朝ごはんは8時から、ゆっくり起きました。ホテルの人も親切でおすすめのレストランは大当たりでしたし、何も問題ないかと顔を見るたびに聞いてくれます。ここはお得。

朝食はこんな感じです。昼夜が脂っこいので朝からガッツリは無理でしたが、とても良い朝ごはんでした。


さて、ブハラ2日目は旧市街の西の外れから郊外に出てみました。


チャシュマ・アイユーブ廟。平凡かと思い中に入らなかったのですが、廟内に泉がわいているそうです。



ミナレットの上にコウノトリの像。


廟に隣接してバザールがありました。ブハラの中央市場のようです。

卵屋さん。


こんな感じでお菓子もバラ売りしています。新興国は購買力の関係で小さな単位で売り買いしているのをよく見かけます。


内部。簡易的なアーケードがありました。観光色ゼロ。

他の人の情報だと、食堂だったり、ナッツ類など観光客が行きそうな場所もあったようですが、入った方向が明らかに裏側だったし、とにかく広くて探検し切れませんでした。


イスマイール・サーマーニ廟。市場から歩いて10分ほどでした。


世界遺産のプレートが。9世紀建造のイスラム建築としても最古のもの。土に埋もれていたおかげでモンゴル人による破壊を免れて、掘り出されたものだそうです。

見た目は地味だし、青くないけど貴重な建築。


中も煉瓦造りです。タイルではないけどこれも美しい。




この辺り大きな公園になっていて、遠目に観覧車が見えていました。近づくと遊園地になっていました。遊具は年季が入っていましたが。



この遊園地からタクシーで街の北外れ、5キロほどあるストゥライ・マヒ・ホサ宮殿に。ブハラ・ハン国最後の王様の夏の離宮だとのこと。


庭に孔雀がいっぱい。もしかしてコブラいるの?とビビりました。(インドで孔雀はコブラ駆除のために放し飼いになっていることが多いので)




宮殿はロシア風。19世紀になるとロシアの強い影響下にあったようで、この辺りの歴史も学ぶと面白そうです.



ここなんか、モスクワにいきましたと書いても分からないかも。




ちょっとエキゾチックか。




陶器コレクションがありました。中には日本の唐津か伊万里かな?という壺も。





当時の貴族の服の展示





ここに来る前に配車アプリの車に4台連続でブッチされて心折れそうでしたが来て良かったです。安価な小型の車は外人を避ける傾向があるっぽいです。なぜかはわかりませんが。


次は50キロ離れたギジュドゥヴァン、工芸品の街だそうです。タクシーは今度はすぐ来たのですが、運転手なかなかの運転で70キロ制限の悪路を120キロで爆走して、煽り運転も凄まじいし(大阪だったら怖い兄さんに頭カチ割られるレベル)シートベルトも付けれないし、ちょっとした恐怖でした。


運転手に目的地と微妙に違うところで降ろされ、しばし探して、陶芸博物館に。

完全に個人のお家で、6代続く陶芸家のコレクションを展示していました。



16世紀とは思えない.アラビア語のカリグラフィーも美しいです。


奥には先代と先先代の写真が、中にはヒラリー夫人と写っている写真もありました。

いきなりふらりと入ったのに案内してくれたのは6代目の奥さんでフランス語は堪能だそうです。英語で案内してくれました。


博物館代請求されなかったので、ホワイトボードに出ていたコーヒーを注文して、お代としました。姪御さんが作ってくれました(というかインスタント)。


ここは幹線道路の脇にあって、街には2キロほど。タクシー呼んだら変なところに止まっていて、当主(さっきの夫人の旦那さんと思われる)が流暢な英語で助けてくれました。


で、もう一つの陶芸博物館に。ここは観光バスで団体で乗りつけてランチ付きで陶芸体験する場所のようでしたが、即売所はありました。


ピラフ爺と、ナン爺。


即売所。せっかく来たので湯呑みとお皿をちょこっと購入しました。



この向かいが広いモスクのある広場になっていて、


そこを突っ切ると趣のあるホテル。


行商人風の人が店を出していました。

ここからタクシーでブハラ市内に。オンラインで場所指定したのに行き先間違えられて、違う違うと修正してもらったり、焦りましたが、なんとか到着。帰路は安全運転の人でした。片道10ドル弱で50キロ。やっぱり安いです。


この日の夜はWhatsApp で予約した初日のランチで行った店。


マントゥと、


淡水スズギ(ザンダーフイツシユ)の煮付け


久々の魚でした。これにワインと水で、160,000スム)2,000円ほど)でした。サービス料別だよと精算の時ウェイターが言っていたので10%ほど乗せました。