今日、生まれてからの家族アルバムを見返していた。
インナーチャイルドケアを学ぶうえで、昔の自分を写真で振り返ることは大事かもしれない。そんな軽い気持ちで開いたのに、開始して5分も経たないうちに涙が出た。
写真を見ながら、いろんなことを思い出した。
僕は3歳半くらいから分厚いメガネをかけていた。
昔の僕は、そのメガネをかけた自分の姿が嫌いだった。
でも今、アルバムの中の幼い自分を見たら、
「メガネかけてても、笑ったらかわいいやん」
って思えた。
ずっと嫌っていた昔の自分を、今の僕が少し違う目で見られた瞬間だった。
5歳くらいの頃には、逆まつげの手術で奈良医大に入院していた。
手術そのものよりも、不思議と覚えているのは人の優しさだった。
手術が終わって初めて目を覚ました時、先生や看護師さんたちが笑顔で迎えてくれた。
「よく頑張ったね」と言ってくれていたような、あたたかい記憶が残っている。
入院中には同じ眼科にいた子たちともすぐ仲良くなり、一緒に遊んだ。
楽しかった。
その写真や記憶を辿っていると、
「僕って、もともとはこんなに自然に人とつながれる子やったんやな」
とも思った。
インナーチャイルドというと、つい「傷ついた過去」ばかりを探してしまう。
でも、本当に大切なのは傷だけではないのかもしれない。
幼い自分が愛された記憶。
守ってもらった記憶。
誰かと笑った記憶。
安心して遊んだ記憶。
それらも全部、今の自分の中に残っている。
今日は朝から、なぜか963Hzとθ波のヒーリング音楽に惹かれて、ずっと聴いていた。
香りも、ラベンダー、ローズウッド、ホーウッドに強く惹かれた。
そして、その音楽を流しながら家族アルバムを見ていたら、自然と涙が出てきた。
なぜ泣いているのか、はっきりとは分からない。
悲しいだけでもない。
懐かしいだけでもない。
家族から受け取ってきた愛。
昔の自分への愛おしさ。
ずっと忘れていた安心。
嫌ってしまっていた自分への申し訳なさ。
いろんなものが一緒になって、涙になったのかもしれない。
僕は電子書籍に、
『闇を抱きしめて光になる』
というタイトルをつけた。
今日アルバムを見ながら感じたことは、まさにこの言葉そのものだった。
闇を消すから光になるのではない。
傷ついた自分も、嫌っていた自分も、愛されていた自分も、全部抱きしめる。
すると初めて、
「あの頃の僕も、ちゃんと愛されていたし、ちゃんと可愛かったんやな」
と思える。
もしかすると家族アルバムを見返すことは、墓参りに少し似ているのかもしれない。
自分がどこから来たのか。
誰から命を受け取り、どんな愛の中を生きてきたのか。
それを思い出す時間。
そして何より、
昔の自分に、今の自分が会いに行く時間。
今日はアルバムの中にいる小さな僕を見ながら、少しだけ自分を大切にできた気がした。