どうせ今日も雨が降るだろうということは昨夜眠りにつく前にわかっていたのに、起床直後の部屋の薄暗さにはがっかりしてしまう。何か面白い夢を見たのだが、すっかり忘れた。今朝も慌ただしかった。犬は短い散歩時間にキッチリ、ウンチをしてくれたので助かった。ありがとう。今朝は車で娘をケア施設まで送り、妻をバス停に送り届けた。フロントガラスには絶え間なく細かい雨が降り注ぎ、隣り合う雨粒とせわしなく結合しながら風に流されていた。車を停めバスを乗り出勤した。

今朝も田園都市線は理由を明かさぬまま軽く遅延運行していた。昨日は大分ダイヤが乱れたが、原因は階段かエスカレーターで、女子高生のスカートの中を盗撮していた男が線路へ逃げた事らしい。盗撮を見つけた男が盗撮犯の男を捕まえようとして追いかけた挙句逃げられてしまった。その結果40分以上電車が遅れ、通勤電車が地獄絵図となるのだから、ハッピーな人が誰もいない。
午前は会社の居室に後輩と2人だったので、今日も昼食に付き合った。やまやで焼き魚を食べた。明太子が美味しくて白飯をおかわりして食べてしまった。ダイエットとはなんなんだろう。
午後になって、出張から帰ってきた同僚2人が来て土産をくれた。サンフランシスコにあるMOMAの色鉛筆と消しゴム、それとチョコの入った缶だった。

さすがに持ち帰ろうと思った。普通お土産は職場で全て消化するようにしている。MOMAがサンフランシスコにもあるのを知らなかった。

17時に伺う約束があり、郊外の国立大学に後輩と向かった。後輩の母校だ。紹介してもらった同大学の医学部の先生にインタビューをするためだ。先生は、誰でも知っている文豪の曾孫にあたる方で、とても良い話も聞けたのだが、そもそもの話になりがちで(我々の用意した前提の話が不十分だったのが原因で)、難しさもあったが今後も有益なパイプが作れたと思った。話は弾んで予定よりも30分ほど長く時間をいただいた。帰路、大学の最寄り駅のホームで学生時代の友人に連絡を取り、隣駅で待ち合わせをした。彼は数年前に、突然倒れた父親の跡を継ぎ、家業である会社の経営者になっていた。この1年間で3回ほど会っている。彼は15分ほどでやってきた。アンパンをお土産にひとつ手渡した。お互い色々な事が起きていて話が尽きない。おしゃべりな中年になったものだ。彼は父が傾かせた会社をようやく持ち直した直後、不幸に巻き込まれてしまい、彼の会社は再び窮地に落ちてしまった。その善後策を業界の先輩にあたる友人をあてに立て、ついに実行しようとした矢先にその先輩が逮捕されてしまったと落胆していた。溺れて掴んだ物が脆かったのだ。自分がオーストラリアから帰ってきたばかりで宿無しだった15年程前に、彼の相模大野にあったアパートに半年くらい居候させてもらった事がある。あの時は本当に助かった。彼がいなかったら今の自分は居ないと思う。3時間ほど居酒屋で過ごし、帰途に着いた。彼に今後何かあった時には、当時助けてもらったように、彼を助けたいと常々思っているだが、改めて考えてみると俺に出来る事は何も無いと知り愕然とした。俺も彼と同じように溺れているようなものだ。掴むのもがそもそも既に無い点を鑑みると、表面化していないだけで俺の方が深刻かもしれない。
だが俺には大義がある。世話になった友人や知人にいつか、恩を大きくして返すのだ。自信も、その根拠も今はまだ無いが、必ず。雨だっていつまでも降っているわけではあるまい。今こうして、やんでいる。
今朝も雨の雰囲気が残る空模様で、犬の散歩や娘のバス停までの送りでバタバタした。

