奴隷制が400年続いたって聞くと…400年だぜ? それって(奴隷でいることを)選択したようなもんだろ。

 

-----------------------------------------------------------

 

カニエ・ウェスト(Kanye West)が言うところの"free thinking"を極力尊重したいと思い、ポジティブな側面に目を向けて肯定的に捉え、下段の記事をしたためましたが、この発言は……。"choice"ってどういう意味でしょう? 逃げようとして殺されることもできたっていうことでしょうか? 奴隷船から飛び降りて自決することもできたっていうことでしょうか? インタビュアーもさすがにここまでの発言は予想してなかったのか、一瞬固まってますね(笑)。

 

補足すると、この奴隷のくだりは、本人もその後話しているように「我々は精神的に自由でない」という主張を補強するために持ち出したようで、Twitterでも本件について弁明しています。ただ、明らかに例が適切でありませんでしたし、主張全体が理解できるものだとしても、それを吹き飛ばす程度には強烈な問題発言だったと感じます。下段の最終段落でファクト・チェックの重要性に触れましたが、それこそカニエにもファクト・チェックをしっかりしてほしかった……。

 

一方で、今回の追記は、下述の主張を訂正する趣旨のものでないことも、付け加えておきたいと思います。見慣れないアイディアに出会った途端にそれを斬り捨てる態度が誠実でないという考えに変わりはありません。なぜそう考えるのだろう、自分が見落としている点は無いだろうかと想像力を働かせる謙虚さ・慎重さがあってしかるべきだと考えます。

(そういう意味では、対象に真摯に向き合ったうえでカニエを「お花畑」と評した池城美菜子さんの「Ye vs. the People」対訳記事には、たいへん僭越ながら感心しましたし、大いに楽しませていただきました。まだ読まれていない方は、ぜひ。)

 

また今回の件について「カニエの影響力の大きさを考えれば、軽はずみな発言は慎むべきだ」という意見をいくつか目にしました。私は「カニエにロールモデルとしての振る舞いを求めることには無理がある」という立場ですが、彼が及ぼしうる影響については、私が過小評価していると言われれば、そうなのかもしれません。この部分については引き続き点検しつつ、今後のカニエの動向を見守っていきたいと思います。

 

-----------------------------------------------------------

 

トランプに賛同しなくてもいいけど、誰も俺が彼を愛するのを止められない。俺らは二人ともドラゴン・エナジーだ。彼は俺のブラザーだ。俺はみんなを愛している。誰であっても、やることすべてに賛同したりはしない。それが俺らを個人たらしめるんだ。そして俺らには独立した考えを持つ権利がある。

 

-----------------------------------------------------------

 

ここ数日のカニエのツイートが騒がれているのを見て、いろいろと思うことがありました。一連のツイートのうち印象的なものをRTして自分の考えをツイートしましたが、きちんとまとまった文章にして残そうと思い、今こうしてMacBookに向かっています。今回の件の概要については、こちらが分かりやすいのでご参照ください。ただ、ここに含まれているツイートや記事についても思うことがあります(後述)。

 

カニエが一番伝えたいこと

結論から言うと、今回の一連のツイートで、カニエがそんなにおかしなことを言っているとは思えません。ツイートの頻度が頻度なので、2016年にツアーをキャンセルした時と同様に、メンタルの不調が心配されるのは理解できます。妻のキム・カーダシアンは、彼に精神疾患のレッテルを貼るメディアを非難していましたが、そこについては自分も心配なのが正直なところです。
 
一方で、ツイートの内容はどうでしょう。「違いが個人を個人たらしめる。考え方が異なる人であってもリスペクトする」恐れよりも愛に基づいて行動し、愛を言葉にして伝えよう」といったことが主旨であり、至極真っ当なことを言っているようにしか思えません。「ロッキー(Rocky)、できるだけ早く(ASAP)俺らの曲をリリースしないと」とうまいんだかうまくないんだか分からないことを言ったかと思えば、唐突に「俺はピンポンが得意だ」などと言い出していますが、それらは枝葉末節にすぎないでしょう。あくまで上述の2点が彼の言いたいことだと考えます。そして、その主旨に賛同しない人はそれほど多くないと信じます。

 

-----------------------------------------------------------

 

俺らは愛を持っているのにそれを示さないから、もっと愛を表現しようって言ったんだ。俺の友人のTmillはいつも「愛してる」って言うから、最初は聞いていて変な感じがしたよ。でも今は俺もみんなに愛してるっていう。彼に刺激されて、俺はより愛を表現し始めたんだ。

 

-----------------------------------------------------------

 

