学校図書館法の改正により、学校司書の法制化が実現。 | バニラ日誌

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平成24年4月から平成25年7月まで、近畿大学通信教育部で図書館司書資格を勉強し、修得するまでをつづったブログです。さらに、その後小学校図書館司書の臨時職員としてのこともつづります。さらに、その後認知症介助士の勉強と認知症の母について書いています。

今回はちょっと、まじめで硬いお話です!

学校図書館協議会によりますと、6月20日に「学校図書館法改正案」が可決され、これによって学校司書がはじめて法律上に位置づけられることとなりました。


この法律が作られるまで、学校司書は各自治体の判断で専属専門司書から、複数校かけもち、はては給食の配膳作業とかけもちなんていうものでした。

学校司書はあくまでも、「ながら作業」でできる仕事であり専門性の高い仕事ではないというのが今までの教育委員会の認識でした。

人件費もかかるし、できることならPTAのボランティアに任せられないか・・・というのが本音だと思います。


しかし、今まで現場で一生懸命学校司書として活動してこられた先達の方々や各方面の訴えにより、やっと法律で学校司書というものが認められるようになりました。

まだ、「(配置に)努めなければならない」という文言で、すぐに全校に配置されるとは限らないのですが、それでも学校司書が専門職として認められたことは喜ばしいことだと思います。


私が去年の10月から小学校の学校司書として図書室で働くようになって、自分で言うのもなんですが、明らかに子供たちの読書に対する姿勢が、先生方の図書室で授業をするという姿勢が変わってきたと思います。

それは私が優秀だからではありません。図書館は「成長する有機体」だからなのです。

これは、インドの図書館学者ランガナタンの「図書館学の五原則」の最後の原則です。

図書室はたしかに、無機質な『本』というものがずらーっと並んでいるだけなのですが、そこに人が入り、利用者が必要な情報を求めにやってくることによって、無機質な存在の図書室がまるで生きているように様々な変化をしていくのです。


図書館はただ本があって貸出ができればいいだけではありません。ロボット図書館構想もありますが、きっとお金だけかかって、あまり有意義なものにはならないでしょう。

利用者は本だけではない「何か」を求め、司書はその「何か」に全力で答える。それこそが、「図書館は成長する有機体である。」という原則の意味なのではないでしょうか?