
帰りがけ、友人の仮住まいに行き、「帰るね」のあいさつ。
泊まっていけばイイのに、と言ってくれたが
3時間程度の移動距離は、自分達にとっては日帰りの距離だよ、というと
思いの外、ビックリしていた。
そして、そんな距離だからこそ、「また来るね」と。
子供たちが、全開に開いた車の窓から「バイバイ~、また来るね~」と大声で。
無邪気に手を振る子供たちが、妙にカッコ良かった。
帰りがけ、前日の市内での打ち合わせ時に見つけたインドカレーのお店で夕食。
実際には自宅で夕飯も十分可能だった時間ではあったが
久しぶりの外出だし、気持ちもユルユルだったのだ。
お店に入ると、インド人のオジサンが窯でナンを焼く準備。
学生の時以来の、インドカレー。
焼きたてのナンが、メチャクチャ美味かった。また行こうっと。
3/25
朝、パートさんに夕方までの仕事を伝え
自分は秋田市内に仕事の打ち合わせに出かける。
今日から当地のGSが営業時間を通常より短くしつつも
給油する種類と量に制限を持たせないとの知らせがあった為
翌日に被災した親友のところへ向かう約束をした。
その為、打ち合わせで市内まで出向いたついでに
親友に電話をしながら、足りないもの、欲しいものを聞き
調達をしながら帰ってきた。
生後、6カ月ぐらいの子供を抱えている為、思うように移動ができず
また必ずしも必要な物資が手に入らないようで
頼まれた品物のほとんどが子供に必要なものであった。
・紙おむつ54枚入り×3
・おしりナップ×8(?)
・子供の為のおもちゃや本
・子供用の服や日常必要な前掛けなど
・掃除機(近くに電気屋さんがなかった為)
・ガソリン20リットル入り携行缶
・ホウレンソウ、キャベツなどの野菜類
・おかゆ
親友に会える嬉しさと、一時的かもしれないが
燃料を気にしなくても良くなったという解放感で
足取りが軽い。
仕事の打ち合わせもサクサクと終わり
自分も相手も機嫌がいい。ご機嫌な連鎖だ。
ただ、残念なことに帰ってきてから
連日の籾摺り作業をやり始めた時
籾摺機の調子が…。営業所の整備士にきてもらい
部品を注文することに。
しかし、この物流。いつ部品が入荷することやら。
そして、3/26。
続きはまた明日へ。
自分は秋田市内に仕事の打ち合わせに出かける。
今日から当地のGSが営業時間を通常より短くしつつも
給油する種類と量に制限を持たせないとの知らせがあった為
翌日に被災した親友のところへ向かう約束をした。
その為、打ち合わせで市内まで出向いたついでに
親友に電話をしながら、足りないもの、欲しいものを聞き
調達をしながら帰ってきた。
生後、6カ月ぐらいの子供を抱えている為、思うように移動ができず
また必ずしも必要な物資が手に入らないようで
頼まれた品物のほとんどが子供に必要なものであった。
・紙おむつ54枚入り×3
・おしりナップ×8(?)
・子供の為のおもちゃや本
・子供用の服や日常必要な前掛けなど
・掃除機(近くに電気屋さんがなかった為)
・ガソリン20リットル入り携行缶
・ホウレンソウ、キャベツなどの野菜類
・おかゆ
親友に会える嬉しさと、一時的かもしれないが
燃料を気にしなくても良くなったという解放感で
足取りが軽い。
仕事の打ち合わせもサクサクと終わり
自分も相手も機嫌がいい。ご機嫌な連鎖だ。
ただ、残念なことに帰ってきてから
連日の籾摺り作業をやり始めた時
籾摺機の調子が…。営業所の整備士にきてもらい
部品を注文することに。
しかし、この物流。いつ部品が入荷することやら。
そして、3/26。
続きはまた明日へ。
3/23及び24
3/23
朝からT氏にハウスへ来てもらい
本当になかなか見つからない配送トラックへの対処方法の打ち合わせ。
最終的には、自分達で走るしかないという結論に達し
「準備するか」という気分になっていたところへ
なんとか走ってくれるトラックができたとの運輸会社からの連絡。
ホッと一息。
午後、決まったトラックへの早速の米積み。
安堵したせいか、米積みが終わった後、生産者で談笑。
夕方、遅く蒔いた長ネギの苗箱から芽が出ていたので
パオパオという保温シートを外す。
夜、税の申告についての書類作成の為、S先生と電話及びファックスでやりとり。
なかなか意志の疎通がうまくいかず、とにかく時間がかかる。
3/24
朝、米出荷に関係する書類の作成。昼前には出荷の為に格納庫で段取り。
午後イチ、今回初めてお米を出荷してくれるI氏のお米を
契約した低温倉庫へ運び出す。
それのすぐ後に、関西以西への納品予定米を発送。
昼過ぎからボタボタの雪が降り積もりだす。
フォークリフトにはチェーンを巻いて、米を出荷した。
それでも米を運ぶボックス自体から、溶けた雪が滴になって
ポタポタと積み込み部分まで入ってくる。タオルなどで応急措置。
夜、野菜の主力生産者と共にMTG。
iPhone&PCからの投稿
3/22
相変わらず物流が思うように段どれない。
朝一、パートさんへ仕事をお願いし
そのまま籾摺り作業に入るも、機械の調子が悪く
全くはかどらない。
しかも、タイミング悪く電話も重なり
止めると故障、再開、止める、故障。この繰り返し。
午後から10日以上遅れて、依頼していたお米の発送。
まだまだ急いで送らなければならないお米が沢山あるのに…。
運送会社にも何度も問い合わせ。
結局、籾摺り機の悪い箇所が、なんとなくわかったものの
物流が滞っている為、部品の供給がなく
ごまかしながら、なんとか、やりたい仕事の半分程度は出来た。
明日からの仕事、気が重い。
とにかく、重なりすぎてパニックになりそうだ。
と、思いつつも
みんなきっとそうだろうな、とも思えているので、まだ安心。
朝一、パートさんへ仕事をお願いし
そのまま籾摺り作業に入るも、機械の調子が悪く
全くはかどらない。
しかも、タイミング悪く電話も重なり
止めると故障、再開、止める、故障。この繰り返し。
午後から10日以上遅れて、依頼していたお米の発送。
まだまだ急いで送らなければならないお米が沢山あるのに…。
運送会社にも何度も問い合わせ。
結局、籾摺り機の悪い箇所が、なんとなくわかったものの
物流が滞っている為、部品の供給がなく
ごまかしながら、なんとか、やりたい仕事の半分程度は出来た。
明日からの仕事、気が重い。
とにかく、重なりすぎてパニックになりそうだ。
と、思いつつも
みんなきっとそうだろうな、とも思えているので、まだ安心。
