昔に比べて今は心が軽くなりました。
大きな違いは、思考だと思います。
昔はひっきりなしに思考が頭にありました。
特に中学生ぐらいのときから、常に思考が頭にあるようになったと
思います。
マンガでもよくキャラクターの心の声が、吹き出しではないところに
言葉で書かれていて、そういうのを見ていると頭に常に思考があることが
普通なんだと思っていました。
知恵=よく思考することのようにも思い込んでいました。
でも実際は思考することは、エネルギーを使い疲弊するので、
思考が頭をぐるぐるとまわっている状態はエネルギーのダダ漏れと言える
状態です。
それを止めれるようになったのが、大きいと思います。
たとえば、よくお風呂に入っている時、お風呂の入り方はいつも同じなので
無意識にお風呂に入りながら、頭はいつの間にかその時浮かんだ
思考に没頭していることがあります。
それに気づいただけで、思考を止めることができることもありますし、
『ありがとう』をマントラのように唱えて、思考の渦から抜け出して、
そのまま『在る』という感覚に佇むようにしたりします。
思考自体は悪くはなく、道具として使うには非常に便利なものです。
『ありがとう』と唱えることも思考ですし、思考を使って心の状態を
コントロールすることもできます。
ただ思考の渦に没頭してしまうと、心が疲弊してしまします。
潜在意識は安心・安全を第一に求めるために、無意識的に思考に
没頭しているときの思考は自然と不安や心配などが多くなります。
そうすると、不安や心配のフィルターで世界を見てしまって、
よけいに心が重くなります。
思考は自分自身ではないことを気づき、思考との同化をやめて、
思考を使いこなせるようになれば、自ずと心が軽くなると思います。
思考にも重さがあるのかもしれません。
それではありがとうございました。
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