叔母が救急車で運ばれたという連絡を受け、看取りに入った母の面会を終えた足で

病院に向かう。

 

 

意識が無くなった理由は不明との事だったが、所見は股関節の骨折。

 

まさかこのタイミングで母と同じ股関節とは真顔

明後日手術とのことでその説明も受け、入院の手続きをする。

病院は、コロナ以降自由に面会できない状態が続いていたので、付き添いもなし。

これで「認知症なので付き添いが必要」などと言われたらアウトだったが、センサーマットをレンタルすればそれを使ってくれるらしいので日用品と一緒にそれも契約。

 

帰り道、近所の親戚からTEL。家の2件後ろのおばあさんが亡くなったと。

亡くなったおばあさんには申し訳ないけど、なんとも間が悪い...

この超多忙の最中 お葬式には行かなきゃならない。

 

どう考えても圧倒的に手が足りない状態なので、娘に電話しようとスマホを見ると娘からLINEが来ていた。

検査キットの写真とともに「コロナ陽性ビックリマーク」の文字

 

 滝汗 えぇぇっ...

 

翌日、予定通り夫の実家のお手伝いに入る。

親戚一同ひたすら 約100人分のきんぴら用のごぼうや人参を切り、油揚げを煮、サラダ用のじゃがいもの皮を剥く。それでも昔と違い料理数も格段に減ったし、コンプラ重視でお酒を出さなくなったから深夜まで飲む人もいないし100倍ラクになった。

 

翌日は叔母の手術だが、その前に頼んでいたおにぎり120個を取りに行き、買い足したお茶菓子を持って義実家へ。

母は死にそうだし、キーパーソンの叔母の手術日だというのに、おにぎりを抱えて

鮭30,梅干し30...と検品する。

なんか...この場所と、叔母の病院と、母の施設はそれぞれ別の時間軸にあるような妙な気がする真顔

 

手術開始1時間前、叔母の病院に着くとまた色々書類を書かされる。

叔母の手術中か、母の施設か、もしくは義実家か、どこからいつ呼ばれるか分からないが、さすがに手術中に何かの決定をする親族が不在になる危険は冒せないので、念のため夫と二人で来た。

暫くするとストレッチャーに乗せられて叔母が来たが、私が誰だか分からないし、増して私の夫など見たこともないので知るはずもないのだが「あら、おふたりで来てくださったの?ありがとう」と相変わらず卒なく言葉が自然に出るのはさすがだ。

特に問題はなく約2時間の手術が終わり、先生からも「出血量を抑えたので輸血が必要な状態にはならなかった」と説明を受けた。

これ、もし輸血が必要だったら、私はエ◯バ信者の叔母の輸血の判断をしなければならない難しい事態だった。

そうならなかったのは神のご加護としか思えない。(ではなく、医師の腕かと...)

 

本人は、今日はそのままICUとのことで面会もできないので、夫は実家に手伝いに戻り、私は母の面会へ。

 

母は既に殆ど水分を摂ることもできず、丸顔は細面になって眼窩辺りもくぼんでしまった。父は突然だったのでこういう変化を見ることは無かったが、看取りってこういう変化を見て取るという意味もあるのかな。

水分が摂れなくなってきているのに点滴などはしないのかと2-3日前に施設の看護師に聞いたら、点滴をするとある程度臓器が復活してしまうので余計つらい状態になるらしい。

調べればまた違う答えがどこかにあるのかも知れないけど、余計つらくなるという言葉を信じるしか無い。

どこで息をしているのか分からない浅い呼吸の母の手を擦りながら、スマホで「心が落ち着く音楽」というのを小さく流す。と、母は手を体の上のほうで動かし始めた。

老人会や宴会に呼ばれてひょっとこ踊りなんかしちゃう人だったので「踊ってんの?」と聞くと目を閉じて口だけで笑った。

ってか、心が落ち着く音楽で踊れる人もなかなかいない。

 

翌日もまたお手伝いだが、何人か集まると料理の上手な人は必ずいる。

何十人もの魚の煮付けや生姜焼きを、みんなが「美味しい!」という味にキッチリ仕上げてくれる新宅のお嫁さんがいるので、私はそこにいても全く役に立たない。

が、嫁はそこに居ることに意味があるので、言われた通りに具材を切り、お茶菓子を並べ、コーヒー豆の補充をし、靴や座布団を整えてナンボの立ち位置。

 

みんなで3時のお茶を飲んでいると義妹の実家からTEL。お父さんが救急車で運ばれて危篤とのことで、義妹は3県またいだ実家へ急遽帰省した。

明日は家の近所のおばあさんのお葬式もあるし、母の様子も見に行きたいし、仕事も溜まっているのでお手伝いを丸1日休ませて貰おうと思ったが...言い出しにくいあせる

本当に色々な事がタイミング悪く重なってしまった...

 

ちなみに、義姉Aと義姉Bはちょっと相性が悪い😓

トゲが1本もない潤滑油系の義妹が帰省してしまったところに、潤滑油にはならないけど盾にはなる私もいないとなると義姉Bはなんて言うだろう真顔

夕方 意を決して、申し訳ないけど明日は1日休みたいと義姉Bに言うと、畳の上に倒れ込んでしまった。

お義姉さんごめんあせる

 

翌日、朝仕事に行き、事務所で喪服に着替えて11時からお葬式、また事務所に戻って着替えて、お昼過ぎに時間休を取った姉と母の施設へ。

眉間にシワを寄せているが、多分こっちの話は聞こえていると思い

「ばあちゃん、明日は誕生日だよ、すごいね◯歳だよ」と言うと

かすれた声で「明日は...4月20日か...」と。

おぉ、やっぱり聞こえてる!

少しでもケーキが食べられるといいねとか、お花買ってくるよ、とか

思いつくことを喋ってみたがその後母が口を開くことはなかった。

面会時間は30分以内なので、その間に少しでも水分が摂れればと思ったけれど、唇を湿らす程度で飲んだという実感は無かった。

施設の隣の花屋さんで、アレンジメントの花を見ていると「お祝いですか?」と聞かれたので「明日来るので、こういう色で誕生日の花をお願いしたいと思っている」と言って、その後仕事に戻った。

 

夜、お義姉さんBに電話したときに、今日の義実家での出来事を色々聞かされたので「明日は必ず行きますから」と約束して電話を切った。

半分終わったのであと4日だ...義妹の分も頑張らなくっちゃ。。

 

朝4時に電話。
施設からだガーン

 

 

続きます。