屋久島リトリート3日目は自分とのチューニング。参加者のみんなは森とのチューニングを終え身体を沢山使って共に大自然の中の体験を分かち合い、決めた名前で呼び合うことにも慣れ、団結してきているようだった。

この日は7:30ヨガからスタート。ようやく3日目で出てきました、ヨガ!一応ヨガリトリートなんですけど、ヨガがメインじゃないのがソウルナビゲーション×しんのすけヨガの特徴です。

自分を含め参加者のみんなは東京でヨガやってるから屋久島まで来てそんなにガッツリアーサナしなくても良いし、ソウルナビゲーションリトリートでは何をやってもヨガ的になるから日頃のヨガの実践の心構えを、リトリート中に起こる全ての事柄にヨガ的な行動に移すことに重きを置いてます。

ヨガクラスの写真はJasmyの撮ったこの1枚のみ。いつも他のブログで紹介してるから必要ないですね!


さて、ヨガの後はグリーンスムージー。上に乗っているの鈴木家の野生児アニカが裏庭から摘んできた沢山の野いちご。超キレイ!そしてヨガ後のスムージーはやっぱりウマい!


スムージーの後は昼まで「自分と繋がる時間」皆が静かに座り準備ができた人から裏の森に消えてゆく。


川に全裸で入っても良し、森の中にぶら下がってるハンモックに揺られても良し。森の落ち葉の上で寝っ転がるも良し。

誰かと森で出会っても会話はしない。みんながそれぞれ自分1人に帰って行く時間。リトリート1日目2日目を消化する時間。人生の中の今ここを感じる時間。みんな一緒に森にいるけど、みんなが別々の時間。

そして、お前は何をしにこの世にやってきた?を自分自身に問う時間。答えは自分自身の中にのみある。

ハンモックに揺られるゆらぎの中で色んな記憶や想いが込み上げてきてその想いに馳せ、感情に身を任せた。やはり損得勘定からくる、計画的人生ではなく直感や本能に従って生きて行きたいと思った。

そしてこのリトリートの中で一生の中でもそんなにない、屋久島の自然の中で今ひととき立ち止まる、こんなに豊かな時間を持てたことに心から感謝をした。

参加者のみんなはどんな時間になったのだろう?

2時間位過ぎた頃だっただろうか?みんなを探しに来たアニカが森を歩きながら「お昼だよ〜!」と呼ぶ声が聞こえてきた。

裏庭にみんなが集合して外でランチになった。美味しいご飯を作ってくれた さよことえみかに大感謝!


さてランチの後は海へ行こう!ということになり永田へ移動。はじめて屋久島の西側を通りながら北部の永田海岸へ。

この時計の9時に値する大川の滝から永田までの間は沖縄の自然に近い熱帯ジャングル地帯だった。そして時折車道へ鹿や猿が沢山出没しサファリに来たような体験だった。

滞在先のひろみの家が安房で3時の方向で永田はほぼ真逆の10時の方向だ。ここは日本一海亀が産卵するために浜へ上がってくる海岸だという。


永田の浜へ着き降りてみるとなんとも美しい海岸が広がっていた。


曇っててちょっと寒いけどこれからシュノーケリングに向かうところ。海の中も素晴らしい世界だった。海亀を探したけれど今回は会えなかった。でも海底に小さなエイを見つけたよ。


シュノーケリングの後はさよこのマクロビ出前ご飯〜。砂浜にこの巨大な弁当箱(おぼんなんだけど)

インド人風に頭上におぼん2つ重ねて乗っけて、おぼんの外端を持ち、肩を外旋、肩甲骨は外転、下制、腕を視界に保ち、腰椎前弯を維持、腸腰筋を抜かないようにして、なるべく遠くを見て、頭頂で負荷となるおぼんを天に突き上げるように押返し、抗重力しながら車が止まっている崖の上から下までこの夕食を運んだのはこの僕です!(意味分からなかったらすみません)


しかし、本当惚れ惚れするわ〜このご飯


さ、じらさないで早く食べよう!


いよいよ感謝とお祈りの時間がやってきました。


いっただきまーすヽ(´▽`)/


そして美味しいご飯が終わり、曇りだったけど日が落ちるのを待ち海岸を後にした。

帰りは行きとは逆に北から東へと鈴木家に帰ってきた。

そして火を起こし焚き火を囲みトーキングサークルの前にヨガティーチャーMikiにキルタンのリードをしてもらった。

Hare Rama Hare Rama,Rama Rama Hare Hare,Hare Krishna Hare Krishna,Krishna Krishna Hare Hare.

Mikiのリードにみんなで同調してクリシュナチャンツを唱え、歌うことによりみんなの意識が1つになっていった。

そして3日目の夜にして初のトーキングサークル(魂のシェアリング)となった。

トーキングサークルは火を囲んでただ話すだけではない。ディスカッションでも意見交換でもない。その時浮かんできたこと。このリトリートで、またはそれ以外でも自分が感じたこと。気づいたこと。みんなに共有したいことをシェアしてゆく。決して上手く、綺麗に話そうとしなくていい。ありのまま、感じるままでいい、つじつまも合わなくていい。尻切れトンボでもいい。直感のままでいい。

1人が語り始めたらサークルの中の全員が全身全霊でその物語を聞く。そこには良し悪しもないし、批判や肯定すらなく、ジャッジもない。ただ語り手が話し、それ以外の聞き手はちゃんと聞くだけ。自然と誰も話さない沈黙の時間だってある。しかしそこに気まずさも無い。

俺はこの前のブログ記事「新しい家族の形」に書いた内容をみんなにシェアしたよ。

このリトリートでこれに気がついた。こう生きてきたけど、これからはこうやって生きて行きたいと思う。これがやりたいことで、それをやると宣言する。様々な魂のシェアがあった。火を囲んでのトーキングサークルでみんなが素直な本来の自分に戻ってゆく気がした。今回も本当に最高なメンバーに囲まれて幸せだった。

語りながらその人が何も飾らない本来そのまんまのその人に戻る瞬間を目の当たりにすることは本当に美しいと思った。

それがひろみがよく言う「自分の物語を生きる。」ということ、なのかな。

真ん中にある火をただみつめながら、人から人へ想いを繋いでゆく。

俺はそんなトーキングサークルが大好きだ。


この日も夜更けまで語り語られ聞き尽くした。次の日はリトリート最終日「旅立ち」だ。


続く