昨年、日本人ジャーナリストの長井さんが銃弾に倒れた瞬間の映像はまだ記憶に新しく、度々ニュースで取り上げられるアウンサンスーチン女史の軟禁生活等・・
悲しい報道ばかりです
旅行記は又何時かという事で・・
『 Visit Myanmar Year 1996 』
ミャンマー観光年と明るい年だった筈・・
父の仕事のアシスタントとしてヤンゴン(旧ラングーン)へ同行し
私は日本向け資料の撮影があったのです
朝6時からメイク開始
ヤンゴン1と言われるカメラマンとアシスタント3名で
場所を移動しながらの撮影です
とにかく暑いのでメイクが流れ落ちて大変。。
私が唯一覚えたミャンマー語が「プー」暑いです!
撮影はほぼ1日で終了
さて、父のビジネスパートナーファミリーには
当時9歳と7歳の男の子がいました
私の滞在するホテルで一緒に食事したり、
動物園に出かけたりと楽しい時間を共に過ごし
日本へ帰る前夜のディナーの席で9歳のお兄ちゃんが私に
自分のお小遣いで買ったプレゼントをくれたのです
ビルマの事を忘れないで・・と
このビルマの竪琴は我が家のリヴィングルームに
想い出と共に飾られています
この竪琴を見る度にビルマの優しい人達の事を思い出し、
又何時か訪ねて観よう、と思う日々でした、
ところが突然、一昨年
都内の大学に留学する為に、この少年が日本にやってきました
10年経ち、見違える程の成長に加え、
日本語を自由自在に操っているのです
まさか日本の我が家で再会できるなんて・・・
しかも日本語を話している!感激でした
国も人種も関係なく
人の出会いや縁と云うのは本当に不思議なものです・・



