12月10日(月)。朝起きると、空はグレーだった。今年の春、洋楽ラップを10倍楽しむマガジンに寄稿したサバ(SABA)の『CARE FOR ME』レビューで、「Sabaが4月5日にリリースした最新作『CARE FOR ME』にテーマカラーがあるとすれば、それはグレーだ。」と書いたことを思い出す。サバといえば先月、従兄弟であり音楽仲間でもあった故ジョン・ウォルト(John Walt)を偲ぶイベント『JOHN WALT DAY』を終えたばかりだ。また、今日はサバの来日公演が渋谷WWWにて行われる日でもある。美しくもどことなく陰鬱なアルバム『CARE FOR ME』をプロモートするツアーの東京公演をお膳立てするような空だなと、分かったようなことを言いながら家を出た。ほどなくして、雲間から太陽が顔を覗かせた。


Image via @LiveNationJapan on Twitter


“I’m havin’ a busy day”とでも言ってしまいたくなるような慌ただしい師走の一日だったが、仕事を明日の自分にぶん投げて会場に到着すると、サバと同郷のカニエ・ウェスト(Kanye West)の「Father Stretch My Hands, Pt. 1」が聞こえてくる。歌いながらも急いで上着をロッカーにしまい、少し重めのドアを開けた。フロアを温めているのはツアーDJのダム・ダム(Dam Dam)だ。彼は「Dang!」で故マック・ミラー(Mac Miller)を追悼すると、トラヴィス・スコット(Travis Scott)の「SICKO MODE」やシェック・ウェス(Sheck Wes)の「Mo Bamba」でクラウドに声を出させる。ジェイ・ロック(Jay Rock)とフューチャー(Future)の「King’s Dead」では、やはり“La di da di da”のファルセット合唱が湧き起こる。「最後にもう1曲かけるから盛り上がれ!」という言葉の後にケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)の「m.A.A.d city」がかかると、ひょろっと背の高い、A BATHING APEのフーディに身を包んだ青年が姿を現した。




1曲目の「BUSY / SIRENS」から興奮レベル10の観客は、サバとダム・ダムに促されるままに、コーラスに合わせて手を左右に振る。続く「BROKEN GIRLS」では“Girl”のコール&レスポンスがあり、「CALLIGRAPHY」ではフードを被りながら熱を込めて後半のヴァースをスピット。さらに、「子供の頃はよく喧嘩してたんだ」というエピソードの後に「FIGHTER」、コーラスを合唱させる「SMILE」と、『CARE FOR ME』収録楽曲をほぼ曲順そのままに披露していく。ステージを所狭しと動き回りながらも音源と違わぬラップの技量を見せつけるサバだが、そこで我々が聴いているのは、スピーカーやイヤホンから流れてくる同作ではない。ファンの熱気を感じ、屈託なく笑いながらパフォームする、24歳の声だ。




この日までに『CARE FOR ME』を何度も聴いてきたに違いない観客たちを前にしてご機嫌のサバは、『Bucket List Project』収録楽曲も惜しみなくパフォームしていく。中でもジブリを思わせる可愛いビートが特徴的な「Stoney」は若さ全開で、自然と笑顔にさせられてしまう。ここでもまったく手を抜くことなく渾身のヴァースを披露するサバを、クラウドは“Aye! Aye!”と盛り立てる。

「Photosynthesis」を披露し終えたサバは、「シカゴ出身で俺以外に好きなアーティストはいるか?」と質問。スミノ(Smino)やチャンス・ザ・ラッパー(Chance The Rapper)の名前が挙がると、「それだよ、それ」と言わんばかりに後者の「Angels」をパフォーム。会場全体が前宙せんばかりの興奮に包まれるなか、サバ自身が誰よりも楽しそうに踊っていた。




早くもターニング・ポイントを迎えてしまったらしいサバのショウだが、残された時間いっぱい、彼はその声と動きで我々を魅了し続ける。「MOST」で“Don’t be shy”と言いながら観客をしゃがませ、高く跳ばせると、「Westside Bound 3」では自らの出身地であるウェストサイド・シカゴを誇らしくレペゼンする姿勢を見せ、ステージを去った。

別れを惜しむ歓声と携帯電話のライトに迎えられて、サバは再びステージに姿を現す。ここでパフォームしたのが、『CARE FOR ME』のファイナル・トラックである「HEAVEN ALL AROUND ME」だ。天国のウォルトに捧げられた『CARE FOR ME』の最後を飾る同曲を聴きながら、観客たちはサバとの別れを惜しみ、この時間が続けとばかりに歓声を送る。両手を上げるジェスチャーでサバがその歓声を煽ると、突如として「LIFE」のビートがドロップ! 彼はTシャツを脱ぎ、やはり縦横無尽にステージ上を飛び跳ねながら、今回のショウで最後の曲となる同曲をパフォームした。東京でのライブが夢だったと語るサバは、最後にダム・ダムへの拍手を求めると、「まだ去ってもいないのに、またここに来たいよ」と、これ以上ないくらいに嬉しい言葉を残してくれた。




その完成度の高い音作りと歌詞の内容で、Pitchforkをはじめ各メディアから称賛された『CARE FOR ME』だが、サバは今回のショウで、同作のまったく別の顔を見せてくれた。それを下支えしているのは、自らのアートに忠実でい続けることで彼が身につけた、ラップやステージングの確固たる技術だ。その技術をもって、彼は出身地のシカゴのような力強い風を、この日WWWに吹かせた。ウォルトがこの世を去ってから、サバの心の空はグレー色だったかもしれない。今でも彼がウォルトのことを思い出さない日など無いだろう。けれども、彼に捧げるアルバムを作る作業を通じて気持ちを浄化した彼は、アーティストとして次のステージに向かっているのだと思う。彼の吹かす風は、シカゴから渋谷にまで届いた。その風の行く先がどこなのか、楽しみで仕方がない。