ヴァンビンのブログ

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仕事でのトラブルや人間関係のイザコザに疲れ果てるといつも 「あぁ、楽になりたい。」 と思う。

とは言うものの、誰が楽にしてくれる訳もなく仕方無しに自分の信じる方法で対処していた。
それなりに楽になる時もあれば、余計に気が重くなる時もある。
ならば、いつも楽になる方法は無いものかと探してみようと思い。辿り着いたのは【悟り】という言葉だった。

【悟り】とは何だろう?
悟りとは…「物事への執着が無い」「感情的にならない」「他人に関心を持たない」「エゴがない」「欲望が無い」「自分との対話が上手」等

これら全てを修めれば悟れるのだろうか?
ん〜少し腑に落ちない。もっと本質的な何かがあるはずだ。
そう悩めば答えはシンプルなものとなった。
【悟り】とは、読んで字の如し

   「忄(心)」 と 「吾(私)」

という字の成り立ちである。
 「心」と「私」が対面し見つめ合う事こそが、【悟り】の気づきの一端なのではないだろうか?
私は私を知っているが、私の心を私は知らなかったのかもしれない。
いや、心について考えた事も無かった。

では、【心】とは何だろう?

  「みな人の 心の底の奥の院
        探してみれば 本尊は鬼」

仏教にはこういう歌があるらしい。
人間の本当の心の奥底には鬼が居る。という意味だろうと思うが、本当に自分の中に鬼が居る訳ではない。
鬼というのは私が人には見せない普段隠している「感情」の事だろう。
荒々しく野性的で出せば人を傷付けてしまう。そんな感情。

そしてそれが本当の心の姿なのだと。

      「鬼」と「私」

嗚呼、初めまして。
よく、私の人間としての生き方に疑問を抱くことがある。

その中で【器】というモノ、そしてその中身について考えさせられた。
社会人になってから頻繁に「あいつの器は小さい」。「あの人の器は大きい」等と耳にする事が増えた。
私とて、なれるものならば器の大きい良い人間になりたい。

だが、どうすれば器のは大きくなるのだろう?良い人間になれるだろう?と深く考えはしていなかった。
人に優しくしていれば周りが勝手に私の器の大きな良い人間と決めてくれるものだと思っていたからだ。
そしてそれは誤りだった。

その中で私が近状で体験し、悩んだ末の考えを表現したくなったので書き残しておこうと思った。

【器】というのは入れ物で、この中に私達は常日頃から、周りの人達から貰う影響という名の【水】を注いでいるのだろう。

【器】が小さければ、すぐに水が溢れて自分の感情が激昂し、自分に振り回されてしまう。
【器】が大きければ大きい程に、水は溢れたりはしない。自分に振り回されることも減り、どっしりと構えていられる

【水】が悪い水であるならば、器の中身は汚れて人様から忌み嫌われ誰も観てくれなくなる。
【水】が清い水であるならば、器の中身は澄んだまま、誰が見ても綺麗だなぁと皆から好かれるのだろう。

何を偉そうに書こうと思えば、当たり前の事なのである。

【器】と【水】。
この2つの関係をよく考えて邁進する事が、良い人間への道のりの第一歩なのだと思う。

器を大きくできる方法も、清らかな水を貰える方法もきっと何処かにあるに違いない。
星を見る。
仕事の最中に

ただ、星を見る。
たまに雲って霞んでいるが、星はある
そこにある星を見ているはずが
いつしか何もない宇宙を見始めている。

星を繋げ星座をつくり、宇宙の空いてるスペースに、名前のない星座を創る

最近はそうして遊んでいる。

そして創った星座を宇宙に張り付け

「俺もそこに入れろよ」

と
私は今日も上を見上げる