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色々と用事が詰まっていたせいで前回の投稿から1か月ほどたってしまいました。今回は京都に旅行に行ってきたときのものなのですが、京都に行ったのは1か月1以上前です。いつもとは違い家族と一緒の旅行なので写真が少ない場所もありますのでご了承ください。

横浜線で新横浜に向かいまして、新横浜駅です。新横浜駅、微妙に不便な場所ですよね。横浜から直通の横浜線も数本あるのでその時間に合わせればまだ良いですが。

今は定期列車にはない700系のぞみが止まっていました。これはJR西日本所属のB編成です。

東海道新幹線 のぞみ213号 新大阪行 新横浜~京都

私の乗車する新幹線がやってきました。X編成ということはJR東海所属車ですね。この「のぞみ」はJR東海管内のみを走行しますし。現在の定期「のぞみ」運用にはすべてこのN700Aが入っています。

名古屋駅近くで311系と並走します。18きっぷで移動しているときはいつもあちら側で新幹線に抜かれています。

車内でのんびりしていると、いつのまにか関ケ原を越えて米原付近になっていました。というわけで新横浜駅で買っておいた焼売炒飯弁当を食べます。おいしかったですよ。

そんなわけで京都に到着。2時間なんてあっという間です。在来線ホームに行くと117系が止まっていました。これ、JR西日本の京都周辺の単色塗装の通称「抹茶色」ですね。あまり快く思わない方もいるようですが、関東在住で見慣れていない私からすると「西日本に来た」という感じがして嫌いではないです。

山陰本線 普通 園部行 京都~丹波口

ここからは在来線に乗り換えます。京都から歩いて行ける距離なのですが、折角なので少し在来線に乗車です。乗車券は京都市内までなので料金は変わりませんし。山陰本線のこの区間には「嵯峨野線」という愛称がついています。車両は221系、この辺りではよく見る車両です。

丹波口駅に到着です。京都駅から一駅だけですが。

ふらふらと迷いながら梅小路公園に向かいます。少し雨が降っていますが、この程度なら問題ありません。(あとでひどい目にあいますが)

梅小路公園にある京都鉄道博物館に到着です。入ってすぐのところにあるのはC62、主に幹線での蒸気機関車牽引をしていた蒸気機関車です。かなり綺麗に塗装し直されています。

こちらは初代湘南電車の80系電車です。現在のE233系などにも引き継がれている湘南色です。当時の長距離列車はまだ客車列車ばかりだったのですが、この80系電車を皮切りに長距離列車にも電車が進出していくことになりました。運行開始時には不具合も多く「遭難電車」とまで言われたそうですが、現在の日本の鉄道のもとになったともいえる名車です。80系電車というと正面二枚窓の車両が思い浮かびますが、保存されているのはこの京都鉄道博物館の3枚窓の車両だけです。

さらにその隣には初代新幹線車両の0系新幹線があります。こちらは大宮の鉄道博物館など各地に展示されています。ここには先頭車二両、中間車二両の計4両が展示されています。

中間車のうち一両はグリーン車の車両です。さすがグリーン車だけあって豪華な車内設備です。運行開始時の普通車は転換クロスシートですからね。

写真が分かりづらいですが、もう片方の中間車はビュッフェです。現在の新幹線にはないサービスですね。初期の0系は運行時間が短いことから食堂車は連結されず、ビュッフェを連結したそうです。

反対側の先頭車の車内は展示室になっています。0系の先頭の連結器カバーやパンタグラフ、座席などが保管されている他、運転台を見学することもできます。

こちらはDD54、亜幹線用に製造されたディーゼル機関車です、しかし不具合なども多く、「失敗作」との烙印を押されたりもしています。しかしそれでも米子機関区所属機は寝台特急「出雲」を牽引した経験もあるそうです。それも2年でDD51に置き換えられてしまっていますが。ヨーロッパの機関車を参考にしているという点もあって、外国の機関車のような雰囲気もあります。

