太宰治の生家・斜陽館(金木町・青森) | Vanves の毎日 衣食住+et cetera

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本当の贅沢とは何だろう?

大切な思い出備忘録




  



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2013年大晦日

目の前に突然現れた豪邸 それは想像を絶する建物でした

私の家系には、ひとりの思想家もいない。ひとりの学者もいない。ひとりの芸術家もいない。

役人、将軍さえいない。実に凡俗の、ただの田舎の大地主というだけのものであった

父は代議士にいちど、それから貴族院にも出たが、べつだん中央の政界において活躍したいという話も聞かない。

この父は、ひどく大きい家を建てた。風情も何も無い、ただ大きいのである

間数が30ちかくもあるであろう。それも十畳二十畳という部屋が多い

おそろしく頑丈なつくりの家ではあるが、しかし、何も趣も無い。

書画骨董で、重要美術級のものは、一つも無かった。

680坪の豪邸は明治40年に4万円(現在の貨幣価値で7億円)を掛けたという太宰治の生家です


斜陽館http://dazai.or.jp/modules/contents/class-a01layout.html

遠い遠い場所なので一生訪れる事は出来ないだろうと思っていたので嬉しさもひとしお


太宰治から生まれるあの文章の背景を覗いてみたかったのです!!!!!


大晦日の朝10時! 斜陽館に入ります


入口に設置してあったスタンプを押すと再び夫が「本に押すなんて勿体ない」と(笑)


「本に押さなければ意味が無いのよ」と私、早速失敗してテッシュで拭き拭き押し直し

まぁ好いわ!この失敗のインク痕も2013年大晦日の思い出になるもの!

他の文庫本もペッタンしたり

スタンプインクを補充して頂いたり大忙しの末に完了!


30近い部屋があるのでそのうちのいくつかを備忘録とします


釜戸                         囲炉裏



前方赤い絨毯が敷いてある蔵への石段

伯母に育てられた太宰はこの下に座ってご飯を食べたと言う(津軽)






とにかく広いので見学も大変です

明治37年に購入と書いてある SEIKO社の柱時計



津島家の厠(トイレ)                来客用厠         

   



衝立の向こうが2階へ上がる階段です

私にとってこの場所は「ワンダーランド」なので夫にお願いして独りにして貰います

夫も妻を十分理解してくれている・・・と言うより

こんな妻は面倒でしょう(笑)から丁度好い!かな?

階段の踊り場から眺めている対面にはこちらの階段が映っています

つまり2階へ上がる階段が2つあり2階で繋がっている!階段手すりの美しい装飾


2階へ上がると、そこは私の大好きな和洋折衷スタイル

和の空間から鹿鳴館式の洋間へ繋がる廊下を進むと鏡に突き当たりました!


団体観光客の皆様はすごいスピードで見学してはお帰りになるのでその後は私一人


太宰治の生家2階に私一人とは。。。シーズンオフに訪れた事による幸運でした


洋間客室


説明文はクリックで拡大         説明通り、私も見つけました!


まだまだ貸切状態が続く

そしてこの廊下を進むと最後の部屋が私の目的部屋です


斜陽の間 

ここに腰かけて持参した斜陽に目を通す静かなひととき


窓の外は雪・・・こんな贅沢な楽しみが他にあるだろうか?

昭和の時代から読み続けているボロボロの1冊に失敗したスタンプ押しが哀しいけれど(笑)


こちらは明治42年に太宰が誕生した部屋 クリックで説明分拡大


「生まれてすみません」



金襖の間

「蟹は、どうしましょう。あとで?」と嫂は小声で私に言った(津軽)

ここが舞台になったであろうボロボロ&こちらもスタンプ失敗「津軽」の件を読んでいると                            

廊下続きの隣の部屋から視線を感じ、見てみれば夫が覗いており変顔を撮られていた

私が遅いので心配して様子を見に来てくれたと言うので

「ありがとう!一人で大丈夫よ」と。・・・夫、再び立ち去る



私、家中を何度も往復し、悔いの無い様にと

最高のワンダーランドを堪能する事2時間強の末にこの場去る決心をして夫が待つ1階へ

夫はじっとDVDを立ち見しながら妻を待っていてくれました


「プチ旅はvanvesちゃんの行きたいところに決めて」と。言われた通りですが(笑)

ここで思いの外遊び過ぎて時間を費やしてしまったので2つの予定を諦める事になります。


念願かなってマント着用。





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