最も調子が悪かった時期(2009年頃)に、中村中の曲を
聴きながら、大輪のハスの花を見て、感極まって大泣き
をした思い出があります。その後に、心の重荷が下りて、
楽になりました。
泥の中に大輪の花を咲かせるハスが、まるで中村中の
生き様であり、中村中がとてつもなく美しく力強く思えた。
また、その風景に自分自身の人生を同じように重ねた。
その頃、中村中も20代前半なのに、惨めさ、妬み、
重みといった男女の情愛の影の部分を、如実に
描いています。
恋愛って、人の心身を動かすエネルギーである
一方で、自分を犠牲にして相手に歩み寄らなければ
ならない苦しさもあります。その苦しさを負ってまでも、
人を愛せるかどうかは本当に難しい。

自分の惨めな姿を描くことは、表現者にとって自分の
弱みを晒さなければならないので、それを受け入れる
ことは難しいです。だけど、その惨めさは、苦しい中で
生きる逞しさを感じることができます。
その逞しさは、母親が子を想う母性本能にも似た
温かさを感じます。
中村中 「汚れた下着」
中村中 「友達の詩」