DD54の後ろに連結されているのはナシ20、初代ブルートレインである20系客車の食堂車です。大宮の鉄道博物館にはB寝台の車両が置いてありますね。

車内はレストランとして営業しています。往年の車内とは少し変わっているとは思いますが、実際に乗車したこともありませんし、写真も少ないのでよくわかりません。テーブルは変わっていないように思うのですが。ちなみに昼間は営業中、満員だったので一人で入るのもなんとなく気が引けたのでレストランの営業終了後に写真は撮りました。

その隣にあるのは103系トップナンバーです。首都圏からは2006年に引退していますが、関西では現在も大阪環状線や阪和線などで運行されています。しかしすでに後継車両への置き換えが発表されており、いつまで見られるかは怪しいところです。

車内はこのような一般的な通勤電車の形です、私は205系と同じような雰囲気を感じるのですが、どうでしょうか。

こちらはマロネフ59、皇族用の寝台車です。現在は窓の外から車内を見ることしかできませんが、交通科学博物館時代の閉館直前には車内の公開がされていたようです。

こちらは昔の食堂車です。以前は交通科学博物館の食堂として利用されていたこともあったようですが、現在は車内に立ち入ることはできません。車内に入ってすぐのところにあるプロムナードの展示車両はここまでです。

ここからはトワイライトプラザの展示車両になります。

まずはEF58。かつて直流電化区間で多くの列車を牽引してきた名機関車です。ここでは青色塗装で保存されています。私はこの青色塗装がEF58の塗装の中で一番好きです。

EF58の後ろにあるのはオロネ24形、24系客車のA寝台車です。大阪~青森を結んでいた寝台特急「日本海」の幕が入っています。

車内はプルマン式という形になっています。ここは寝台をセットした状態になっていますが、座席状態にすることも可能です。

「盛アオ」という表記、元青森車両センター所属車ですね。ちなみに北海道新幹線開業時のダイヤ改正で青森車両センターは盛岡車両センターに統合、青森派出所となっています。

その24系客車の後ろにはEF65のトップナンバーが展示されています。EF65の中には現在も現役で活躍している車両も多くあります。EF65は多く製造された機関車あり、P形、F形、PF形などの種類に分けられます。

トワイライトエクスプレス色のEF81です。往年のトワイライトエクスプレスを大阪~青森間で牽引していました。EF81は現在も貨物列車の牽引やJR東日本の臨時列車の牽引に使われています。やはり寝台特急牽引機にHMがついていないとなんとなく物足りないです。

EF81には敦賀地域鉄道部所属の札が入っていますが、この103号機は廃車になっています。

これ、手歯止めですね。使用中の札が運転台のところにかかっているのはよく見かけますが、使用していないときはこのようになっているのですね。新鮮です。

ジャンパ線やら自動連結器やらがある連結部分です。営業運転中にここまでじっくり見ることはできないので面白いです。

その後ろに連結されているのはスシ24-1です。トワイライトエクスプレス用の24系客車の食堂車ですが、481系の食堂車であるサシ481を改造して製造されました。

電車からの改造車のため、もとから寝台車用として製造された24系客車よりも天井が低くなっています。この写真の手前が改造車のスシ24、奥が寝台車のスロネフ25です。

先程の写真でもありましたが、スシ24の後ろにはスロネフ25が展示されています。スロネフ25は個室寝台車で、スイート1室とロイヤル4室の寝台車です。最後尾の展望窓がついている部屋がスイートです。

スロネフ25についている連結用の機器です。

以上で前編は終わりとなります。まだまだ展示車両は残っているので、今後数回に分けていこうと思います。できれば次は来週には投稿したいのですが、終わるでしょうかね・・・。あまり先延ばししすぎると次の用事も詰まってくるので早めに上げておこうと思います。
それでは次回もよろしくおねがいします。