人の器って何だろうなって考える | ヴァンビンのブログ

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よく、私の人間としての生き方に疑問を抱くことがある。

その中で【器】というモノ、そしてその中身について考えさせられた。
社会人になってから頻繁に「あいつの器は小さい」。「あの人の器は大きい」等と耳にする事が増えた。
私とて、なれるものならば器の大きい良い人間になりたい。

だが、どうすれば器のは大きくなるのだろう?良い人間になれるだろう?と深く考えはしていなかった。
人に優しくしていれば周りが勝手に私の器の大きな良い人間と決めてくれるものだと思っていたからだ。
そしてそれは誤りだった。

その中で私が近状で体験し、悩んだ末の考えを表現したくなったので書き残しておこうと思った。

【器】というのは入れ物で、この中に私達は常日頃から、周りの人達から貰う影響という名の【水】を注いでいるのだろう。

【器】が小さければ、すぐに水が溢れて自分の感情が激昂し、自分に振り回されてしまう。
【器】が大きければ大きい程に、水は溢れたりはしない。自分に振り回されることも減り、どっしりと構えていられる

【水】が悪い水であるならば、器の中身は汚れて人様から忌み嫌われ誰も観てくれなくなる。
【水】が清い水であるならば、器の中身は澄んだまま、誰が見ても綺麗だなぁと皆から好かれるのだろう。

何を偉そうに書こうと思えば、当たり前の事なのである。

【器】と【水】。
この2つの関係をよく考えて邁進する事が、良い人間への道のりの第一歩なのだと思う。

器を大きくできる方法も、清らかな水を貰える方法もきっと何処かにあるに違いない。