ヤマタノオロチに隠された神話の真実 | 神々の東雲

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わたくしたちの美しい国日本の成立を、記紀や神様のはなしを中心にまとめました。

前回は古事記の「八俣の大蛇」をご紹介しましたが、実は、この一節はこの直前の「天の岩屋戸」と同じく、いや、もしかしたらそれ以上にたくさんの謎と、実際にここで提言された日本の神話、そして古代史の秘密が隠されているのです。

今回はそれを解体して考えてみたいと思います。

 

①ヤマタノオロチとはなにか

②スサノオさまはどうして変わったのか

③草薙の剣が示す意味とは

 

①ヤマタノオロチの正体は。これは意外に簡単なのです。それは、このヤマタノオロチが、誰を襲いに来るのか?それはクシナダヒメという美しい姫さまですが、古事記でクシナダヒメは「櫛名田比売」と書きますが、日本書紀では「奇稲田姫」と表記します。これは「奇し稲田姫」つまり「霊妙なる稲田の女神」という意味です。

 

それを襲いに来るというのはなんでしょう。

 

そう、これは川の氾濫、洪水なんです。しかも毎年決まった時期に、7年も続いている。ようするに、これは、年に一度の「鎮め」の儀式だったのです。

 

そこで、スサノオさまはなにをされたかというと、灌漑工事をされたのです。これは斐伊川のことで、事実いくつもの渓谷をもち、現在でも水量が増水することもあります。また古事記では、オロチを斬ったときに赤い血で川が染まったとありますが、鉄分で赤く染まる川であったことを示しているのです。

その証拠に、実は記紀においては、殺されるまで、「大蛇」とはひとことも述べられていないのです。これはとても興味深いですね。

②次も大事なポイントです。
スサノオさまはなぜ、こんなに変わられたのでしょうか??
 これはスサノオさまではなく、アシナヅチ、テナヅチの気持ちになって、よく考えてみてください。
オロチに娘を取られるのと、スサノオに取られるのはなにが違うのでしょうか?
スサノオもオロチもこの出雲の国から見ればよそ者に違いありません。
 

しかし、スサノオはこう言ってます。「娘を献上するか」と言ってます。そしてクシナダヒメの父アシナヅチは「畏れ多いことです」と。そしてスサノオさまは「天照大御神の弟神」だと言われてます。

そうなんです、これは「勅」なんです。高天原を追われても、スサノオさまはアマテラスさまの弟であることは間違いありません。つまり親王です。
ここがポイントです。

それまでは自然の神、所謂「土地神」と相対してきた国つ神たちが、このクシナダヒメを差し出すことによって、新しい「高天原の神」との関係を強固にしたのです。
スサノオさまにとってはある意味、自分の「あらぶる」部分との戦いであったとも言えます。
スサノオさまもここは必死だったのです。
 

 

③そして、さらに古事記はこの「ヤマタノオロチ」退治における、高天原とスサノオさまの正統性を説いています。
まさしくこれは「追い打ち」みたいなものです。

 

それが「草薙の剣」です。これは大蛇の尻尾から出てきました。

記紀ではこれにより、怪物を霊力のある「大蛇」だと言っています。なので、尻尾から霊剣が出て来たのです。

 

そしてもうひとつ、なんとスサノオさまはこれをご丁寧にアマテラスさまに献上されています。

これには二つの意味があります。

ひとつは、スサノオのアマテラスさまに対する「忠誠心」です。

もうひとつは、これ大事なのですが、スサノオさまはオロチに真っ向勝負をせず、強い酒を飲ませて、眠ったところを襲いました。この狡知な策略、所謂、これは「騙し討ち」です。しかし、その戦利品を高天原に献し、それをアマテラスさまが受け取ったことで、この「騙し討ち」が「戦法」として容認されたということです。

従ってその後の中つ国の戦法として、真っ向勝負でなく、諜略的なことが許されるようになったのです。

 

 

このように考えてみると、大事なのは「ヤマタノオロチ」を退治したことではなく、スサノオさまが国つ神として認められ、結果、それは、高天原という「中央権力」と手を結んだ、所謂後々の「国譲り」の基礎をこの時点で築きあげたということなのですね。

なので、スサノオさまはオロチを退治した以上に、高天原的にはとても価値のあることなのです。

世界の神話でもヘラクレスやペルセウスのように、怪物退治することで修行を積んでいますが、古事記はその上を行っています。

 

そしてこうして考えると、実はこの前にスサノオさまはオオゲツヒメさまを斬っていますが、これが五穀の起源となり、クシナダヒメと結ばれることで、それが「農耕の起源」を表しています。だから間にそういうシーンが入っているのです。

 

もう一点、この節にはスサノオさまの子孫について書かれています。

そしてオオクニヌシさまはスサノオ皇太子から数えて6代目にあたりますが、ここがポイントです。

古事記が書かれた当時、つまり5世までは「継承権がある」のでした。最後にこのスサノオの子孫を明記したことで、オオクニヌシさまには国つ神の権利はあっても高天原の神には絶対になれないということを含ませて書かれているのです。

 

あー、しかし、こんな短い文章のなかに、古事記という書物はなんて巧妙なのでしょうか。

 

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