今年聴いた音楽を振り返っていて、昨年までと同様に"Genius & Cortez Awards"なんてものをやろうと思えばできなくはないな、と思った。しかし、やらない。今の自分にとって、生活に寄り添ってくれる作品は年に1, 2作あれば十分で、様々な部門を設けて勝手に表彰したり10作品以上も挙げたりすることがまったく自然に感じられないからだ。少なくとも今の自分にとっては。ちなみにSpotifyの2021 Wrappedで上位5曲だったのはいずれも昨年以前にリリースされた楽曲たちで、『HIPHOPで学ぶ英語』でも個人的ベスト楽曲に挙げたベイビー・キーム(Baby Keem)の「16」が6位にようやく登場するといった具合。今年の一曲を正直に選べと言われれば、ブログでも触れたJ・コール(J. Cole)の「Change」かタカチャの「Everything」を選んでしまいそうな勢いだが、それでも今年リリースされた作品で、作品単位でいたく気に入ったものもあった。以下ではそんな2作品について触れたい。

 

 

J. Cole, The Off-Season

Image via @Dreamville on Twitter

 

本作品のレビューを含むJ・コールの特集記事をTURNに寄稿した。そこで書きたいことはすべて書けたし、今でも同作について思うことはあまり変わらないが、1点だけ、序盤で「疲れ」を軸に論を展開した点はイマイチだったかなと反省している。もちろんコールが辟易しているものは現代の世の中にたくさんあるだろうけれど、『The Off-Season』の彼は、これまでのどの作品における彼よりもアスリート的にストイックだ。

 

本作のスタンドアウト・トラックとして「m y . l i f e」を挙げるファンは多いだろうが、私が同曲を好きになったのは、リリース直後よりもむしろ秋口に深夜の散歩を始めてからだった。読書やワークショップや瞑想を端緒に人生(l i f e)そのものについて考える機会がとみに増した2021年、コールはコールでこのアルバムをドロップしたりバスケットボールのプロ選手としてデビューしたりと、着実に自分の思う方向に歩を進めながらも、同様に人生そのものについて思い悩む時間を、少なからず持ったにちがいない。ラップにせよバスケにせよ、技量を磨きディスプレイするというシンプルなテーマを持った今年のコールの声からは「俺は人生、こうする。お前は人生、どうするんだ?」と迫るような何かを感じる。作品がそこにあって、それを対象として鑑賞するのではない。好むと好まざるとにかかわらず、自己を投影するような聴き方を迫られる、求心力を持った作品だと思う。

 

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Joyce Wrice, Overgrown

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ジョイス・ライス(Joyce Wrice)のことを初めて知ったのは、2017年2月にSOUND MUSEUM VISIONで行われたMndsgnの来日公演に彼女が出演した夜だった。ステージでパフォームする彼女を撮影し、Instagramのストーリーでメンションすると、「これめっちゃいいね!! メールで送ってくれる?」というメールアドレスの記載されたDMが送られてきて、ずいぶん気さくなアーティストだなと思ったものだ。それから4年が経った今、もはやIGで彼女をメンションしてもSeenが付くことはない。嘆いでいるのではない。彼女が4年の歳月を経てアーティストとして次のステージに進んだことを喜んでいるのだ。

 

大部分の収録楽曲をDマイル(D'Mile)が手がける本作には統一感があるが、多様なゲストを配した個々の楽曲を聴けば、それぞれがまったく異なる表情を見せる点も注目に値しよう。日本語を織り交ぜてコロ助よろしく「君のせいだよ」と歌うUMIとの「That's On You - Japanese Remix」からは、恋人に三行半を突きつけていた「Losing」の面影は感じられない。ラッキー・デイ(Lucky Daye)とのフューチャリスティックな「Falling In Love」と、ピアノ一本でしっとり聴かせる表題曲とでは、もちろんボーカルの処理も違うけれども、それ以上に彼女の声が曲の質感にアジャストしているような印象さえ受ける。

 

鮮やかなブルーのアートワークが似つかわしい、ワインでいえばシャルドネやリースリングを思わせるような清涼感のあるサウンド。本作を聴いて最初に思い出したのはマライヤ・キャリー(Mariah Carey)の『The Emancipation of Mimi』(2005年)とブランディ(Brandy)の『Full Moon』(2002年)だったが、やはりマライヤ、ブランディともに故アリーヤ(Aaliyah)らと並んで彼女が影響を受けているアーティストのようだ。アンビエント感のあるサウンドが席巻した2010年代を終え、明晰さ・爽快さの2020年代へ—ジョイスはその流れを牽引する旗手たりうる存在といってよいだろう。

