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今回は前回の続き、京都鉄道博物館です。プロムナードをまっすぐ進んだ先にある本館からスタートです。

入って最初に目に入るのはこちら、230形蒸気機関車です。日本で初めて民間で量産された蒸気機関車で、現存する最古のタンク式蒸気機関車だそうです。本館に入るドアの目の前にあるのですが、二階にあがるエスカレーターがこの右にあり人通りも多いので写真を撮るのに苦労しました。

入って右にあるこちらは500系新幹線です。JR西日本が開発した、日本で初めて300km/hの営業運転を行った新幹線です。かつては東海道直通の「のぞみ」運用に入ったりもしていましたが、このスピードを実現するために様々な欠点があり、2010年に「のぞみ」運用からは離脱し東海道直通の運用はなくなりました。現在は山陽新幹線の「こだま」として活躍しています。

車両の後ろに回って、こちらは500系の車内です。車体が流線形になっているので窓側の天井が低くなっているのがわかります。私は乗車したことはないのですが、乗車したことのある父親曰く「天井が低いから狭い」だそうです。外見だけなら新幹線の中でトップクラスに格好良いのですがね。ちなみに500系の車内にも立ち入ることはできません。

500系の左側の壁にはかつて運行されていた列車のヘッドマークがかけられています。

500系の隣には世界初の寝台電車である581系寝台電車が展示されています。ここに展示される以前は583系の急行「きたぐに」の運用に入るため、専用塗装になっていましたが展示にあたって国鉄色に塗り直されています。ヘッドマークはこの車両の愛称である「月光型」の理由となった寝台特急「月光」のものになっています。現在も583系はJR東日本の秋田車両センター所属車1編成が波動用として活躍しています。

こちらは車内、奥は寝台を出しており手前は座席になっています。寝台は三段寝台となっており、かなり狭いそうです。座席状態のものしか乗ったことはありませんが。

所属地は京都総合運転所でした。写真はありませんがヘッドマークからもわかるように寝台特急「月光」新大阪~博多の幕が入っています。

さらに隣には489系のトップナンバーが展示されています。489系は交直流両用の特急型電車である485系に碓氷峠用のEF63との協調運転機能を付ける改造が行われた車両です。ボンネットタイプの車両、格好良いですよね。ここでは特急「雷鳥」のヘッドマークがつけられています。現在もその役割は681系、683系の特急「サンダーバード」に引き継がれています。

車内はこのように一般的な国鉄の昼行特急型となっています。

こちらは鉄道黎明期のイギリスの蒸気機関車の模型です。今世界中で走っている鉄道のすべてのもとになった車両ですね。

こちらは1800形蒸気機関車、勾配線区用にイギリスから輸入された蒸気機関車です。

大阪駅停車中の151系の模型です。1枚目の写真は「パーラーカー」」という特別車両です。かなり細かく作りこまれていますね。

こちらは国産初の大型電気機関車であるEF52のトップナンバーです。反対側のデッキには上がることができるようになっており、運転台も見えるようになっています。

戦後運転された復員列車の写真です。「久里浜」という神奈川県の地名があったのでつい反応してしまいます。船で久里浜港まで来た後に列車でそれぞれの地元へ帰って行ったのですね。当時は長距離移動といえば鉄道がメインの時代ですし。

この他にも様々な展示パネル、写真、模型などがありましたがきりがないのでこの辺りにしておきます。

写真が暗くなってしまっていますが、100系新幹線です。0系に次いで製造された2代目新幹線車両です。

100系は国鉄が製造したものとJRが製造したものがあります。この車両は先頭車の下の方に穴が開いているのでJR西日本が製造した100系V編成用の車両だとわかります。「グランドひかり」用の車両として製造されたため、この穴があります。何故穴が開いているのかは面倒な話になるのですが、簡単に言うと100系の構成は12M4Tとなっており、二階建て車を4両連結するV編成は先頭車を電動車にする必要があったからです。細かい話をするとキリがないのでこちらもこの辺りで切り上げます。

続いてはこちら、国鉄初の特急型ディーゼル車であるキハ81形です。最初に投入されたのが上野~青森間(常磐線経由)の特急「はつかり」であることから「はつかり型」とも呼ばれることもあります。国鉄初の特急型ディーゼル車ということもあり、不具合も続出して不評だったそうです。ここでは特急「くろしお」のヘッドマークになっています。特急「くろしお」は現在も283系、287系、289系で運行されています。

こちらは車内です。昔の車両すべてにいえることですが、これで長距離移動は大変そうですね。ちなみにこのキハ81が初めて使用された特急「はつかり」は東北本線全線電化に伴い昭和43年に583系に置き換え、東北本線経由に変更されています。

こちらはヨ5000形という車掌車です。東海道本線の高速貨物列車用に製造された車掌車であり、このヨ5008は日本初のコンテナ特急貨物列車「たから」号用の塗装になっています。

こちらはワム3500形、大正時代の貨車だそうです。大正時代の貨車だというのに昭和30年代までは全国で使用されていたというのだからすごいですね。昭和43年の貨車高速化に伴う二段リンク式への改造対象からは外されたために北海道へ渡った一部を除いて廃車になったそうです。