アンチ・トランプの力学

彼のツイートの主旨に多くの人が賛同するとして、それでも彼がここまで(悪い意味で)騒がれているのは、トランプ大統領への支持を表明したからに他なりません。詳しくは彼のツイートをご覧いただくのがよいかと思います。"Make America Great Again"の赤いキャップにトランプからサインされたものを嬉しそうにポストするなどしています。ここでトランプの政策の是非を論じることは控えさせていただきますが、カニエのファン層の大部分がトランプに与しないであろうことを踏まえるならば、「キツい」ことは確かでしょう。

 

Image via @kanyewest's Twitter

 

しかしながら、繰り返しになりますが、彼が一番に伝えたいことは、違いを受容したうえでリスペクトし合うことと、愛に基づいて行動すること・愛を言葉にして伝えることの重要性ではないでしょうか。そして、好意的に解釈しすぎかもしれませんが、トランプへの支持の表明などは、その考え方に基づいた行動の、一つの例にすぎません。そもそも、思想や言論の自由が制限されるべき場面は、公共の福祉を著しく損なう場合などきわめて限定的であり、今回のカニエのツイートはそれに当たらないと私は考えます。そして、誰かの思想や言論が制限されるべき対象でないならば、それを「暴走」などと片付ける態度は真摯なものといえません。国内外の様々なメディアがそのように報じているのを目の当たりにし、とても残念な気持ちになりました。

 

とはいえ、彼の言動が奇異の目で見られるのは、今に始まったことではないので、そうしたメディアに今さら落胆するのもナンセンスかもしれません。それでも、「黒人がみな民主党を支持する必要はない」とツイートしたチャンス・ザ・ラッパー(Chance The Rapper)を謝罪に追い込んだ同調圧力には、やはり恐怖を覚えずにはいられません。それは、思想や言論の自由を制限するといった類のものではなく、人間真っ二つに分断し、属性でしか評価しないような乱暴さを感じるためです。チャンスを批判する人々からは「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」どころか「坊主憎けりゃ袈裟どころか、その縦の糸や横の糸、さらにはあなたと私まで憎い」くらいのアティチュードを感じて恐ろしくなりました。それに、これは揚げ足取りっぽくなってしまいますが、「敵の味方は敵」みたいなヤンキー的思考って、良い/悪いは別にして、集団よりも個人を尊重する、知性あるリベラルな人々が忌避してきたものではないですか? そういった意味でも違和感を覚えます。

 

以上がこの一件について私の感じたことですが、今この時代に、有色人種のロールモデルたりうるセレブリティが、トランプへの支持を表明することの深刻さを、過小評価していると言われればそうなのかもしれません。この点についてはまだまだ勉強が足りないと自覚しており、今後も謙虚にいろいろな角度から答えを探していく所存です。

 

分断を招く誰かの存在とファクト・チェック

最後に一点。この件に関連して一番残念だったのは、カニエの言動でもなければ、それに理解を示したチャンスでも、彼らを批判した人々でもなく、「多くのアーティストがTwitterでカニエをアンフォローした」という情報が出回ったことでした。個人を攻撃する意図は無いので引用は控えますが、カニエをアンフォローしたとして名前が挙がったのは、ジャスティン・ビーバー(Justin Bieber)、防弾少年団(BTS)、ザ・ウィークエンド(The Weeknd)、リアーナ(Rihanna)、アリアナ・グランデ(Ariana Grande)、ハリー・スタイルズ(Harry Styles)、ケイティ・ペリー(Katy Perry)、ニッキー・ミナージュ(Nicki Minaj)、ケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)といった面々です。しかし、どこをどう見てもBTS、リアーナ、ハリー・スタイルズ、ケイティ、ケンドリックはカニエをアンフォローしていませんし、ウィークエンドはそもそもフォロイーが0人です。彼ら以外はフォロイーが多すぎて調べられませんでしたが、推して知るべしです。Twitterのバグが起こった時に勘違いした善良な一般市民が言い出しっぺなのか、デマを流すことでアーティストたちを分断させようとした悪意ある人間の仕業なのかは分かりませんが、いずれにせよ、ファクト・チェックを怠ったメディアにその情報が拡散された事実に、甚大なショックを受けました。たかがSNSのフォローといえばそれまでですが、されど、です。アーティストたちの分断を目論みデマを流す人間は論外ですが、小さなライターだって橋を燃やしかねないなかで、ファクト・チェックを怠ることで彼らの分断に加担した人々にも、反省と訂正を求めたいところです。

 

赤字部分は4/29に追記しました。

青字部分は5/3に追記しました。