 

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なお、楽曲単位で気に入ったものは、上記2作品の収録楽曲以外にももちろんある。Apple Music、Spotifyそれぞれでプレイリストを作成した。よろしければ。

 

 

 

 

おわりに

上述のとおり人生そのものについて考えることが多かった2021年。人生をよりよい方向に進めるためのヒントを、日常の様々な場面で探しながら、確かな変化を経験した気もするし、実際のところ何も変わっていないような気もする。年初に「年間48冊読む」と豪語した読書は12月31日14:00時点で29冊。週2回の運動の習慣は結局身につかず、プロのプロクラスティネーター(先延ばし屋さん)の汚名も返上できずにいる。先日「HIPHOP裏方会」なる会合に遅刻したところ、若人4人が料理に箸をつけず待ってていてくれたのには、さすがに申し訳なさでいっぱいになった。ただ、よく言われることではあるが、できなかったことにばかり目を向けるのではなく、少しでも変化・成長できたのであればそれを素直に喜ぶことが大事だと思う。自分を縛る糸に気づきほどくべく、今後もコンフォート・ゾーンから一歩外に踏み出すような動きを積み重ねていきたい。

 

人生そのものについて考える時間は間違いなく今の自分に必要なものだったと思うけれど、その結果として、いわゆる「新譜チェック」は滞るばかりだった。新譜を「追う」行為の優先順位は、必然的に自分の中で下がっていった。この年末恒例のブログ記事が2作品の紹介に終始したのもそのためだ。一部の人々には私が音楽ライター/ブロガーのゲームから降りたように映るかもしれないが、それでもいい。例えば私が敬愛してやまないBig Boyだって、新譜追いまくりマンではない。自分のやり方で自分の居場所を作っていけばいいし、それがどこか別の場所ならそれでもいい。最近、2017年前後の自分を振り返って、自分に似つかわしくないチャラチャラした(女性関係のことではない)態度・所作を規範化し取り入れていたことを思い出し、少し恥ずかしくなることがある。インダストリーに身を置くことも、それ“っぽい”振る舞いをすることも、手段でありこそすれ目的ではないことに、当時は気づけていなかったのだと思う。自分にとって自然に感じられない物事は臆せず手放していくことも、2022年の目標の一つだ。

 

最後に、半ば機能していないこのブログを今もこうして読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。このブログは私にとって本当に大切な場所であり、他のどこよりも自分自身でいられる場所です。もしかしたら、12/25を最後に更新が止まっている紙の日記よりも。こうして文章を綴ることは自分にとってのセラピーであり、魔裟斗さんが言うところの「自己満足の世界なんだよね」です。他の誰のことも考えていません。しかし、ジェイ・Z(JAY-Z)が著書『Decoded』でたびたび強調していた言葉の可能性を信じて、こうした営みが誰かを何らかの思わぬかたちでインスパイアするかもしれないと思い、自分の内に留めるのではなく、インターネットという蜘蛛の巣に垂れ流しています。特段反応が無くとも「こんな奴もいるんだな」くらいに思って読んでいただけるのであれば、それで十分です。今後ともお暇なときにはよろしくお願いします。

 

ブログ以外の様々な場面で私に関わってくださった方々にも感謝申し上げます。ドージャ・キャット(Doja Cat)やリル・ナズ・X(Lil Nas X)など、今をときめくスターたちの歌詞を対訳できたことは何よりの喜びでした。上で擦れたようなことを書いてしまったがために信じていただけないかもしれませんが、これは本当です。TURNさん・洋楽ラップを10倍楽しむマガジンさんでも引き続き好き勝手書かせていただきました。Last but not least, 『HIP HOPで学ぶ英語』をご覧いただいている皆様、ありがとうございます。小さなチャンネルですが皆様のコメント、本当に励みになっています。そうしたお声が、今後も細く長くでもチャンネルを続けていきたいと思わせてくれます。

 

皆様の新年が、穏やかで健やかで幸せに満ちたものになることを願ってやみません。よいお年をお迎えください。