電車の乗り換えをする永田町で学生時代に研究室で副手を務めていたGさんとすれ違った。当時とあまりお変わりない様子だったのですぐに俺は気が付いたが、俺は随分とお変わりの様子なので話し掛けても気付かれないと思い、声を掛けなかった。毎日多くの人とすれ違う。そんな中で知り合い(一方的に知っている、も含む)とばったり会うことなんて滅多に無い事だ。一瞬一瞬を大事にして過ごさないといけないと思った。
また後輩と昼食を食べた。気が乗らなかったが、連れて行ってくれた魚料理屋の天丼が素晴らしかった。筍や春の食材がどっさり入っていて本当に美味しかったのだ。旬の物を食べる喜びというのは確かにある。
Jが友人たちと神楽坂で昼飯を食べていたらしく連絡が来た。2000円以上もする昼食を個人払いで食べるのは完全に俺の感覚とズレているが、取り敢えず羨ましがった素振りの返信をした。そんな自分がまた、なんというかがっかりもした。
雨が降っていたので自転車にも乗れず、悶々とした。Nから新宿でオカルトイベントに参加していると連絡があった。感受性の強い子供と参加したようだったから気掛かりだった。中でも話に信憑性があったという人物は調べてみるとムーやオカルト誌の編集者で、関連著書も多く、かつモルモン教徒ということで、なんとも言えない気持ちになった。影響を受けやすいので心配になったので軽く警告をした。警告をどう捉えられるのか、それはまたそれで気掛かりではあるが、俺に出来ることはそれくらいだ。オカルトは面白い。冗談混じりで話すからこそ、面白いのだ。興味深い、の方に強く振れるのは危うい。人は客観性も持って自分を見ることなど出来ないのだから、知らぬ間に少しづつ傾倒してしまう。俺は自分自身が何かに傾きつつあったとしてもそれを止める事が出来ないのだから、大層なことを言える身では無いのだが。
昨日観た「機動戦士ガンダム0083」の続きを観た。まあガンダムもオカルトのようなものだ。
雨が今にも降りそうな朝だった。犬を急いで散歩に連れ出し、娘を通学バスのバス停まで車で送り届けた。連休明けで何もかもが慌ただしくて朝から変な充実感があった。昨夜のうちにゴミ出しをしておいて良かった。マンションで良かったと思うのは待機ゴミ置場があっていつでもゴミを出せる点だ。むしろそれくらいだ良いところなんて。

上司と同僚がサンフランシスコ出張で不在なので、残った者同士で後輩と昼食を食べに出た。普段俺は居室で貧乏健康飯をキメるのだが、いつも一緒に外食をしているメンバーがいないから可哀想な後輩のために、外で飯を食べた。麻婆豆腐定食にするつもりだったのに、後輩に倣って冷やし担々麺をオーダーしてしまった。俺はダメなやつだ。After Effectsを早急に習得しなければいけないのだが、ぼんやりして過ごしてしまった。マンションの総会の議事録チェック、網戸の見積もり、相続の連絡等、仕事に関係のないメールを慌てて出し、定時後に母の家に向かった。雨が鬱陶しかった。母の家でWi-Fiの設定を完了し、寿司折詰をご馳走になった。とても美味かったが、なぜかサビ抜きでそれが無性に気になった。母がここの寿司は美味しいとしきりに言うので、山葵が欲しい事は言い出せなかった。土産に大量にしじみの味噌汁と、味噌汁に入れる乾燥した具を貰った。飲みきれるだろうか。2時間半近くかけて帰宅した。途中でつい、Amazon Prime Videoに課金して「機動戦士ガンダム0083 Stardust Memory」を観始めてしまった。家事をしながら、ベッドに行く直前まで6話まで観た。ガンダム試作機1号機のゼフィランサスは宇宙で紙のようにグシャグシャにされていた。ジオン残党兵に奪われた試作機2号機であるサイサリスも同様の装甲やチューニングなんじゃないか?と心配になった。ジオン残党であるデラーズ・フリートは反撃の象徴のように2号機を扱っていたが、大丈夫なのか?設定が心配になってばかりだった。だけど続きは全部観ようと思う。面白かったらゼフィランサスのプラモを買うのもやぶさかでは無い。しかし未組立のプラモの箱がベッドの下に待機している事を考えると気持ちが沈んだ。寝る直前にStereolabの曲が聴きたくなった。2000年のアルバム「The First of the Microbe Hunters」のオープニング曲の「Outer Bongolia」を探して聴いた。このアルバムはStereolabのキャリアの最高傑作だと思う。
前作の「Cobra and Phases Group Play Voltage in the Milky Night」に続き素晴らしい活動が続いていた。90年代半ばから取り入れたられた、際限なく作業出来てしまうPro toolsをフルに活用した楽曲に対し、バンド自身や周辺のアーティスト達が飽きのようなものを抱き、ハードディスクレコーディングの汎用化と陳腐化のような流れになり、やがてアナログへの回帰が色濃くなっていった、そんな時代だった。バンドはその時代の潮流の中で1人の女性メンバーを事故で失い、やがてレティシアとティム・ゲインの離婚があり、活動休止に陥った。
何も無いのが怖いから、いたずらに寂しい事や悲しい事ばかりに目を向け、耳を傾けてしまうだけであって、俺は疲れているわけではない。