分かりづらいですが先程の貨車の下です。おそらくカーリターダという、操車場で貨車を減速させる機械があります。

またキハ81の隣に戻りまして、DD51です。現在も活躍しているディーゼル機関車で、非電化路線の無煙化に貢献した機関車です。無煙化に貢献したということは蒸気機関車を置き換えたということであり、当時の鉄道ファンからの評判は芳しくなかったのだとか。私はDD51の中でもJR北海道の北斗星色が大好きです。既に廃車されてしまっているはずですが私は急行「はまなす」に乗車しに行ったときに見て、そして牽引されている客車にも乗車しているので満足です。

 

DD51は車両の下も見ることができるようになっています。ATS車上子や推進軸などが見えます。

こちらは151系電車、新幹線開業前の特急「こだま」「つばめ」などの名門特急列車を担当した名車です。ここでは先頭部分のみが保存されています。

この車両は運転台を見学することができます。中に入るとまずあるのはこの急な階段。高い位置にある運転台へ上るための階段です。普段は乗務員しか入ることはないので子供向けに作る必要もなかったため、ここでは運転台へ登ろうとしている家族連れが苦労しているのをよく見かけました。

運転台へは一組づつ(私は一人ですが)上がるようになっており、次の人は下で待つ形になっていたのであまりのんびり写真を撮るのも悪いので雑な写真ですがご了承を。左の写真はマスコン、右はブレーキハンドルです。ブレーキハンドルは外すことができるため、このようにつけて形で運転台を公開しているのは珍しい気がします。両方動かすことができるのですが、一人で遊んでいるのもあれなので軽く動かす程度にしておきました。

運転台すぐ横の窓は開いています。ここから後方確認などを行っていたのでしょう。

運転台から前を見るとこのような感じになっています。ボンネットがあるのですぐ下は見えませんが、この辺りは見えなくても問題ないのでしょう。というかこの距離で何かあってからブレーキをかけても間に合わなさそうですし。

運転台から降りてから気づきましたが、こんなところにミラーがついていたのですね。後方確認用でしょうが、運転台からどのように見えるのかを確認できませんでした。次にこの形の車両の運転台に上がる機会があったら確認してみましょうかね。

151系の後ろには101系のカットモデルがあります。右の写真はプロムナードにあった103系ですが、ほとんど同じですね。細かい部分に違いはありますが。

続きましてこちら、EF66です。国鉄最強の電気機関車で、寝台特急を牽引したこともあります。EF66も国鉄が製造したものとJRが製造したものがあり、ここに保存されているのは国鉄のものです。現在はEF66-27が唯一国鉄時代と同じ姿で使用されています。JR型のものなどはまだまだ貨物列車として現役です。

このEF66も車両の下を見ることができるのですが、こちらは暗かったので写真はスカートのところだけです。

 

ここからは本館入って右の方にある「鉄道の施設」という展示です。その名の通り、車両ではなく地上設備の紹介になっています。こちらもかなりの量があったので私が気になったところだけ写真を撮りました。

まずはこちら、山陰本線の鎧~餘部駅間にある余部橋梁の鉄骨です。餘部駅直前にある橋です。現在はコンクリート製の橋に架け替えられていますが数年前までは鉄橋で、有名撮影地となっていました。寝台特急「出雲」の写真なども多くあります。右の写真は私が春に出雲に行ったときに車内から撮った余部橋梁です。わかりにくいですが、コンクリート製の橋になっています。

つづいてはこちら、架線を吊っている部分です。パンタグラフが接する下の面には固定する器具が当たらないようになっています。どのように吊っているのかは私の長年の疑問だったのですが、ようやく解決しました。

続いては本館の一番奥の方、台車など床下機器が並んでいます。こういうのはよくわかりませんが見ていて楽しいです。

こちらは様々な車両の輪軸です。手前の大きいのはD51の動輪、やはり大きいですね。D51の車両は扇形車庫の方にあるので、あとで見に行ってみます。

ここからは二階に上がります。二階には鉄道ジオラマや運転体験コーナーがあるのですが、ジオラマの方は混んでいたので諦め、運転体験は抽選制で外れたのでできませんでした。二階に上がるエスカレーターのところには蒸気機関車の銘板が並んでいます。

三階の壁は新幹線の塗装のようになっていました。これ、意識してますよね。たぶん。

こちらは座席指定券類の予約・発行機「MARS」のM型端末です。現在の「MARS」はコンピューター型の小さいものになっています。

私の地元の横浜周辺の部分を見つけました。このM型端末は稼働しているのを見たことはないのでどのように使うのかはわかりません。現在稼働しているものならなんとなく操作方法はわかりますが(実際に使ったことはないです)

昔の行き先案内である反転フラップ式案内表示機、通称「パタパタ式」です。今はもうだいぶ少なくなっていますね。私が最後に見た記憶があるのは富山空港のものですが、まだ残っているのでしょうかね。

こちらは昔の車両の再現でしょうか。時代的に戦後すぐのような感じがしますが、どうでしょうか。説明が書いてあったかもしれませんが、忘れました。

そしてこちらは三段式寝台です。20系客車っぽい感じがします。三段寝台は何度見ても狭そうです。この他にも模型などの展示はいろいろとありました。

 

本館の展示は以上です。この後は扇形車庫や車両工場があるのですが、そこまで入れてしまうと長くなるので今回はここまでにします。ここではほとんど省略しましたが、京都鉄道博物館は大宮のものに比べて車両展示以外の解説コーナーのレベルが高いように感じました。大宮にあるラーニングスペースよりも対象年齢は高めの気がします。おそらく次回で鉄道博物館の紹介は終わると思いますので、次回もよろしくお願いします。