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別荘 in 軽井沢

ひしょひしょ

東京からの交通手段の不便は如何ともしがたかった。

そこで当時、熱海に別荘を持っていた鉄道院総裁の後藤新平や松方正義らが政治力で東海道線を熱海に乗り入れさせることに成功。

これにより、東京/熱海間は三時間二十分で結ばれた。

昭和に入ると交通機関の整備は更に進み、1932年(昭和七年)に堤康次郎が箱根・熱海間に自動車道路を開通させた。

また、二年後の昭和九年に難工事の末、丹那トンネルが開通すると、関西からの旅行客が熱海にドッと訪れ熱海駅の乗降客は倍増した。