さすがに骨に崩れがあるので大きく動かせば痛みはあるけれど、車椅子に乗っている程度ならさほど痛みは無く、入所から3月中旬まではそれなりに元気だった。急に衰えたのは、3/13に整形の先生から「ベッドから降りてはダメ」と言われてから。

ずっとベッドに寝かされ、おむつになり、お風呂はリフトになった。

 

 

本人はなぜ寝かされているのか分からない(忘れてしまう)ので、病室の壁に「骨折しているので動いてはいけません」と張り紙をして貰ったが、元々社交的で誰とでも話す人なので、個室で1日中黙っているのはかなりストレスだったと思われる。

滅多に怒ることはない母だったが、面会に行くと「ここの人が、動いちゃダメって言うんだよ」と度々怒りをあらわにするようになった。

母の怒りを受けながら、こうなることが分かっていてレールを敷いてしまったような罪悪感や、動かなければ崩れた骨が回復するかもなどという根拠のない期待や、諸々の感情に支配される。 

 

入所した2ヶ月前まで、自分でトイレに行き、自分で食事をして自分で着替えていた母も、寝たきりになると徐々に食事量は減り、半月もすると水分程度しか口にしなくなってしまい、3月末には先生から「看取りに入ります」とあっけなく言われる。

それでもセブンのサンドイッチはお気に入りで、施設の食事は食べなくても「パンが柔らかくておいしいわぁ」と、一時は看取り中とは思えない食欲も見せた。

 

コロナはほぼ落ち着いていたが、面会は2親等までしか認められていなかったので、ある程度元気なうちに孫たちまで全員面会をして、花が咲き始めた家の周りを写真に撮ったものを見せたり曾孫の手紙を渡したり。2親等までというのを施設に頼み込んで、顔色が良いうちに母の姪にも会わせることができて、(誰も面会に行かなかった父と違い)

できることは大体した。

 

この、母が姪に会った日はとても元気で、普通に昔話をして また来てねと手を振って別れたのだが、次の日から母は次の段階に入ったようで、人間の顔ってこんなふうに変わっていくんだ...と思うほど生気がなくなってしまった。

施設側も、ここ数日かも知れません、と。

 

ところがだ。

私には、翌日から夫の実家に1週間ほど連日お手伝いに行かなければならないという、避けられないミッションがある。

それは分かっていたことなので、姉に半休を取って貰って母の面会を頼んでいたのだけれど、まさかのこのタイミングで叔母(父の妹・私がキーパーソン)が入所しているグループホームから電話。

叔母の意識が無く、10分ほど前に施設から救急車で病院に運ばれたという。

 

 

続きます。